君の一部を貰いに来ました

  寒い世界を当てもなく彷徨う。
 
 こんな世界無くなってしまえ……
 いや、私が居なくなれば済む話だ。


 そうと決まったら、のそのそと重たい足を動かして目的地に向かう。

 ザーザーと川が流れる音が聞こえてきた。街灯はなく、川のそこは見えない。

 
 気づいたら橋から飛び降りていたらしい。
 
 
 バシャンッと鈍い音が鳴る。痛い、寒い、苦しい、落ちた瞬間に死ぬものだと思っていた。

 私は最後にも苦しい思いをする運命なのかな。


 手足の感覚が無くなり、頭が朦朧としてきた。

「ゴホッゴホッ」
 私の中の空気が泡となって消えていく。あ、私もう死ぬんだ。呆気ないな。


 なんだったんだろうこの16年は

 急に全身に電流が流れるような感覚がしたが、痛みは特に気にならなかった。体が軽くなり苦しさや痛みから開放されたからだ。


 目を開けると、少女がいた。

 今にも消えてしまいそうな透明な肌。

 暗くてあまり顔は見えないけれど、きっと可愛い。

 そういうオーラが出ている。歳は8歳程度だろうか。


 辺りを見渡してみた。


 暗くて深海のような場所。
 周りにはくらげがちらほらいて優雅にぷかぷかしている。

 寒くないのに感覚が寒いと言っている。

 ここはどこなんだろう。



 無言で少女と目を合わせて止まっていたが、先に口を開いたのはあっちだった。

「こんばんは」
 幼い見た目とは違って、落ち着いた声をしていた。大人びた声ともまた違った。

 私が言葉を発する前に続けて、

来栖(くるす) 澄玲(すみれ)さん、貴方の一部を貰いに来ました。」
 私は理解できなかった。淡々と話す少女のことから今の状態など全てのことに。

 また無言の時間ができていた。

 少しして私は口を開いた。


「こ、こんばんは……」
 少し声が震えていたかもしれない。

「えーと、私のどこの一部が欲しいの?」
 一生使わない言葉だと思う。

 返ってきた一部は私の想像していた斜め上にきた。

「心臓」
 当たり前でしょ。というような口調だった。

「え、売るの?」

 私はいつの日か見た海外のドラマでガラの悪いおじさんが臓器売買をしていたのを思い出した。

「貴方はドラマの見すぎね。」

 私は無意識にぽかんとした顔で「あぁー」と発していた。確かにと思ったからだ。こんなに小さくて可愛い子がそんなことするわけないか。



 落ち着いた声で、
「無駄死にする貴方に唯一できることなの。」

 私は無駄死にという言葉に少々ムカついて、

「なんで私なの?いやだよ。もっと優しい人を探すといいよ。」
 っと、勢いよく発してしまった。少し強く言いすぎたかもしれない。


「…」
 少女は黙り込んでしまった。



私は焦って、
「そんな適当な説明で了承する人なんて優しい馬鹿ぐらいだよ。流石にもう少し状況とか君のこととか教えてよ。」

 最低限の条件を出した。



 少女は少しして、


「……私はクレア。ここは死の堺と思ってくれればいい。貴方の心臓はある少女を助けるために使うの。」

 私は君も少女だろと心の中で突っ込んだ。


「…クレアか、可愛い名前だね。」

 私は正直に心から思ったことを言った。顔はしっかりと見えていないし、名前の由来すら分からないけれどしっくりきた。


「ある少女って誰?」

 次の質問をした。

「10歳の女の子。名前は天野(あまの)玲奈(れな)。6歳で心臓の病気を発症。それからずっと病院に入退院を繰り返してる。最近また病状が悪化している。もう、長くない……」
 クレアはまた淡々と話す。


 私は考え込んだ。でも、私は捻くれ者だから、

「やっぱり嫌かも。他人の中に私が居ることになる。私はもうこの世界には居たくない。」


 クレアはそうと静かに呟いた。



「……なら、他人じゃなくなったらいいの?」

 小学生が先生にしつこく質問するときのような聞き方をしてきた。

「…え、どうする気?」

 私が知らないだけで生き返る方法があるとか?そだとしても生き返る気にはなれない。


 あっと思いついた顔をして、

「3日間ならあの少女になれる。」

「なれる?その人に?」

 クレアはゆっくり首を振った。迷ってるように感じた。

「なれる、というかなんというか。視界とか匂いとかの神経の感覚を感じることができるの。」

 ほう、と私が頷く。

「わかってる?」
「多分」

 実を言うとあまり分かっていない。そりゃあろくに学校に行って無ければ勉強もしていない。今の高校も名前を書けば入れるような高校。そんなくだらない人生を生きている。


 違う、生きていた。


「まぁ、行ってみたらいいんじゃない?」

 こっちの身になってみろよと思った。


「えー、うんー」

 考えながら返事をすると自分でも何を言ったか覚えていない程に適当になる。


「案外早い決断だったね。」
「え?あ、違くて、、」

 私は慌てて弁解をしようとした。

 しかし、普段人と会話をしないため、語彙力が最低限かそれ以下という悲しい現実。嫌いなことを避けて生きてきた結果なのだろう。

「ねぇ〜、待ってよぉ〜」
「まだ心の準備ができてないって」

 ぐだぐだと言い訳をしながら無駄な時間が過ぎていく。



「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。きっと君を変えてくれる。」



「もう絶えた命なのに変わるとかないじゃん」

「かもしれないね。でも、まだ君の心臓は生きたがってる。」


 ドキッとして私は右手で心臓があると思ってる場所に手を置く。ゆっくりと掴むようにして。


「そんなことない…私は、もう……」
 視界がぼやぼやしてきた。私は見られたくなくって俯いた。嫌だ、泣きたくない。


「私を見て」

 クレアが命令をするように言った。


「嫌だ。私を見ないで。」
 私は掠れた声で言う。

「なら、自分のことをしっかり見て。お願い。」




 私は左手で目を擦ってしっかりと見開いた。
「え?どうなってるの?」

 心臓があると思われる場所が光っている。赤や青、黄色に紫と次々に色が変化している。でも、全て濁っている。イルミネーションで見る綺麗な色ではなかった。

 ちなみに、置いていた右手が少し左にいき過ぎてたのは墓まで持っていこうと思う。


「これは貴方が持っている感情だよ。まだ感情が残ってる。全てが無くなった訳じゃない。」

 次は優しく包まれるような声をしていた。


「本当に変われるのかな?私」

「大丈夫だよ。」

 私は決心を着くことができた。

「分かった。私行くよ。少女の元へ」

「了解」


「痛っ」
 また電流が流れるような痛みがした。今回は余韻も感じる。足元を見ると赤いくらげが近くを漂っていた。

 「もしかして、このくらげが……」


 前を見るとクレアはいなくなっていた。