俺はすぐに返事ができなかった。
頷いた気もするけど、それはきっと条件反射だ。
そんな俺の隣で、晴人が少し背筋を伸ばす。
「山田先輩、俺、前向きに検討したいんですけど、
見学とかってできますか?」
その瞬間、
山田先輩の顔がぱっと明るくなる。
「もちろん大歓迎だよ!」
即答だった。
「じゃあさ、てんくんも晴人くんも、
5時にB駅来れる?」
「はい、行けます」
晴人は迷いなく答える。
――え。
俺は、そのやり取りを横で聞きながら、
口を開くタイミングを完全に失っていた。
五時。
今日。
B駅。
頭の中で言葉を組み立てようとした、その時。
「俺、今日予備校まで時間あるから天音送ってくよ」
律くんが、何でもないことみたいに言った。
俺はまだ、
「行く」なんて言ってない。
断ってもいないけど、了承もしていない。
なのに。
「じゃ、そういうことで!」
山田先輩がまとめるように手を叩いて、
話は次の話題に移っていく。
誰も、俺の返事を待たなかった。
気づいた時には、もう「行く流れ」になっていて。
今さら「やっぱり無理です」なんて、
言える雰囲気でもなくて。
……取り消せなかった。
机の下では、まだ律くんの指が俺のロンTを摘まんでいる。
太ももに残った感覚も、やけに生々しく残っていて……
俺はすこし伸びたカップ麺を無理やり胃に押し込んだ。
※
四限が終わって、俺は正門の前で律くんを待っていた。
スマホを確認しようとして、
結局ポケットに手を入れたまま、校舎の方を見る。
その時だった。
向こうから、ひとつの集団が歩いてくる。
周りより、やけに目立つ。
声が大きいとか、騒いでいるとか、
そういうわけじゃないのに――。
いわゆる――陽キャ軍団ってやつだ。
その中心にいるのは、光をはじくみたいな銀髪。
夕方の光に透けてキラキラして見える。
男女混じりでみんな楽しそうに話していて、
服装も、雰囲気も、全部が軽い。
……同じ大学生なんだよな。
きっと2つしか年は違わないはずなのに。
その差が、うんと離れているみたいに感じる。
俺は無意識に、自分の足元を見る。
ロンTに、少し擦れたスニーカー。
別におかしくはない。
でも、あの輪の中に立つ自分は、
どうしても想像できなかった。
――やっぱり、違う世界の人だ。
そんなことを考えて、
勝手に、少しだけ卑屈になる。
その瞬間。
「天音!待たせた!」
聞き慣れた声がして視線を上げる。
集団の端から、
律くんがこっちを見つけて、
手を振りながら走ってくる。
俺の前で立ち止まって、
少し息を切らしながら笑う。
「ごめん、待った?」
「全然。今来たとこ」
そう言うと、
律くんは安心したみたいに目を細めた。
「よかった」
それだけで、
胸の奥に溜まっていたものが少しだけほどける。
律くんは、さっきの集団の方を一度だけ振り返ってから、
何でもないみたいに言った。
「じゃ、行こっか。B駅」
その声は、俺だけに向けられている。
俺はうなずいて、律くんの隣を歩き出した。
さっきまで感じていた距離が、
嘘みたいに縮まっていく。
――安心した、はずなのに。
なぜか胸の奥で、黒いモヤみたいなものが動く。
(……この人の好きな人は俺だ)
自分でわかってしまった。
――これは独占欲だ。
俺は律くんのシャツの裾をそっと掴んだ。
自分から手を繋ぐ勇気はない。
けれど、律くんに触れていたいと思ってしまったのだ。



