橘先生の過保護な再履修



本編が始まった。

冒頭から派手なアクションが続いて、
俺は一気にスクリーンに引き込まれる。
爆音と光の連続に、瞬きするのも忘れてしまいそうだ。

隣を見ると、律くんも同じだった。
背筋を伸ばして、真剣な眼差しでスクリーンを見つめている。
横顔は暗闇に溶けて、
時折、光が走るたびに輪郭だけが浮かび上がる。

……のに。
不意に、肩に重みがきた。

びくっとするより先に、それが律くんだとわかる。

目線は、変わらない。
スクリーンを見たまま。
ただ、頭だけがそっと俺の肩に乗せられている。

(……なんで)

何事もないみたいな顔で、
映画を観続けているのが余計にずるい。

俺は息の仕方すらわからなくなっていた。

肩を動かしたら伝わってしまいそうで。
呼吸が乱れたら、気づかれそうで。
手も足も、指先まで全部固まる。

スクリーンでは、
まだ派手なアクションが続いているのに。
俺の意識は、完全に隣の体温に持っていかれていた。
動けない。
でも、離れないでほしい。
暗闇の中で、俺はひとり、
小さなパニックを起こしていた。





エンドロールが終わり、館内が明るくなる。
さっきまで肩にあった重みは、もうない。
律くんは何事もなかったみたいに体を起こして、
普通の顔でスクリーンを見ている。
俺だけが、まだぬくもりの余韻を持て余していた。

ロビーに戻ると、
さっきの暗闇が嘘みたいに、
人の声と明かりで満たされる。
みんな口々に感想を言い合っていて、
律くんもその輪に自然に混じっている。
さっきまで隣で、
あんな距離にいた人とは思えないくらい、いつも通り。

「じゃあさ」

山田先輩が手を叩いた。

「このあと、ご飯でも食べながら感想戦しよっか。
たまには映画研究会っぽいことしよう」

「行ける人だけでいいからねー」

わいわいと声が上がって、
何人かが「行きます」と返事をする。

俺も、口を開こうとした、その時。
ぐっと、肩を引き寄せられた。
驚いて横を見ると、
律くんが俺の肩を抱いたまま、にこっと笑っている。

「ごめん」

周りに向かって落ち着いた声で言う。

「俺と天音は、ちょっと別件。
だからまた今度」

「お、了解」

「連れまわすなよ~」

軽い笑いが起きて、それで終わり。

「じゃあ、また」

「おつかれー」

みんなに手を振られて、
俺は、何も言えないまま。
気づいたら、
律くんに連れられて、ロビーの流れから外れていた。