いまだ母胎のなか



 罪というのは、犯した瞬間に罪となるのではなく、それを誰かに見られた瞬間に罪となる。あろうことか、わたしは親不孝な悪人になってしまったらしい。それでもわたしは、手を止めなかった。

 母の作ったお弁当の中身が、半分ほどごみ袋の中に落ちる。じっと見られているのが落ち着かなくて、やはり顔を上げた。

 目の前にいるクラスメイトの楓くんは、口をあんぐりと開けて、瞬き一つせずに、わたしの手元と、わたしの顔を見比べるように視線を動かした。楓くんは華奢な腕で、一つにまとめられた新聞紙の束を抱えている。担任の藤原先生に、その新聞紙を校内のごみ捨て場に置いてくるように指示されたのだろう。うちのクラス担任は水泳部の顧問だから、たまにこうして、水泳部である楓くんに雑用を押し付けることがある。人気のないごみ集積場でわたしの密やかな犯行に出くわしてしまった彼はきっと、不運の星の下にいる。

 楓くんは鼻に黒縁眼鏡を引っ掛けている。フレーム越しでも、彼が眉間にしわを寄せているのがわかった。

 こいつは間が悪い男だと思いながら、引き続きお弁当箱の中身をごみ袋の中にひっくり返した。すこし黄色っぽくて、酸っぱいにおいのする米やおかずが、ぼと、と音を立てながら、元々あったごみの上に落ちる。お弁当箱の隅にこびりついてしまった米粒は、袋越しに爪で引っ掻くようにして取り除いた。最後に、人差し指と親指で、ごみ袋のなかに落ちてしまったおかず用の仕切りカップをつまみあげる。それをお弁当箱の中に戻し、あたかもお弁当を完食したかのように演出した。お弁当をこっそり捨てていることが母にバレないようにするための、証拠隠滅である。犯行はしたたかに行われるべきだ。


「なんで捨てんの」


 その場から一歩も動かずにわたしの様子を真正面から伺っていた趣味の悪い男が、絞り出すように言葉を放った。新聞紙の束を持ったまま、呆然とわたしの顔を見つめている。細身のくせに、いつまでも重そうな新聞紙を抱えたままで、疲れないのだろうか。水泳部だから、見かけによらず体力はあるのかもしれない。

 わたしはお弁当箱の蓋を閉めた。


「腐っていたから」

「夏でもないのに?」

「元々傷んでいたのかも」

「はあ?」


 お母さんはわざとお弁当を腐らせているわけじゃない。もちろん、わたしに嫌がらせをしているわけでもない。母は毎日、善意でお弁当を作って、わたしに持たせてくれる。わたしだって本当は、お弁当を食べたい。だけど腐ったお弁当を食べるわけにはいかないだろう。これは仕方のないことなのだ。

 お母さんが丹精込めて作ったお弁当を、こうして丹精込めて捨てていることに、罪悪感を抱かないわけではない。どう考えても食べ物は大事にすべきだし、お母さんの善意を無駄にしたくもない。それでもわたしは、善人である自分ごと、お弁当の中身を捨てている。毎日毎日、捨てている。

 母親は決して、料理に無頓着なわけではない。むしろ逆だ。母は神経質なほどに、食材や料理の仕方にこだわっている。だけどお母さんはばかだから、食べ物が腐ってしまうリスクよりも、添加物がお弁当に含まれる危険性を気にしている。あの人は、保存料や添加物、人工甘味料などの類が大嫌いで、添加物を摂取すると犯罪者になるとか、脳みそのどこどこが委縮するとか、嘘か本当かわからないような言説に踊らされている。母親はわたしを添加物から守るために、保存料ゼロの食材だけでお弁当をつくる。無農薬野菜が市販の野菜と比べて傷みやすいのと同じで、添加物や保存料が含まれていない食材は腐りやすい。もちろん、母の作るお弁当も例外ではない。

 楓くんは納得いかないように首を傾げながら、新聞紙の束を置いて行ってしまった。

 彼から見たわたしはきっと親不孝の悪人だろうけど、わたしの自認はそうじゃない。むしろわたしは、お母さんのために、お弁当を食べたふりをしてあげているのだ。お母さんはわたしのために、そしてわたしはお母さんのために。余計な言い争いを生まないためにも、毎日をつつがなく生きていくためにも、これは必要な悪だった。むしろ感謝してほしいものだ。これは間違いなく親孝行である。