◇
プラスチックを食べる会は、明日の放課後に計画された。ちょうど明日は水泳部の練習がないらしい。学校が終わってから買い食いをしよう、ということになった。買い食いと言っても、多分コンビニとか、スーパーにすこし寄り道をするくらいのものだと思う。白米を食べることが主な目的だからだ。
白米なんて、ここ一年は食べていない。最後に食べたのは、たしか去年の正月休みだ。親戚の家で出されたときに口をつけた記憶がうっすらと残っている。白米って、どんな味だったっけ。プラスチックを噛んでみればわかるだろうか。
もちろんわたしは白米がプラスチックであると信じているわけではないけれど、それでもこうして、お母さんを裏切って買い食いをすることを想像すると、なんだかすこし悪いことをしている気分になる。同級生たちが白米を食べていることも、添加物だらけの食品を摂っていることも知っているし、それに対して何とも思わないけれど、いざ自分がそういう物を食べるとなると、すこし躊躇してしまう。もう楓くんと約束はしてしまったし、それに常識の上では白米を食べたって大丈夫だとわかっているけれど、それでもなぜか、喉に魚の小骨が引っかかったような感覚が拭えなかった。
家に帰ると、リビングの方からかちゃかちゃと物がぶつかるような音がした。
スニーカーを玄関のシューズボックスに仕舞ってから音のする方を覗くと、お母さんがテーブルの前で、神妙な顔をしていた。お母さんの目の前には、電気ポットよりも一回りくらい大きい、四角い機械のようなものが置いてある。白い機体の上部には短いホースが繋がっていた。給湯器のようにも見える。
お母さんは手元にある分厚い説明書を読みながら、機械についているボタンを押した。ピッ、と電子音が鳴る。
また何か変なものを買ってきたのだろう。ばかばかしい。
「ただいま」と一言発すると、お母さんはこちらをちらりとも見ずに、「おかえりぃ」とうわごとのように言った。お母さんがその機械に夢中になっているのなら、無駄に絡まれたり、タロットカードの相手として付き合わされたりすることもないから、かえって都合が良い。そそくさと階段を駆け上がる。
二階に上がってから、左側にある扉に向かう。それから、兄の部屋をノックした。お兄ちゃんに用がある。
扉を開けた兄は、昨日とまったく同じスウェットを着ていた。そのスウェットの着心地が良いのか、それとも着替えるのが面倒なのかはわからない。髪の毛は心なしかギトギトしていた。相変わらず小便のにおいがする。
「お兄ちゃん、お金貸して」
「なんでや」
「明日友達と遊び行くの。お母さんに内緒やから、おねがい」
お兄ちゃんはずっと引きこもっているから、毎月もらうお小遣いを使うタイミングがない。だから兄がお金を貯め込んでいることをよく知っていた。
ゲームの続きをしたい兄は、おそらくわたしに構う時間ですらも惜しいのだろう。文句の一つすら言わずに、一度部屋の中に戻ってから、財布を取ってきた。黒い布地に、赤いラインが引かれている。縫い目の部分はボロボロになっていた。風貌は三十代のくせに、財布のセンスは小学生みたいだった。実際に兄はこの財布を、中学に入る前から使っているのだろう。お兄ちゃんが部屋の中に引きこもるようになってから、もう何年も経っている。きっと財布を買い替える必要性もないのだと思う。
扉のすき間から、折りたたまれた千円札が二枚差し出された。
「何か食ってこい。ガリガリで気持ち悪いねん」
それだけ言うと、扉はぴしりと閉められた。
資金調達に成功したので、わたしは気分よく、兄から借りた二千円を自分の財布に仕舞った。これだけあれば、買い食いも余裕だ。話のわかる兄で助かった。これがお母さんだったら、お金をくれないどころの話ではなく、そもそも放課後に買い食いすることを禁じられるだろうし、学校にも行かせてくれなくなるかもしれない。
自室に戻り、ベッドの上に寝転がって目を瞑った。今日は六時間目に体育があったから疲れてしまった。夕飯の時間まであと一時間はある。お母さんは謎の機械をいじるのに夢中だったから、夕飯の時間はもっと後ろにずれ込むかもしれない。
しばらく眠ることに決めて、ゆっくりと瞼を下ろした。
プラスチックを食べる会は、明日の放課後に計画された。ちょうど明日は水泳部の練習がないらしい。学校が終わってから買い食いをしよう、ということになった。買い食いと言っても、多分コンビニとか、スーパーにすこし寄り道をするくらいのものだと思う。白米を食べることが主な目的だからだ。
白米なんて、ここ一年は食べていない。最後に食べたのは、たしか去年の正月休みだ。親戚の家で出されたときに口をつけた記憶がうっすらと残っている。白米って、どんな味だったっけ。プラスチックを噛んでみればわかるだろうか。
もちろんわたしは白米がプラスチックであると信じているわけではないけれど、それでもこうして、お母さんを裏切って買い食いをすることを想像すると、なんだかすこし悪いことをしている気分になる。同級生たちが白米を食べていることも、添加物だらけの食品を摂っていることも知っているし、それに対して何とも思わないけれど、いざ自分がそういう物を食べるとなると、すこし躊躇してしまう。もう楓くんと約束はしてしまったし、それに常識の上では白米を食べたって大丈夫だとわかっているけれど、それでもなぜか、喉に魚の小骨が引っかかったような感覚が拭えなかった。
家に帰ると、リビングの方からかちゃかちゃと物がぶつかるような音がした。
スニーカーを玄関のシューズボックスに仕舞ってから音のする方を覗くと、お母さんがテーブルの前で、神妙な顔をしていた。お母さんの目の前には、電気ポットよりも一回りくらい大きい、四角い機械のようなものが置いてある。白い機体の上部には短いホースが繋がっていた。給湯器のようにも見える。
お母さんは手元にある分厚い説明書を読みながら、機械についているボタンを押した。ピッ、と電子音が鳴る。
また何か変なものを買ってきたのだろう。ばかばかしい。
「ただいま」と一言発すると、お母さんはこちらをちらりとも見ずに、「おかえりぃ」とうわごとのように言った。お母さんがその機械に夢中になっているのなら、無駄に絡まれたり、タロットカードの相手として付き合わされたりすることもないから、かえって都合が良い。そそくさと階段を駆け上がる。
二階に上がってから、左側にある扉に向かう。それから、兄の部屋をノックした。お兄ちゃんに用がある。
扉を開けた兄は、昨日とまったく同じスウェットを着ていた。そのスウェットの着心地が良いのか、それとも着替えるのが面倒なのかはわからない。髪の毛は心なしかギトギトしていた。相変わらず小便のにおいがする。
「お兄ちゃん、お金貸して」
「なんでや」
「明日友達と遊び行くの。お母さんに内緒やから、おねがい」
お兄ちゃんはずっと引きこもっているから、毎月もらうお小遣いを使うタイミングがない。だから兄がお金を貯め込んでいることをよく知っていた。
ゲームの続きをしたい兄は、おそらくわたしに構う時間ですらも惜しいのだろう。文句の一つすら言わずに、一度部屋の中に戻ってから、財布を取ってきた。黒い布地に、赤いラインが引かれている。縫い目の部分はボロボロになっていた。風貌は三十代のくせに、財布のセンスは小学生みたいだった。実際に兄はこの財布を、中学に入る前から使っているのだろう。お兄ちゃんが部屋の中に引きこもるようになってから、もう何年も経っている。きっと財布を買い替える必要性もないのだと思う。
扉のすき間から、折りたたまれた千円札が二枚差し出された。
「何か食ってこい。ガリガリで気持ち悪いねん」
それだけ言うと、扉はぴしりと閉められた。
資金調達に成功したので、わたしは気分よく、兄から借りた二千円を自分の財布に仕舞った。これだけあれば、買い食いも余裕だ。話のわかる兄で助かった。これがお母さんだったら、お金をくれないどころの話ではなく、そもそも放課後に買い食いすることを禁じられるだろうし、学校にも行かせてくれなくなるかもしれない。
自室に戻り、ベッドの上に寝転がって目を瞑った。今日は六時間目に体育があったから疲れてしまった。夕飯の時間まであと一時間はある。お母さんは謎の機械をいじるのに夢中だったから、夕飯の時間はもっと後ろにずれ込むかもしれない。
しばらく眠ることに決めて、ゆっくりと瞼を下ろした。



