橘先生の過保護な再履修




そして、ふと律くんの手が止まる。

さっきまで懐かしそうに笑っていた律くんの横顔から、
ふっと表情が消えた。
机の上に開かれたページには俺が書いた言葉だけ。
返事はない。
赤ペンも、励ましの一言もない。

ただ、当てのないまま綴られた文字が、
届くはずのない相手に向かって、延々と並んでいる。
まるで、
読まれることを前提にしていない手紙みたいに。
それでも俺は、止められなくて、
ページを埋め続けてきた。
――その全部を、今、律くんが見ている。



「……本当はね、もっとゆっくり、
天音が俺を好きになるのを待つつもりだったんだよ」

律くんの手が、そっと俺の頬を包み込む。
触れているだけなのに、
そこから伝わる熱がやけに重い。

「ノートに書かれる天音の言葉、一つ一つに……
自分がどんどん好きになってるって気づいた」

低く、静かな声。

「でも、俺は家庭教師で、天音は生徒で、
まだ高校2年生で……。
親御さんに信用されて、雇われている。
なのに、好きな気持ちは大きくなるばかりで……」

律くんは小さな、吐息みたいなため息をつく。

「これ以上、傍にはいれないなって思った。
だから、勉強が忙しいって理由で離れた。
そのころからダブルスクールになったから、
ほんとに忙しかったんだけどね。でも……」

そう言って、
もう一度だけ、俺を見る。

視線が、真正面から絡んだ。

「……ねぇ、天音」

指先が、ほんの少しだけ力を込める。

「このノートに書いてること」

間を置いて、
確かめるみたいに。

「――全部、本当?」