橘先生の過保護な再履修



「あ、うん。そうだけど」

「よかった。
俺、三浦 晴人(みうら はると)。同じ教育学科。
まだ大学で友達いないから、
思わず声かけちゃった!」

その一言で、胸の奥がすっと軽くなる。
知らない人の中で、しかも初めての新歓で、
無意識に肩に力が入っていたのだと気づいた。

「嬉しい……新入生、俺だけかと思ってたから」

本当は、サークルって友達と一緒に入るものだと思ってた。
だから、誘われて流れで入ってしまったことをちょっとだけ後悔していた。

(完全に流されたもんなぁ……あの詐欺師コンビ!)

「俺もだよ。正直、天音くんいてほっとした。
同じ学科だし、これからよろしく!
ずっと気になってたんだけど、
天音くんってどんな漢字なん?」

「天使の天に音だよ」

「へぇ〜、天に音ってなんか神々しいな。
てんって呼んでもいい?」

「全然いいよ。
中高も仲良いやつはてんって呼んでたから」

「そうなんだ。俺は何の捻りもなくて晴れに人ではるとだよ。
大体、三浦か晴人って呼ばれてた」

「そうなんだ。
じゃあ俺も晴人って呼ばせてもらおうかな」

「おし、じゃあこれからよろしくな、てん。
食べようぜ!あっちのマルゲリータも美味かった」

晴人はそう言って、照れたみたいに笑った。
俺と同じ、黒髪。まだ丸みの帯びた輪郭。
メンズファッション雑誌の1ページ目にでてきそうな、テンプレの服。
あきらかに背伸びしていて、
俺もはたから見たらこんな感じに見えるんだろうなと、
勝手に親近感がわいた。
同じ学科で同じ一年。
それだけで、この広い大学の中に、
小さな居場所がひとつできた気がした。


※※※


「じゃあ、そろそろお開きにしようか」

山田先輩の一声で、教室の空気が一気に動いた。

「ゴミまとめてくれる人ー」
「机、元に戻してー」

わらわらと立ち上がる人の中で、
俺も空になったピザ箱を手に取る。

そのとき。

「天音」

名前を呼ばれて顔を上げると、
律くんがこっちを見ていた。

「このあと、どうするの?」

一瞬、言葉に詰まる。

「えっと……」

隣にいた晴人をちらっと見てから、正直に口を開いた。

「晴人と二次会しようって言ってて。
同じ学科で仲良くなったんだ」

「そうなんだ。よかったじゃん。
人見知りの第一関門突破だな」

その言い方があまりにも優しくて、
律くんが一瞬カテキョの先生に戻ったように見えた。

「じゃあさ、俺たちと一緒に来ない?二人とも」

「え?」

俺と晴人、ほぼ同時に声が出る。

「俺らもこのあと少し飲む予定だったから。
人数多い方が楽しいでしょ」

そう言って、
律くんがちらりと晴人を見る。

「ね?」

「……あ、はい」

晴人は一瞬戸惑いながらも、にこっと笑って頷いた。

「じゃあ、行きます」

「よし。晴人くんくるなら天音もくるでしょ?」

「まぁ、うん」

「じゃあ決まり!」

律くんは満足そうにそう言ってから、
俺の方を見て、付け足す。

「ふたりは、飲まなくていいからね。
ってか飲ませないし。映研は安全安心ホワイトサークルだから」

「……わかってるけど」

そう言いながらも、
なぜか胸の奥が、少しだけざわついた。

(なんで俺じゃなくて晴人を先に誘ったんだろう……)

俺はその理由を考えるのが、少しだけ怖かった。