橘先生の過保護な再履修


結局、三年の先輩が数人と俺と晴人で、
大学の最寄り駅近くの居酒屋に行くことになった。
空はまだオレンジ色を保っていて、
低い位置から射す光が、校舎の壁やアスファルトをやわらかく染めている。
大学から三分ほど歩いた駅前の雑居ビルの二階。
看板は少し年季が入っていて、正直、初見では入りづらい。
けれど。

「お、また来たのか」

店に入るなり、カウンターの奥から声が飛んできた。

「こんばんはー。お世話になりまーす」

山田先輩が、慣れた様子で手を振る。

「相変わらず仲いいな、映研」

「今日は新歓で~す」

「お、今年は何人入ったんだ?」

そんなやりとりを横目で見ながら、
俺と晴人は顔を見合わせた。

(……常連だ)

俺は、居酒屋という場所に行ったことがない。
両親はあまりお酒を飲まないタイプの人たちだった。
それに忙しい両親に変わって、
祖母が毎日ご飯を作ってくれていたから外食自体も少ない。
だからこの狭い店内で、
笑い声と怒鳴るような注文が飛び交う空間に馴染めずにいた。
逃げたいほどではないけど胸の奥がきゅっと痛む。
三年生たちは自然に店内を進み、
俺たちふたりはその後ろを緊張しながらついていく。

「個室、上あいてるからそっち使って」

通されたのは、
十人くらいが座れそうな広めの個室だった。
低めのテーブルに、コの字型の座席。

「おー、広いな」

「ここ当たりだな」

先輩たちが口々に言いながら、
どんどん中に入っていく。
俺と晴人は、言わずもがな、最後。
空いている席を見回して二人並んで座ろうとした、そのとき。

「天音と晴人くんは、こっちね」

律くんに肩を抱かれ、案内されたのは手前側。
部屋の中央。

「え?」

一瞬、反応が遅れる。

「ほら、ここ空いてるでしょ。今日の主人公なんだから」

そう言われて、促されるまま腰を下ろす。
俺が座り、次に晴人が――と思ったら。
その間に、律くんがすっと座った。

「……え?」

気づいた時には、俺の右隣に律くん、
その向こうに晴人。さらに向こうに山田先輩。

「ちょ、律くん……?」

「なに、天音。晴人くんだっけ?教育なんでしょ?
だから山田に色々聞きたいかなって、隣にしてあげたんだよ」

何でもないみたいな顔で、そう返される。

「いや、そ、そうだね」

そう言うしかなくて、俺は黙って座り直した。
テーブルの向こうでは、先輩たちがもうメニューを開いている。

「とりあえずソフトドリンクね」

律くんが当然みたいに言って、俺の前におしぼりを置いた。