ショートショート

星は好きだ。
 なにかのモチーフとしても綺麗だし、何より実際の星空が好きだ。数えても数えてもキリがないのがいいところや、星座や神話の話が面白くて好きだったりする。神様は信じてないけれど、話自体は面白いものも多くて話を聞くと楽しかったりする。たまに怖い時もあるのはご愛嬌。
 星の光で少し青くなった空も好き。昼間のわかりやすい青色や水色の空も好きだし、夕方の色んな色の混ざった空も好きだ。朝になりかけの空の色が一番好きだけど、それぞれに違った良さがあるから実質全て同率一位なところもあるんだけれど。
 
▽△
 
 雪が降るとなんとなく辺りが明るく見える。今は止んであたりの音を吸収している雪道を歩きながら、白い息を吐く。辺りに人の気配は無い。
 (寒い……)
 ぎゅっぎゅっ、と雪を踏みしめるように歩きながら、ずり落ちてきたリュックを背負い直す。首に巻いたマフラーを持ち上げて顔の半分を覆う。ブーツは裏ボワが着いているのにまだ寒い。
「あ、夜光虫……」
 空にふわふわと浮かぶ夜光虫を手で捕まえる。防水効果のあるレザー手袋の上に乗った淡い青色の光をしばらく観察する。逃げる様子もなく、行儀よく掌の上に乗っている。
 空を見上げると、無数の青い点があちこちに漂っていた。足を滑らせたくなくて下を向いていたから気がつかなかった。
 「綺麗だなぁ」
 夜光虫の群れが天の川のようにも見えた。曇っている空には月のあかりすら見えない。
 ポケットの中の懐中電灯はとっくに使い物にならなくなっている。リュックに入っている試験管に夜光虫を入れてライト代わりにしようか悩んだが、数秒考えた後にやめることにした。夜光虫の寿命は短い。ライト代わりにしてしまうのはなんとなく申し訳なく感じた。
 しばらく歩くと、なにもなかった道の向こうにうっすらと青白い光が見えた。少し早足に近づくと、ライトを持った男が瓦礫を背にして立っていた。
 「こんばんは、遅かったね」
 「これでも、急いで、来たから、許して……」
 「怒ってないから息継ぎして」
 雪のせいか少し湿った髪、暖かそうな紺のダウンジャケットの前をあけてマフラーも手袋もせずに平然としている姿は、見ているこっちが寒くなる。
 「晃太郎くんは寒くないの……その格好」
 「慣れればそうでも。それより暑くないの?」
 「すごく寒い」
 「あははは」
 わかり切ったことを聞いてくる晃太郎に苦笑いを返す。こんなことを心底楽しそうに笑い出すから彼のことはよくわからない。
 二人はそんなに長い付き合いじゃない。数日前にたまたま出会い、なりゆきで行動を共にしている。今日は少し別行動をしていたが、特になんの疑問も持たずにお互い待ち合わせと時間を決めた。行くあてを考えてないと言って、自分の目的地まで着いて行っていいかと晃太郎が申し出た時は少し驚いたが、一日も経たないうちに普通に会話をして普通に寝泊まりしていた。人生なにがあるか分からない。
 「この調子だと今日は野宿かな」
 「凍え死ぬ」
 「死なないさ。多分」
 「えぇ……」
 野宿、この寒さの中。それを考えると早くなにか建物が見つからないかと辺りを見渡してみるが、見えるのはなにもない道と雪と葉が落ちた木くらいしか見えない。
 本気で野宿を覚悟しないといけないかもしれないと悟っていると「前、ちゃんと見ないと危ないよ」と晃太郎の手が伸びて、落ちてきた横髪を耳にかけてくれた。視界は良くなったが、寒さも増した気がする。
 「せめて風を凌げる場所で野宿がいいなぁ……」
 「見つかることを祈るしかないね」
 ガックリと項垂れながらとぼとぼ歩く姿に、晃太郎は喉の奥でくつくつと笑う。そんなに寒い場所が苦手なのに、なぜこんなにも寒い場所を旅してるんだろう。もう少し暖かい場所に行けばいいのに。
 しばらくお互い無言で雪道を歩く。どんどんあたりの気温は下がっていくのを肌で感じる。
 雪が降ってる間は、風が吹いていたら違うがまだ少し暖かく感じる。止むととたんに寒さを増すのはなんでなんだろう。
 「あ」
 建物はないかと少しの望みをかけて辺りを見渡しながら歩いていると、少し遠くに建物群らしき影が見えた。どうやら集落らしい。
 近づいてみると、その集落はもう人が住んでいなかった。家の明かりはないし、人の気配もない。建物の入口が壊れているところもあった。
 それでも、集落の中に定期的に置かれている街灯の灯りが、まだ弱々しく周囲を照らしている。
 「雪、また降ってきた」
 集落に足を踏み入れてからふわふわと落ちてきた白い綿のようなものを手で受け止めながら空を見上げていると、晃太郎はふるふると小さく首を横に振った。
 「違う。死んだ夜光虫だよ、ほら」
 「え〜」
 「あのライトに当たったのか、それとも寿命で落ちてきたのか……どっちだろうね」
 「雪かと思ったのに」
 「あはは、忘れた時にまた降ってくるさ」
 長方形の白い家がぼんやりと光を反射しているなか降ってくる夜光虫の死骸は、やっぱり雪にしか見えない。
 比較的綺麗な建物に入り、試しに電気のスイッチを押してみる。カチッとした感触がして、部屋には微かな明かりが灯った。
 「電気、ここも生きてるんだ」
 「水道も使えるから、お風呂入れるね」
 「やった」
 冷えた体を温める手段が見つかり、小さくガッツポーズをして、また笑われる。交代ごうたいで風呂に入り、威力は弱いもののまだ使える台所でお湯を沸かす。
 「コンロとランプの燃料が温存出来るのありがたいな。懐中電灯はもう使えなくなったし」
 「どこかで電池があるといいんだけどね」
 窓際に座り、空から降ってくる夜光虫の死骸とも雪とも捉えられる白い綿を目で追いかける。
 「ねぇ……なんで虫って死ぬのに誘蛾灯に、光の方に向かっていくの?」
 「多くの虫には正の走光性があるからね」
 「あ〜……なんだっけそれ」
 「大雑把に言うと、虫は否応なしに光に近づいてしまうっていう性質」
 「そう、それ。怖くないのかなって思うけど、虫にはどうすることも出来ないっていうやつ」
 「そう考えるとなかなか残酷だね」
 晃太郎はふふっと小さく笑って、また外に視線を向ける。青白い光がふらふら、ふわふわと、白い綿に混じって飛んでいる。空はまだ曇っている。星は見えない。
 「そういえば、昔夜光虫は海にいたプランクトンっていう単細胞生物だったらしいよ」
 「へぇ〜、海に虫がいたんだ」
 「今みたいに羽があったわけじゃないみたいだけど」
 当たり障りない話をしながら、半分にした携帯食料を齧る。今日はメープル味。
 「メープルってなんだっけ?」
 「晃太郎くんでも知らないことあるんだね」
 「俺は万能じゃないの」
 「ん〜……たしか、サトウカエデの樹液を煮つめて作る甘味料」
 「砂糖みたいなものか」
 ぼんやりとした、特に中身もない話をしばらく続けた。二人が寝たのは随分夜が更けた時だった。
 
 次の日、昨日の曇っていた空が嘘のように綺麗な青空が広がっていた。雪は昨日の夜また降ったらしく、少し分厚くなっている。
 ザクザクと歩く道には、やっぱり人の姿は無い。
 「俺と出会う前にも誰かと会った?」
 「一人。やっぱり珍しいよ」
 「へぇ。なんでその人とは別れたの?」
 「行きたい場所が反対だったんだ」
 その人は南に行きたがっていた。
 「夏を見に行くんだって言ってた」
 「じゃあその反対に来たから冬を見に来たってことになるね」
 「別に冬を見たかった訳じゃないんだけど……」
 「まあ、いいじゃん。あ、俺は夏より冬が好きかな。暑いの苦手だから」
 「だからってその格好は薄着すぎるよ」
 凍った雪がパチパチと音を立てる。ヒリヒリと痛いような気さえする気温の中を並んで歩く。
 ジリジリとした暑さも、キリキリする寒さも苦手だ。出来れば秋か春がいい。気温は丁度いいし、食べ物が美味しいから。それでも目的地がこの先にあるから仕方がない。
 「そういえば、その人は金平糖を売ってくれたな」
 「金平糖?」
 「そ」
 リュックのポケットから金平糖の入った瓶を取り出す。透明、白、オレンジ、青、緑にピンクに黄色。色とりどりの小さな金平糖が詰まったそれは、光を反射してキラキラと光っていた。
 「綺麗」
 「でしょ」
 一粒ずつ口に入れてまたしばらく行くと、山のふもとに赤レンガの古い駅が見えてきた。外見はレンガだが、駅内は木製の古い古い駅。
 「……こんな所にまだ駅があったんだ」
 「うん。半年に一回だけ列車が一本出るんだ」
 切符売り場で切符を買う。出てきたのは鉱石のような切符。前に鉱石の繊維を使った糸を見たことがあるから、それと似たようなものなのかもしれない。
 待合室で五分ほど待ったあと、列車はゆっくりと駅に入ってきた。
 「これどこまで行くの?」
 「一応6つ目の駅で降りる予定。晃太郎くんは降りたいところで降りて」
 「ん〜……わかった」
 そのまま、列車はまたゆっくりと駅を出発した。少し広いゆったりとした座席は暖かく、すっかり冷えた体にじんわりと染みていく。
 もうすっかり夕方になった景色の中を、列車はガタゴトと進む。雪で止まったりすることも無く真っ直ぐ進む。
 「切符を拝見します」
 もぎり鋏を持った駅員が、二人に切符を出すように催促をする。キラキラと光る黒曜石の切符を手渡すと、カシャンっと宝石が弾ける音がした。
 「ごゆっくり」
 駅員はそれだけ言うと去っていった。
 しばらくぼんやりと外を見ていると、今度はガラガラとカートを押してきた年配の女性が「ご注文はありますか?」と穏やかに聞いてきた。
 「なにか頼も。俺ロックの梅酒にしよっかな」
 「あー……サイダーにしとく」
 「えー」
 「だって瓶だもん。酔っ払いたくないよ」
 「じゃあ一口あげるよ」
 「……なら貰う」
 二人の会話を聞いて小さく笑った女性は、それぞれ梅酒とサイダーを手渡して、最後に小さなコップも渡してくれた。
 「お酒と人生は似ています。どちらもどうか、あなたのペースで愉しんで」
 ぺこりと小さく頭を下げて、女性はカートを押して行ってしまった。この車両には、二人の他にはもう誰もいない。
 閑散とした車内で、小さく瓶を開ける音が響く。
 「おー綺麗な色」
 「結構甘いのかな」
 「匂い的にはそんな感じだね。はい、一口」
 晃太郎から渡されたコップを手に、少しずつ呑み込んでいく。じんわりと甘い梅と蜂蜜の味がして、少しアルコール独特の味もした。
 「あ、呑みやすいね」
 「どっかに売ってないかな。買いたいよ」
 瓶の中に浮かぶ梅は、なんとなく月のような淡い色をしていた。黄色い梅はあまり記憶にない。珍しいものなのかも知れないとも思った。
 「お酒と人生は似てるか……考えたことなかった」
 「そんなオシャレな呑み方してないかもなぁ。楽しいから呑むって感じ」
 「晃太郎くんは呑みすぎだよ」
 「この間の俺全然酔ってないよ。まだいけた」
 「豪酒……肝臓壊すよ」
 「あははは。そんときはそんとき」
 あっけからんと笑う晃太郎に、思わず苦笑いをしながらサイダーに口をつける。瓶のまま飲むタイプらしく、そのままラッパ飲み。
 「ゔ〜〜……」
 「どうした?」
 「電気みたいにビリビリする」
 「電気?炭酸だからそりゃ」
 「炭酸とは違う感じ……」
 はい、と空になったコップに注いで押し付ける。ぐいっと一口で飲み干した晃太郎もぎゅっと目を瞑る。
 「うわっ、本当だ……なんだこれ……」
 「あー……でもなんか癖になるかも……」
 ぱちぱちと口の中で弱い静電気が起こってるような、あるいは花火でも散ってそうな、不思議な感覚。
 「これ、しびびってなるの面白いかも」
 「炭酸飲んで面白がるってなんだよ」
 カラカラと笑う晃太郎に釣られて、一緒に笑う。笑い声が止んだ後、二人はしばらくぼんやりと天井を見つめていた。列車の揺れに合わせて、ランプが揺れる。
 「そういえばさ、旅の話もっとない?」
 「え?」
 「俺よりずっと長く旅してるんでしょ?」
 「あ〜……うん」
 目を瞑って今までの道筋をゆっくり思い返す。
 「前はバイクであちこち回ってたんだけど、壊れたから置いてきた。その時は海沿いをぐるっと回ってたかな」
 「海沿いかぁ。美味しいものも多かった?」
 「うん。でもそれと同じくらい、酷いところもあったかな。寒かったり、もう潮で錆びてボロボロだったり……まあ、うん、楽しかったけど」
 「港町とかは?」
 「行ったこともあるけど、特に話すことないかな。想像してるのと大差ないと思うよ」
 バイクが壊れてからは基本徒歩で旅をした。新しい乗り物を買う資金はなく、かと言って列車を乗り継ぐにも、乗り継ぐ列車もなかった。
 あちこち回って、たまにある交通機関を使って、水と食料を調達して、またあちこち歩いて回る。そんな生活を続けていた。
 「食べ物探すの大変なんだ……いつも沢山は見つからなくて、でも街みたいに栄えてたところは携帯食とかもなくて、持ち歩けそうなのあってもとてもじゃないけど手が出なくて」
 丁寧に丁寧に探して、拾い集めて、それが楽しかったりして。
 「海辺は関係ないけど、前に武器の墓場みたいな所があったな」
 「武器の墓場?」
 「そう。大砲とか砲弾とか、機関銃とか爆撃機とかが打ち捨てられててさ。携帯保存食が沢山あったから嬉しかったなぁ」
 確か今日みたいにすごく寒くて、雪が積もった林の中にあった。人は誰もいない。静かでどことなく廃壊した景色が強く印象に残っている。
 「なんで戦争するのかなぁって。なにかしら理由があるんだろうけど」
 「……譲れないなにかがあったのかもよ。大切なものがあったとか、無くなると困るものがあったから護ろうとしたとか」
 「そっかぁ」
 うんうん、と何回か頷く姿に、晃太郎は小さく苦笑いをした。
 ガタゴト、ガタゴト、と列車は揺れる。どんどん群青色になってゆく空の中を進む。心地いい揺れ、淡い暖色の明かり、柔らかく、でもどこか固い座席と、微かに鼻先に触る雪と冬の匂い。
 『次は、ほしの駅、ほしの駅。お降りの方はお忘れ物のないよう、お気をつけください。ほしの駅、ほしの駅です』
 掠れたアナウンスがして、リュックを持って立ち上がる。それに合わせるように、晃太郎も上着を羽織った。
 「降りるの?」
 「うん」
 ニコッと笑いながら、晃太郎は軽く外を見た。もうすっかり日は落ちている。雪が積もった道が、ぼんやりと白く発光していた。
 『本日もご利用頂き、誠にありがとうございます。この後も、どうぞお気をつけて、いってらっしゃいませ。またのご利用、心よりお待ちしております』
 淡々とした男性の声のアナウンスは無機質だったが、不思議と心地いい気がした。
 
▽△

 雪が降り積る道を歩く。ザクザクと雪を踏みながら坂を登る。喉や肺が凍りそうなほど寒い。
 空には分厚い雲が横たわっていて、ボタボタと雪が降ってくる。
 「寒い………」
 ぶるぶると小さく震えながら少し後ろをよたよた着いてくる姿は、どっちがここに用があるのかわからない。
 「大丈夫?」
 「凍る……寒い……」
 「帰る?」
 「…………だめ」
 「あははは」
 ぐぬぬっと顔を顰めながら道を歩く。少し坂になっていて、段々と険しくなる雪道を。
 すると、洞窟のような穴が空いていて、中にはずっと上まで続いている、明らかな人工の坂道があった。軽い鉄のようなもので作られたそれには分厚い雪が積もっていて、上からも外と余り変わらない程の雪が降っていた。
 「……登る?」
 「僕はここまで来たら登るよ。晃太郎くんは帰る?」
 「まさか。俺も登る」
 嫌に優しい顔の晃太郎にへにゃりとどこか疲れて弱々しい笑みを返す。正直ここまで来るのにも体力はかなり持っていかれていた。いくら人工とはいえ、坂を登るのは体力的にキツいだろうことは、火を見るより明らかだった。
 それでもゆっくり、確実にどんどん上へ登る。上に上に行くにつれて、案の定二人の足は上がらなくなっていった。時々お互いの背中を押されたり、手を引っ張られたりしながら、寒い、凍る、と弱音を吐いたりもして、それでもただ黙々と歩く。
 照明もない階段を弱々しいライトを付けながら歩く。
 「寒くない?」
 「大丈夫。暑くない?」
 「寒いに決まってるじゃんか……!!」
 「あはは」
 また少し騒ぎながら坂道を一歩一歩上がっていく。が、数十分経った頃には、二人とも無言で階段を登っていた。
 ザクザクという足音、雪が降り積もる音、肌にあたって溶ける音、そして二人の息遣い以外は、もうなにも聞こえない。
 (もう、晃太郎くんも疲れてなにも話さない)
 ちらりと横を見るが、前髪で隠れて表情は見えない。
 (明かり……いつまでもつかな……)
 思考を停めたら気力が尽きる気がして、とりあえず思いつく限り色んなことを考える。体の芯まで冷えきっているのに汗が伝う。足の感覚が麻痺してくるのに、それでも止まらない。
 どれくらい時間が経ったかがわからなくなった時、ピタッと雪が止んだ。上を見上げた時、チカッと一筋の明かりが見えた。
 「……着いた……晃太郎くん……?」
 「……眩しい……」
 眉を寄せる晃太郎を引っ張り一番上まで登りきった時、最初に目に飛び込んできたのは、雲の隙間から覗いた星空だった。
 「わぁ」
 「…………駅の、跡地……」
 晃太郎の声に、小さくうん、とだけ答える。分厚い雪、ボロボロの駅の看板と線路以外なにもない場所、空には呆れるような星空。
 雪の中に佇んで空を見上げると、頭が痛くなるような星が瞬いていた。こんなに沢山の星を見るのは初めてだった。天の川もハッキリと見える。
 「夜ってこんなに明るいだ……」
 「知らなかった?」
 「……うん」
 「街の明かりが強いと見えなくなるんだよ」
 「……へぇ」
 晃太郎が隣に寝転び、初めて知る明るい夜に目を何度もぱちぱちと瞬きをしていた。
 「……人間にも正の走光性があるのかも」
 晃太郎の隣に座りながら、ゆっくり口を開く。
 「急になに?」
 「昨日、そんな話したでしょ?虫が明かりに寄っていくってやつ。
 今思ったんだけどさ、人だって、今より明るい方へ、いい方へって行こうとするなって。危ない火の中にだって、明るいなら行きたいって思って、足掻いて行き着いた先が少しいい所だったらって、願ったりする」
 人がなにかを手放せないのも、きっとその先が明るいことを知っているから。
 「……だから、例えば、晃太郎くんがここにいたいなら、ここにいて欲しいって思うよ」
 「適当だなぁ……」
 でも、まあ、確かにそうかもしれない。とりあえず空は綺麗だし、梅酒もサイダーも美味しかった。
 「僕ね、楽しかったよ。晃太郎くんが着いてきてくれて。実は少し心細かったんだ」
 コロコロと笑って立ち上がる姿を横目で見る。寒さで少し白かった顔は、どこか血色がよくて、少し長めの髪が風に揺れていて、でも寒さなんて感じてなさそうだった。
 風に混ざって列車の汽笛の音がした気がした。
 「……星乃?」
 線路に足を踏み入れ、一瞬チカッと光って、そこにいた姿は跡形もなく消えてしまった。リュックだけが、雪の中に取り残されていた。
 唖然としていると、淡い青色の光がふわふわと目の前を漂ってきた。泳いでるようにも見える、青白い光。
 「あ、夜光虫……」
 
 ▽△

 列車は昔から死者を運ぶ乗り物、生き物は死ねば星になる、魂は山に還る、なんていうのは有名な話。
 あの後、気がつくと晃太郎は古い駅で目を覚ました。雪が積もって寒いはずなのに、ボロボロの待合室は気味が悪い程暖かかった。
 夢だったのかとポケットに手を入れると、指先に少し硬いなにかが当たる感触がした。引っ張り出すと、それは黒曜石の切符だった。表には『ユキハラステーション→ホシノエキ』と白い文字で彫られていた。裏には同じく白い文字で『ゴリヨウ、アリガトウゴザイマシタ』と彫ってあった。
 あの日、あの数日間の事が、全部全部夢だった気がしてきていた。それともキツネに化かされたか……。
 まあ、どっちでもいい。きっとそんなに重要じゃないだろうから。
 今でも眼を閉じると、まだ星空がみえる。天の川も、流れ星も、全部がみえた。火花が散ってるような星空が。
 「きれいだなぁ……」
 パキパキと溶け始めた雪を踏みしめながら道を歩く。鞄に入れている金平糖が、カランっと音を立てた。
 『寒い』と言いながら少し後ろを歩いている声が聞こえた気がした。