俺は言葉にできないまま、
震える手で律くんのシャツの袖を掴んだ。
律くんは視線をノートへ落とす。
そして、そこに書いた文字を俺に聞かせる代わりに、
そっとなぞっていった。
『8/1 なんで先生辞めちゃったの』
『寂しい…会いたい……』
『模試の結果、A判定だったんだよ。もっと上目指せるって』
『また塾行き始めたよ』
『明日模試だよ。先生、英語わかんないよ……』
『S大行ったら先生に会える?』
『クラスの子たちが推薦で決まっていく。
辛い辛い辛い。もう受験辞めたい』
『今日はクリスマスだよ。もちろん塾の冬期講習だけど。
寒い日が続いてるけど、先生も風邪ひいてないといいな……』
『A大とS大の願書提出したよ』
『A大合格した!』
『先生、明日S大の合格発表だよ。ねぇ、一緒に見てよ。
俺、がんばったんだよ』
『S大受かった!先生がくれたお守りと、このノートのおかげだよ。
ありがとう先生』
『S大にいたらいつか会えるかな……』
ただ、当てのないまま綴られた文字が、
届くはずのない相手に向かって、延々と並んでいる。
それが今、こんな形で届いてしまって、
息の仕方がわからなくなった。
と、同時に苦しくて辛かった時間が呼び起され、
喉奥から底知れない悲しみがせりあがってくる。
なんで?どうして?
そればっかり。
先生にも事情があるのもわかる。
弁護士になるなんて、
並大抵の努力じゃ叶えられないのもわかってる。
でも、それでも。
律くんと二人三脚で受験、頑張りたかった。
そして、受験抜きにしても、
俺は律くんの傍にいたかった……
気づいたら、目じりから涙があふれていた。
「……天音……」
律くんが、俺の涙をそっと拭った。
指先は驚くほど優しくて、触れられた場所からじんわり熱が広がる。
次の瞬間、ぎゅっと、抱きしめられた。
「……ごめんね、天音」
耳元で、低い声が落ちる。
「俺がいない8ヶ月、天音がこんなにつらい思いしてたなんて……」
一瞬、言葉が途切れた。
「でも、ごめん……
正直、俺、すごく嬉しい……
だってさ、俺がいない間、
天音は辛くて辛くて死にそうだったってことでしょ?」
抱きしめる腕に、
ぐっと力がこもった。
「そんなの、嬉しすぎるじゃん」
心臓が、どくんと大きく跳ねる。
「あの頃、天音が俺に懐いてるのは、
近所のお兄ちゃん感覚だったのか、恋愛的な感じだったのか
判断つかなかったんだよね。でも……」
小さく、笑う気配。
「これ見て、ちゃんと答え合わせできた」
腕が、もう一度確かめるみたいに締まる。
「天音。カテキョの時からずっと天音が好きだよ。
俺の彼氏になって」
――逃がさない。
そう告げるみたいに、
律くんの唇が涙の跡が残る俺の頬をゆっくりと滑り、
あの「ほくろ」の場所にそっと触れた。



