橘先生の過保護な再履修



本編が始まった。

冒頭から派手なアクションが続いて、
俺は一気にスクリーンに引き込まれる。
爆音と光の連続に、瞬きするのも忘れてしまいそうだ。

隣を見ると、律くんも同じだった。
背筋を伸ばして、真剣な眼差しでスクリーンを見つめている。
横顔は暗闇に溶けて、
時折、光が走るたびに輪郭だけが浮かび上がる。

……のに。
不意に、肩に重みがきた。

びくっとするより先に、それが律くんだとわかる。

目線は、変わらない。
スクリーンを見たまま。
ただ、頭だけがそっと俺の肩に乗せられている。

(……なんで)

何事もないみたいな顔で、
映画を観続けているのが余計にずるい。

俺は息の仕方すらわからなくなっていた。

肩を動かしたら伝わってしまいそうで。
呼吸が乱れたら、気づかれそうで。
手も足も、指先まで全部固まる。

スクリーンでは、
まだ派手なアクションが続いているのに。
俺の意識は、完全に隣の体温に持っていかれていた。
動けない。
でも、離れないでほしい。
暗闇の中で、俺はひとり、
小さなパニックを起こしていた。


※


エンドロールが終わり、館内が明るくなる。
さっきまで肩にあった重みは、もうない。
律くんは何事もなかったみたいに体を起こして、
普通の顔でスクリーンを見ている。
俺だけが、まだぬくもりの余韻を持て余していた。

ロビーに戻ると、
さっきの暗闇が嘘みたいに、
人の声と明かりで満たされる。
みんな口々に感想を言い合っていて、
律くんもその輪に自然に混じっている。
さっきまで隣で、
あんな距離にいた人とは思えないくらい、いつも通り。

「じゃあさ」

山田先輩が手を叩いた。

「このあと、ご飯でも食べながら感想戦しよっか。
たまには映画研究会っぽいことしよう」

「行ける人だけでいいからねー」

わいわいと声が上がって、
何人かが「行きます」と返事をする。

俺も、口を開こうとした、その時。
ぐっと、肩を引き寄せられた。
驚いて横を見ると、
律くんが俺の肩を抱いたまま、にこっと笑っている。

「ごめん」

周りに向かって落ち着いた声で言う。

「俺と天音は、ちょっと別件。
だからまた今度」

「お、了解」

「連れまわすなよ~」

軽い笑いが起きて、それで終わり。

「じゃあ、また」

「おつかれー」

みんなに手を振られて、
俺は、何も言えないまま。
気づいたら、
律くんに連れられて、ロビーの流れから外れていた。