ぱしりケメン

 あわてて俺は口を開いた。

「か、香月くん、こういうのは困るって、何度も言ってるよな? ちっちゃい頃のことなんて、ほんとに、もういいんだから──」

『気にするな』というより『その顔面で学校で俺に近づかないでくれ!』懇願しようとした俺は、泣きだしそうになった玲に、思わず言葉をのみこんだ。

「香月くんなんて、ひどい、まもちゃん……!
 ……俺のこと……めいわく、なの……?」

 切れ長になってしまった、はしばみの瞳が、うるんでく。
 はじめて逢った、あの日のように。

 ──あぁあぁああ!

 子犬……じゃないな、大型犬の耳としっぽが、ぺしゃんとしてる幻覚が見える気がする……!
 なんだその、めちゃくちゃかっこよくて、かわいくて、せつなくて、俺のさいっこうに大すきな顔面は──!
 モブを、きゅんきゅん♡ させるな……!

 わたわたした俺は、いつものとおり、折れた。

「……屋上に行く? 一緒に食う?」

「うん、まもちゃん!」

 とろけてゆくチョコレイトみたいな甘い瞳で、玲が笑う。
 ぶんぶんのしっぽが見えるみたいで、可愛くてたまらなくなる。
 思わず、なでなでしそうになった俺の手が、後ろから響く声に止まった。

「あんなイケメンと一緒にいられるだけで、すんごい心臓だけど、ぱしりにするか?」

「競争率の高い『あまあましゅが』を買いに走らせるとか、顎で香月を使ってるぞ」

「うわ、泉、こっわ」


 俺の評判は、うなぎ下がりだ。

 ──泣いちゃう。
 








 もぐもぐ、俺は『あまあましゅが』を頬張る。
 白峰高校の屋上を春の風が吹きぬけて、袋が飛ばないようにあわてて抱えた。

 屋上への扉のある四角い建物の後ろ側は、ほどよい日陰で人も来ない、穴場スポットになっている。
 玲が買ってきてくれたパンをもぐもぐする俺の隣で、かわいくてたまらないものを見つめるように微笑む玲が、まぶしい。

 ──なんだこのイケメン。

 俺よりでっかくなるとか、どういうつもりだ。ちっちゃい頃はあんなに可愛い子犬で、かわいい子分だったのに!

 ぷりぷりしながら頬張るドーナツは、頬がへにゃりと崩れるくらい、あまい。
『あまあましゅが』は輪っかのドーナツに、これでもかと粉砂糖をまぶした、とっても甘い菓子パンで、三歳のころから大すきだ。
 どんな時にも『あまあましゅが』は、あまい。うまい。じゅわっと染みでる油と砂糖が混じりあう、とろけるハーモニー!
 至福だ──!

 うっとりしてる場合じゃない。

「玲、ほんとに、ぱしりみたいなことしなくていいから。な? 俺の評判が、どんどん下がって大変なことに──!」

 泣いちゃうから!

 何とか止めようとした俺に、玲が、にっこり笑う。

「まもちゃんの評価が下がったら、まもちゃんに近づこうとする男がいなくなるでしょう? 最高だよ。ね?」

『ね?』じゃない!
 それに近づいてくるのが、なぜ男なんだ──!

 反論しようとする前に

 ドン──!

 壁に、両腕をつかれた。

 まんなか、俺。


 ………………。

 ……なあ、玲。

 ふつう、壁ドンって、片手じゃないか?

 なぜ両手?

 俺、逃げられないどころか、一歩も動けないんだけど?

 さらに、そんなにそのイケメンな顔を近づけなくていいんだぞ! 玲が、かっこいーってことは、もう充分すぎるほど分かってるから!


「こんなに可愛くて、かっこよくて、りりしいまもちゃんを、他の男が狙わないわけがないでしょう……?」

「狙うわけがないだろう──!」

 絶叫したあと、心配になった。

「玲、ほんと最近どうしちゃったんだ! おかしくなってるぞ!」

「だって、高校生のまもちゃん、かっこよすぎて、つらい……!」

 真っ赤になった顔を両手で覆う玲よ。

「鏡、見ようか。玲のほうが比べるのもおこがましいくらい、百万倍かっこいーぞ!」

 指の隙間から玲が、そうっと俺を見る。

「……ほんとに? まもちゃん、俺のこと、かっこいーって思ってくれる?」

「もちろん!」

 しっかりうなずいた。くもりない瞳で!

「うそつき! かわいー子犬だと思ってるくせに……!」

 ああ、うん、ちょっと?

「俺、絶対、絶対、絶対、絶対、あきらめないんだからぁあ──!」

 泣いて駆け去ってゆく背中まで、かっこいー。




「おい、見たか。泉、また香月を泣かしてるぞ」

 屋上のフェンスのあたりで昼飯を食っていた同級生たちに、見られた……?

「見た見た。あんなすごいイケメンを泣かせるなんて、すげえな、泉」

「こぇえ……! モブ顔のくせに──!」

「白峰一のイケメンをぱしりにして泣かせるモブなんて!」

「魔王だ──!」


 ……俺の評判は、どこまで下がるのかな?

 魔王って、ひどくない?