ぱしりケメン




 ぽかんとしていた玲が、桜のくちびるを開いた。

「まもちゃん、ちょっと待って。なんで今なの。俺の髪、シャンプーで、あわあわなんだけど。ソフトクリームみたいになってるんだけど! こんなかっこわるいときに、なんでそんな……!」

 玲が、激おこだ。

 あたりまえだ。
 三歳のときから、ずっと親分だった俺が、玲を守るはずの俺が、玲を、ずっとすきだったなんて、きっと、ひどい裏切りで──……

「泣かないで、まもちゃん」

 玲の腕が、抱きしめてくれる。

「もう、どうして今なの。もっとちゃんと雰囲気のあるときに、俺から、かっこよく言おうと思ってたのに」

 胸が、えぐれる。

「……きらいって……?」

「あぁあもう! どこをどう見たら、俺がまもるを、きらってるように見えるの!」

「だって……俺、親分なのに……玲を、守らなきゃなのに……ずっと……俺、玲のこと、すき、で……玲は、ただの、すりこみなのに……」

 あふれる涙が、止まらない。
 あふれる想いが、止まらない。

 くしゃくしゃになってしまう俺の顔を、玲の泡まみれの腕が抱きしめてくれる。

「……子分を大事に思ってくれる『すき』じゃなくて……?」

 ちいさな声が、ふるえてる。


「れいが、すき」

 玲にすがる指が、ふるえてる。


「……寝てる玲に、キスしたいと思う、すき」


 ……言ってしまった。

 これで、終わりだ。



 だいすきな玲に。

 さよならを。

 親分ができる、最後の贈り物だ。
 








 あたたかなお湯が降る。
 シャワーのやわらかなしぶきが、髪を、肌を伝い落ちて、あふれる涙を流してくれる。

「あぁあもう!」

 俺の告白に、きれてしまったらしい玲が叫んだと思ったら、洗面器で湯船のお湯をすくって、俺と玲の頭からぶっかけた。

 バッシャーン!

 滝みたいに降ったお湯に、ふあふあの泡は、一瞬で洗い流された。

「出るよ、まもる!」

『まもる』

 呼び捨てにされるたび、鼓動が跳ねる。

 それは俺を親分の枷から解き放つ名だ。
 子分じゃない、守るべき存在じゃない、ただひとりの人として玲が目の前に立ち現れる名だ。

 ばしゃばしゃ洗面器のお湯をかぶせられ、泡を洗い流され、玲といっしょに風呂を出る。

 最後の、いっしょにお風呂だったのに。
 ひとつお布団でいっしょに眠ってから、告白するはずだったのに。

 ぜんぶ、俺が、ぶち壊した。


 どうして唇からこぼれてしまったのか、わかる。

 玲が、すきで、だいすきで、もう嘘をついていられなくなったからだ。

 もう玲を守る親分でいられないからだ。

『玲がすき』

 気づいてしまった俺は、もう玲の傍に、いてはいけないからだ。



「ごめん、玲……」

 くしゃくしゃに泣いてしまう俺を、玲の裸の腕がつつんだ。

「ああ、もう、かわいすぎる……!
 泣かないで、まもちゃん。ね?」

 ふあふあのバスタオルでくるんで、ふきふきしてくれる玲がやさしくて、涙がでる。

「……俺、もう、親分、じゃ、いられなぃ、から……」

 ぐすぐす鼻をすする俺の顔も、ぽふぽふ拭いてくれた。

「もう、玲のそばに、いられない。
 ごめん、玲」

 浴衣を羽織って、部屋を出ようとする俺の腕が、玲の熱い指につかまれる。

「いかないで」

 指先、ひとつで。
 言葉、ひとつで。

 かんたんに玲は、俺を止めてしまう。

 俺の心を玲へと縛りつけて、どこへも行けなくさせるんだ。


「……れい、でも、俺のこと、きもちわるいんじゃ……」

 つぶやきは、頼りなく口のなかに消えた。


 ほんとうは、こんなこと、言いたくない。
 だって、人が人をすきになること気もちを、心からのまごころを、きもちわるいなんて、思ってほしくない。

 堂々と自分のジェンダーを誇ればいいのに、堂々と玲がすきだと告げたらいいのに、幼なじみを、子分の玲を、ずっとすきだった後ろめたさが、言いたくないことを口にさせた。
 ……それに俺は、男がすきなのかといわれると首をかしげてしまうのだ。


 俺がすきなのは、玲だから。

 玲以外、見えないから。


 俺の世界は、玲なんだ。