「まも先輩、かばん持ってあげる♡」
放課後になると二年三組の教室までやってきて、にこにこ手を差しだす玲に、俺の頬は引きつった。
「いや、いいよ。自分で持つ」
「……まもちゃん、俺にさわられるの、いや……?」
切れ長のはしばみの瞳が潤みはじめて、あわてた俺は首をふった。
「そ、そんなことないけど──!」
「じゃあ、いいよね♡」
きゅ♡
♡が飛んでいるのが見えてしまいそうなほど愛しそうに、玲が俺のかばんを抱きしめる。
「うわ、泉、香月にかばん持たせてるぞ!」
「ぱしりも、かばん持たせるまでいくと、やばくない?」
「先生に相談したほうがいいんじゃ?」
「香月くんが先輩にいじめられてるなんて──!」
「い、いじめてないから──!」
俺のほうが涙目だよ!
「まもちゃん、いっしょにかえろー!」
にこにこする玲が、俺のかばんを抱きしめて離さない。
「いや、俺が持つから!」
「やだ! まもちゃん、持っていいって言ったもん!」
はしばみの瞳が、うりゅうりゅだ。
「うわ、やっば! 泉、香月を泣かせてる!」
「おい、だれか先生を呼んでこい──!」
ぎゃ──!
「ほ、ほんとに、何にもしてないから──!」
俺が本気で泣いちゃうよ──!
あわてて帰ろうとするのに、クラスメイトたちの人垣に阻まれた。
「先生、こっちです!」
「今日こそ現行犯です!」
「いじめは犯罪です!」
「恐喝です、警察を呼んでください!」
生徒たちに誘導された、もりもり筋肉の体育教師、山際力が来てくれた。
げじげじ眉毛のガチムチ教師は、生徒同士の喧嘩の仲裁には必ず引っぱり出されるという、白峰高校でいちばん強そうな教師だ。何度聞いても、きつねのお話で号泣してしまうそうで、ゴンちゃんと呼ばれている。
「……また泉か。こんなに顔のいい香月をいじめる根性は、すごいがな……」
毎回引っぱってこられるゴンちゃんが、疲れてる!
「ほんとに、ほんとに、いじめてないんです……! お金も、ちゃんと払いました!」
あまあましゅが代を!
泣いちゃう俺の頭を、ぽんぽんしようとしてくれたらしい先生の手を、さっとのびた玲の手が払った。
「先生、まも先輩に、さわらないでください」
シャ──!
猫の威嚇みたいに牙をむきそうな玲が、ゴンちゃんにさわられかけた俺の頭をなでなでしてる。
「……ああ、うん、いじめてなさそうだな、今日も」
先生の目が、遠くなってる!
これでは俺が最も憎む、いじめっ子になってしまう! いや、なってないけど、いじめっ子って思われるのも、いやだ……!
夕暮れの帰り道で、俺は玲に説得を試みた。
「玲といっしょにいると、俺がいじめてるって思われちゃうからさ……」
「まもちゃん、もう俺がいらないの……!?」
泣いてすがられたら、振りきるとか、無理。
「その、もう玲は俺の子分じゃないし……」
「捨てないで、まもちゃん……!」
泣いてすがられたら、抱っこしないなんて、無理──!
翌日の教室でも、思いだして顔がとろけるくらい
「どうしよう、玲が、かわいい」
熱い頬で、ぽそぽそつぶやいたら、教室の後ろの席で教科書をめくっていたクラスメイトの芹沢樹一が、眼鏡のフレームを押しあげた。
「毎日のろけを聞かされるとか、その口に岩をねじこみたくなるから、やめてくれ」
そこそこ高い鼻を鳴らされた。
「きーち、しょっぱい」
「こっちは、もっと、しょっぱいから!」
しかられた。
「だって皆、俺が玲をいじめてるって言うんだよ」
仕方なさそうに教科書から目をあげた樹一が頬杖をつく。
「そうとしか見えんからな」
「なんで!? 俺、玲より、ちっちゃいんだけど!」
ふつういじめっこというのは『オラオラオラ、金だせよ』『あまあましゅが、買ってきやがれ!』みたいな、こう体格のいい、手をつっこんだポケットが弾けそうな、突きだされたそこに視線がいっちゃうみたいな、そういう人々を想像するんだけど。
俺、ぜんぜん違うんだけど──!
ちょっともさっとした髪に、ちょっとくりっとした目に、ちょっとぷにっとした唇の、まあまあよくいる平々凡々男子高校生だ。お肌はつやつや弾けてる。が、そんなの高校生全員はちきれてる!
「だからさ、凡庸なまもるに、玲みたいなモデルも真っ青みたいなのがくっついてたら、強迫されてんのかなって皆は思うわけだよ」
「なぜ!?」
「ありえないから」
しょんぼりする。
……そうだ。玲と俺は、つりあわない。顔も、身体も、頭も。
ほんとうは玲は、とても頭がいい。小学校のときも、教師から中学受験を勧められていた。
「まもちゃんと一緒の中学に行きたいから」
玲はあっさり断り、地元の公立中学に進学した。
中学のときは、地域でいちばんの進学高校への受験を勧められた。
「まもちゃんと一緒の高校に行きたいから」
あっさり玲は白峰高校への進学を決めた。
そんなことになるかもしれないと思って、俺としては最大限力を尽くした末に勝ち取った白峰高校生の椅子だが、玲にとっては、すべり止めにもなれるかどうかだ。
……俺が玲の人生を、めちゃくちゃにしている気がする。
三歳の、ちいさくて愛らしくて子犬みたいだった玲をたすけたばかりに。
だから何度も
「玲、ちっちゃい頃のことは、ほんとにもういいんだから、玲のすきなことをしたらいいんだぞ!」
言い聞かせるのに。
「俺、まもちゃんと一緒にいたい」
きゅうぎゅう抱きつかれたら、なでなでしてしまう──!
身体がおっきくなっても、子犬な玲が、かわいすぎる……!
放課後になると二年三組の教室までやってきて、にこにこ手を差しだす玲に、俺の頬は引きつった。
「いや、いいよ。自分で持つ」
「……まもちゃん、俺にさわられるの、いや……?」
切れ長のはしばみの瞳が潤みはじめて、あわてた俺は首をふった。
「そ、そんなことないけど──!」
「じゃあ、いいよね♡」
きゅ♡
♡が飛んでいるのが見えてしまいそうなほど愛しそうに、玲が俺のかばんを抱きしめる。
「うわ、泉、香月にかばん持たせてるぞ!」
「ぱしりも、かばん持たせるまでいくと、やばくない?」
「先生に相談したほうがいいんじゃ?」
「香月くんが先輩にいじめられてるなんて──!」
「い、いじめてないから──!」
俺のほうが涙目だよ!
「まもちゃん、いっしょにかえろー!」
にこにこする玲が、俺のかばんを抱きしめて離さない。
「いや、俺が持つから!」
「やだ! まもちゃん、持っていいって言ったもん!」
はしばみの瞳が、うりゅうりゅだ。
「うわ、やっば! 泉、香月を泣かせてる!」
「おい、だれか先生を呼んでこい──!」
ぎゃ──!
「ほ、ほんとに、何にもしてないから──!」
俺が本気で泣いちゃうよ──!
あわてて帰ろうとするのに、クラスメイトたちの人垣に阻まれた。
「先生、こっちです!」
「今日こそ現行犯です!」
「いじめは犯罪です!」
「恐喝です、警察を呼んでください!」
生徒たちに誘導された、もりもり筋肉の体育教師、山際力が来てくれた。
げじげじ眉毛のガチムチ教師は、生徒同士の喧嘩の仲裁には必ず引っぱり出されるという、白峰高校でいちばん強そうな教師だ。何度聞いても、きつねのお話で号泣してしまうそうで、ゴンちゃんと呼ばれている。
「……また泉か。こんなに顔のいい香月をいじめる根性は、すごいがな……」
毎回引っぱってこられるゴンちゃんが、疲れてる!
「ほんとに、ほんとに、いじめてないんです……! お金も、ちゃんと払いました!」
あまあましゅが代を!
泣いちゃう俺の頭を、ぽんぽんしようとしてくれたらしい先生の手を、さっとのびた玲の手が払った。
「先生、まも先輩に、さわらないでください」
シャ──!
猫の威嚇みたいに牙をむきそうな玲が、ゴンちゃんにさわられかけた俺の頭をなでなでしてる。
「……ああ、うん、いじめてなさそうだな、今日も」
先生の目が、遠くなってる!
これでは俺が最も憎む、いじめっ子になってしまう! いや、なってないけど、いじめっ子って思われるのも、いやだ……!
夕暮れの帰り道で、俺は玲に説得を試みた。
「玲といっしょにいると、俺がいじめてるって思われちゃうからさ……」
「まもちゃん、もう俺がいらないの……!?」
泣いてすがられたら、振りきるとか、無理。
「その、もう玲は俺の子分じゃないし……」
「捨てないで、まもちゃん……!」
泣いてすがられたら、抱っこしないなんて、無理──!
翌日の教室でも、思いだして顔がとろけるくらい
「どうしよう、玲が、かわいい」
熱い頬で、ぽそぽそつぶやいたら、教室の後ろの席で教科書をめくっていたクラスメイトの芹沢樹一が、眼鏡のフレームを押しあげた。
「毎日のろけを聞かされるとか、その口に岩をねじこみたくなるから、やめてくれ」
そこそこ高い鼻を鳴らされた。
「きーち、しょっぱい」
「こっちは、もっと、しょっぱいから!」
しかられた。
「だって皆、俺が玲をいじめてるって言うんだよ」
仕方なさそうに教科書から目をあげた樹一が頬杖をつく。
「そうとしか見えんからな」
「なんで!? 俺、玲より、ちっちゃいんだけど!」
ふつういじめっこというのは『オラオラオラ、金だせよ』『あまあましゅが、買ってきやがれ!』みたいな、こう体格のいい、手をつっこんだポケットが弾けそうな、突きだされたそこに視線がいっちゃうみたいな、そういう人々を想像するんだけど。
俺、ぜんぜん違うんだけど──!
ちょっともさっとした髪に、ちょっとくりっとした目に、ちょっとぷにっとした唇の、まあまあよくいる平々凡々男子高校生だ。お肌はつやつや弾けてる。が、そんなの高校生全員はちきれてる!
「だからさ、凡庸なまもるに、玲みたいなモデルも真っ青みたいなのがくっついてたら、強迫されてんのかなって皆は思うわけだよ」
「なぜ!?」
「ありえないから」
しょんぼりする。
……そうだ。玲と俺は、つりあわない。顔も、身体も、頭も。
ほんとうは玲は、とても頭がいい。小学校のときも、教師から中学受験を勧められていた。
「まもちゃんと一緒の中学に行きたいから」
玲はあっさり断り、地元の公立中学に進学した。
中学のときは、地域でいちばんの進学高校への受験を勧められた。
「まもちゃんと一緒の高校に行きたいから」
あっさり玲は白峰高校への進学を決めた。
そんなことになるかもしれないと思って、俺としては最大限力を尽くした末に勝ち取った白峰高校生の椅子だが、玲にとっては、すべり止めにもなれるかどうかだ。
……俺が玲の人生を、めちゃくちゃにしている気がする。
三歳の、ちいさくて愛らしくて子犬みたいだった玲をたすけたばかりに。
だから何度も
「玲、ちっちゃい頃のことは、ほんとにもういいんだから、玲のすきなことをしたらいいんだぞ!」
言い聞かせるのに。
「俺、まもちゃんと一緒にいたい」
きゅうぎゅう抱きつかれたら、なでなでしてしまう──!
身体がおっきくなっても、子犬な玲が、かわいすぎる……!
