18時になって、山田先輩の授業が始まった。
山田先輩の声は落ち着いていて、
廊下に立っていてもよく通る。
板書は最低限。
でも話の流れがわかりやすくて、
気づくと夢中になって聞いていた。
(あ……これ、普通に面白い)
歴史の出来事を、
ただ年号で並べるんじゃなくて、
「なんでそうなったか」を噛み砕いて話してくれる。
(そうだ……律くんがカテキョの時もこんな感じだった)
横を見ると、晴人も同じ真剣な顔をしていた。
スマホで何やらメモも取っている。
(やば……)
俺は小さく息を吸う。
正直、高校の時の歴史の先生より、
ずっとわかりやすくて、面白い気がする。
授業って、こんなに引き込まれるものだったっけ。
途中、塾長がバイトの概要についてザックリ話に来たけれど、
俺は山田先輩の授業に意識が引っ張られていた。
あっという間に時間が過ぎて、
授業が終わる。
生徒たちが帰っていく中、山田先輩がこっちに来た。
「どうだった?」
「……めちゃくちゃ、上手かったです」
思わず本音が出る。
晴人も、勢いよくうなずいた。
「いや、ほんと。
説明の仕方、プロすぎません?」
「でしょ?」
山田先輩は、ちょっと得意そうに笑った。
「わからないところがあったら、
とりあえず俺に聞いてくれていいから」
そう言ってから、
少し声を落とす。
「まぁ、ゆっくり考えてみて。
まだ返事は急がないし、今日は見学だしね」
現実的で、ちゃんとしていて、
ちゃんと未来に繋がっている感じ。
俺は、胸の奥で静かに思った。
……ここなら。
ここなら、
やっていけるかもしれない。
※
塾を出て晴人と別れた後、
俺はしばらく駅前で立ち尽くしていた。
ポケットの中で、
小さな金属が指に当たる。
――鍵。
握りしめた瞬間、
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
(……なんでだろ)
理由はわからないけど、でも、今、
無性に律くんに会いたい。
さっきまで一緒にいたのに。
塾まで送ってもらったばかりなのに。
それでも、この気持ちを律くんに聞いてほしくて……
もらったばかりの鍵を使うのは、
正直、少し気が引けた。
勝手に踏み込んでいいのか、
まだそんな仲じゃないんじゃないかって、
頭のどこかでブレーキがかかる。
でも――。
鍵を、そっと握り直す。
(……ちょっとだけ)
言い訳みたいに心の中でそう呟いて、
俺は律くんの家へ向かった。
「……お邪魔します」
誰もいないとわかっているのに、声が自然と出た。
中は相変わらず、無駄なものが何ひとつない。
床も、棚も、きれいに整えられていて、
生活感はあるのに、散らかっていない。
――ただ。
デスクの上だけは、例外だった。
開きっぱなしの参考書。
付箋だらけのノート。
書きかけのメモ。
俺はソファーを背もたれにして、
床に座り込んだ。
カバンから課題を取り出してノートを開く。
……集中しよう。
そう思うのに、
ペンを持つ指先が、少しだけ落ち着かない。
それでも目の前のデスクを見ると、
胸のざわつきは少しずつ静まっていく。
(俺も頑張らないと……)
律くんのいない部屋。
でも、そこかしこに律くんの気配を感じる中で、
俺は自分の課題と向き合った。



