橘先生の過保護な再履修




翌週、映研の集まりが企画されていた。
公開されたばかりの有名な映画監督の超大作を観に行こう、
というものだ。
大きな話題作ということもあって、
律くんも、山田先輩も、晴人も顔を出すらしく、
当日集まったのは、気づけば十二人ほど。
ちょっとした団体みたいな人数で、
そのまま映画館へ向かう流れになった。

律くんとは、
あのキスマークをつけた日から、今日まで一度も会っていない。

弁護士になるための予備試験があったらしく、
とにかく忙しかったからだ。
連絡は取っていたし、
会おうという話も出てはいたけれど、
結局、タイミングが合わずに流れてしまっていた。

だから、ちゃんと顔を合わせるのは、
あの日以来、これが初めてだった。

「天音、久しぶり」

「うん、っていっても、1週間くらいだけどね」

「それでも俺は会えなくて寂しかったよ。
お昼もタイミング合わなかったし。
一目だけでも天音見れたら元気出たのに」

映画館のロビーで、まだ周りに沢山人がいる中。
律くんは俺の横に来てそんなことを言う。

「ちょっ、こんなとこで!」

「天音は俺に会えなくても平気なんだ」

「そ、そんなことはないけど……」

久しぶりに会う律くんは破壊力抜群で、
俺はまともに顔が見れなかった。
今までこんな緊張したことなかったのに、
あの日以来、なんか、
どうやって律くんの傍にいたのか全然思い出せない。
視線をそらしたままソワソワしていると、
ふと、律くんが俺の髪をサラッとかきあげた。

「天音、痕消えてる」

耳元でボソッと呟く。
俺は反射的に手のひらで耳をバッと隠した。

「なっ!!ここ、公共の場!!」

「ははは。じゃあ、今日俺んちね。
おばさんには、俺のとこ泊まるって連絡しといて」

軽い調子のまま、
律くんは三年の輪の中へ戻っていく。
残された俺は、その場に立ち尽くした。

(もぉぉぉぉ……)

心臓が落ち着く気配なんて、どこにもない。
これから映画を観るはずなのに、
思考は全部、今夜のお泊りに持っていかれていた。


「H列の4番から16番、まとめて取ってあるから。
あとは好きなとこ座っていいよ」

山田先輩が、チケットをひらひらさせながら言った。
ざっくりした指示に、みんなそれぞれ動き出す。
俺はなんとなく、
晴人の後ろについて通路を進んだ。

――その時。
当たり前みたいな顔で、
すっと隣に人影が来る。

「……え」

顔を上げると、律くんだった。

さっきまで、三年の先輩たちの輪の中にいたはずなのに。
何事もなかったみたいに俺の隣の席に腰を下ろす。

「……なんで、ここ」

小さく聞くと、
律くんは首をかしげて、当然みたいに言った。

「なんでって、天音の隣以外に座る選択肢、ある?」

(……ないです)

そうこうしているうちに、
館内の照明が一段階、落ちた。
ざわついていた空気がすっと静まっていく。
スクリーンに光が入り予告が始まる。

もう、律くんの表情も、
周りの顔も、よく見えない。

見えるのは、
すぐ隣にある体温と肩が触れそうな距離だけ。

俺は映画が始まる前から、
心臓の音がうるさくて仕方なかった。