ぱしりケメン



 今までも、ずっと玲はとびきり可愛かったし、成長したら、めちゃくちゃかっこよくなった。
 どきどきしたし、顔も耳も熱くなった。大きくなっても子分の、かわいい玲に。

 でも『玲がすき』わかってしまったら、跳ねる鼓動も、熱くなる指も、まるで色を変えるようだ。

 今までより一層、いや、今までの自分はよく見えていなかったんじゃないかと思うほど、玲の髪が流れるさまが、結ばれた白いはちまきが青空にゆるやかな線をえがくさまが、きらきらのエフェクトつきで見える気がする。

 高校生の一年の差はかなり大きい。学年対抗リレーは順当なら三年が一位、二年が二位、一年が三位だ。
 全校生徒の耳をつんざくような歓声のなか、かなり離されて、アンカーの玲は三位でバトンをもらった。
 玲がビリだなんてありえないけれど、学年対抗リレーという年齢差があるうえに他の同級生たちと一緒に行う競技は、かなり厳しい。

「香月がビリだぜ」
「見ものだよな」
「あいつ出来すぎで、むかつくんだけど」
「なんだよ、あの顔。芸能科に行けよ」
「ふつーの学校、来んな」

 ぶーぶーさわぐフツメン……いや、正直に言おう、へちゃむくれの気もちは分かる。俺も、そっちの人間だからだ。
 かっこいい人を見ると、うらやましく思う気もちと一緒に『石につまずいて高い鼻を打ってくれないかな』思ってしまう。
 可愛い男の子に振られてほしいし、テストは解答欄を一つずらして記入して悲惨な点数を取ってほしい。まるで呪詛だ。
 ちっちゃな頃は愛くるし過ぎていじめられ、おっきくなったら、やっかまれ過ぎて、ぎゃーぎゃー言われる。

 ほんとうなら知るはずのないイケメンの苦悩を、俺はずっと傍で見てきた。
 玲がどんなに頑張っても

「顔がいいって、いいよなー」

 すべて顔のせいにされた。

「何でもできるんだろ」

 すべて才能のせいにされた。

 学年対抗リレーのアンカーなんてものに選ばれてしまって断れなかった玲が、河原を走っていたのを知っている。
 誰も見ようとしない玲のくるしみを、玲のがんばりを、俺は、知ってる。

 白いハチマキをひるがえし、玲が駆ける。
 俺は大きく息を吸った。

「玲! がんばれ──!」

 玲が前を走る瞬間、声を張りあげた。

 ほんのかすかに、はしばみの瞳が見開かれ、ほんのかすかに玲の桜の唇が、やわらかな弧をえがいた。

 ドン──!

 まるでギアをあげるように、玲が加速する。

「いっけえ──! 玲──!」

 声をかぎりに、叫んだ。

 玲の背を、押すように。
 玲の力に、なるように。

 長く尾をひく白いハチマキが、グラウンドと平行に流れる。

「玲──!」

『すき』
 言えないから、きみの名を叫んだ。

 ドン──!

 さらに玲が加速する。
 ぎょっとしたように振りかえった二年を、一瞬でかわした玲が前に出る。

「香月くん、すごい──!」
「がんばれ──!」

 きゃわきゃわした可愛らしい声は、俺には出ない。
 でも

『玲がすき』

 気もちは、誰にも、負けない。


「がんばれ、玲──!」

 きみの名を呼ぶたび、鼓動が跳ねる。


『玲がすき』

 駆ける玲の背に、告げるように。





 パァン──!

 ピストルが春の空を裂く。

「あっぶねえ!」

 ギリギリ一位で滑りこんだ三年が、ほんのすぐ後ろに迫っていた玲に目をむいた。
 二位でゴールした玲が、くやしそうに唇を噛むのが、遠くで見えた。

 観客席に戻ってきた玲は、俺が『すごかった!』歓声をあげる前に、肩を落とす。

「ごめんね、まもちゃん。せっかく応援してくれたのに、俺……」

 ふあふあの耳としっぽが、ぺしゃんとしている幻覚が見える。

「俺の声、聞こえた?」

『玲』大声で叫ぶのは俺くらいだから、もしかして分かってくれた?

 トクン

 跳ねる鼓動で聞いたら、玲がささやく。

「まもちゃんの声しか、聞こえない」

 玲の長い指が、俺の指にふれる。

「……だから、がんばろうって……全力で走ったけど、届かなくて……ごめんなさ……」

「すごかったよ! 二年を抜かしたの、めちゃくちゃかっこよかった!」

 思わず抱きついたら、抱きとめてくれる。

「……でも、二番で……」
「いつだって俺には玲が、一番だよ!」

 玲を抱っこして、ぴょんぴょん跳ねた。
 まるくなった、はしばみの瞳が、やさしくほそくなる。

「うれしい」

 桜がほころぶように笑ってくれる。

「あんなに差があったのに、二年を抜かすなんて、すごいよ、玲!」

 ぴょこぴょこ跳ねていたら

「二年のくせに、二年がビリになって喜ぶ裏切り者がいる──!」

 樹一に叫ばれた。

「香月ばっかり見るんじゃねえよ」

 ぶっすりしている樹一が、謎だ。

「玲に逢ったときから玲のことしか見えてない俺に、そんなことを言われても?」

「……はア!?」

 突然の激おこは、心臓にわるいのでやめてください。

「うわ、香月くんを、ぱしりにしてる泉だ」
「ぱしりが活躍すると、うれしいのか」
「自分の手柄だと思ってんじゃね?」
「サイアクー」

 何をやっても、俺の評価がうなぎ下がりです。

 泣いちゃう。