玲といっしょにお風呂に入るのは、久しぶりだ。
ちっちゃい頃に、玲の家族と俺の家族がいっしょに旅行に行って以来かな……?
子犬みたいに俺にくっついてくる玲が可愛くて可愛くて、タオルを巻くのを教え、ちいさな手をひいて
温泉旅館の大浴場に一緒に入った。
『おじょうちゃんのお風呂は向こうだよ』
おじさんに、にこにこされた玲の目が、うるうるになって、玲を背にかばった俺は、声を張りあげた。
『玲は、立派な男の子です!』
『うわ、ごめん……!』
あんぐり玲を見つめたおじさんが、あわてたように謝ってくれた。
しかも、ひとりじゃなくて
『女の子が入ってるのか。おとうさんといっしょ?』
『いやあ、はずかしいなあ』
おじちゃんやお兄さんが寄ってくる寄ってくる!
『玲は、男の子です!』
『さわらないで!』
可愛すぎる玲を守る騎士になった気分だった。
ちっちゃな頭を洗ってあげたら、はしばみの瞳で笑ってくれた。
『ぁりがとぅ、おにぃちゃん』
可愛くて、可愛くてたまらなかった。
あのちいさな玲を、昨日のことのように覚えているのに。
「おっきくなったなあ!」
見あげてしまう。
「まもちゃんも」
微笑んで抱っこしてくれる玲が、中学二年生のときから背が伸びなくなった俺への配慮に満ちてる。
「髪、洗ってあげる。座って、玲」
にこにこしたら、瞬いた玲がうれしそうにヒノキの椅子に座った。
部屋付きの露天風呂は可愛らしいちいさな真円で、湛えられたお湯が、かすかな風に波紋を広げた。温泉の香りが立ちのぼる。
もう6月なのに北の大地の夜の大気が、ひいやり肌をなでた。夜空をめぐる初夏の星々が、くゆる湯気に霞んでく。
「まもちゃん、前も俺の髪、洗ってくれたね」
「おぼえてる?」
「いつも俺を守ってくれたよ。名前みたいに」
うれしそうに、なつかしそうに玲が笑ってくれる。
くすぐったくて、熱い頬で笑う。
「髪、濡らすから、目を閉じて」
ながいまつげが降りてゆく、ただそれだけの仕草が艶めいて、鼓動はときりと音をたてた。
シャワーのお湯の温度を手で確かめてから、やさしく玲の髪にかけてゆく。お湯のしたたる玲に、うっとりする。
「玲、かっこよくなったなあ」
俺の言葉に応えて何か言おうとしたのだろう玲の唇に、お湯が入ったらしい。げほげほする玲の背を、あわててさする。
「ごめん、平気か?」
うなずく玲の濡れた髪を、やさしくすいた。
「じゃあ洗うな」
シャンプーを泡だてる。
はしばみの髪を、真白な泡でつつんでく。
「きもちいー」
目を閉じて、うっとりしてる玲が、あまりにもかっこよくて、あまりにも色っぽくて……ぴんちだ!
お風呂でタオルを巻いているだけだ。反応しちゃったら隠しようがない。いや、ふつうに服を着てても、ばれそうな気がするけど、タオル一枚の心もとなさは、半端ない。
『凍てつくような氷の心、玲の可愛さにまどわされない氷の心、玲のかっこよさにうっとりしない氷の心を持つんだ、俺──!
玲が色っぽくて、かっこいーのはいつものこと、いつものこと、いつものことだ!』
三回唱えた。
ら、喉を鳴らして玲が笑う。
「呪文を唱えてるまもちゃん、かわいすぎなんだけど」
口から出てた!
「なんか聞こえた!?」
あわあわする俺を、玲の腕が抱きしめる。
「ないしょ」
いたずらっぽく、はしばみの瞳をひらめかせ、玲が笑う。
ふわふわの白い泡が湯気のなかを舞いあがる。
……あぁ、どうしよう、俺は、ほんとうに、玲の何もかもが、こんなにも……
『すき』
言えないから、玲の髪をあわあわにする。
「髪、きれい」
「まもちゃんも」
鏡のなかで玲が俺と目を合わせて笑ってくれる。
きゅん
胸があまい音をたてる。
ふわふわの泡が玲の髪を、俺の心をくるんでく。
「流すから、目、つぶって」
「ん」
無防備に目を閉じる玲が、かわいい。
そんなに素直だと
『ちゅうしちゃうぞ』
思ってしまってから、それはファーストキスを奪うことなんじゃないかと、わたわたした。
樹一を糾弾する資格なんてないことに、ようやく気づいた。
……だって、俺も、ちゅうしたい。
目を閉じた玲に。
とくり
鼓動が音をたてる。
とくり
玲の髪を洗う指が、ふるえてる。
「まもちゃん?」
動きを止めてしまった俺に、不審そうに玲が目を明ける。
「泡が入るよ、玲」
「ん」
素直に目を閉じてくれる玲が、かわいい。
いや、玲はどんな玲でも、可愛くて、かっこよくて、だいすきで、胸が熱くて、痛くて、息ができなくて。
抱きしめたくて、たまらなくなる。
ぎゅ
背中から抱きついたら、玲の指が俺の手に重なった。
「まもちゃん」
名を呼んでくれる声が、やさしい。
「……髪、流す」
「ん」
うなずいてくれる玲のこめかみの泡に、くちづける。
花の香りの苦い泡が、舌を刺した。
髪を洗う。
身体を洗う。
毎日していることが、こんなにどきどきするなんて、知らなかった。
「玲、背中、きれい」
うっとりささやいたら
「まもちゃんも」
笑ってくれる。
「髪、洗ってあげるね」
玲の長い指が、俺の頭をやさしくすべり、ふわふわの白い泡が、ほわほわ飛んだ。
「おお」
手をのばしてしまう俺に、後ろで玲が笑う。
「まもちゃん、かわいー」
ぎゅう
抱きしめてくれたら、期待する。
『望みを持ちたくないから、ふさわしくないって分かっているから、抱きしめないで』なんて、ぜったい言えない。
抱きしめてほしくて。
ふれてほしくて。
キスしてほしくて。
くらくらする。
「まもちゃん、目、閉じて」
「ん」
玲の指が、俺の頭をやさしくなでる。
きゅ
背中から抱きしめてくれるたら、心臓が破裂する。
玲も、俺とおんなじ気もちになってくれたのかと、夢を見てしまいそうで。
期待があふれて、舞いあがりそうで。
胸の前で交差する玲の手に指を重ねる。
「れい」
きみの名を呼ぶ声が、とろけるようにあまい。
ふに
頭のてっぺんに、やわらかな感触がして
「にが──!」
叫んだ玲に、びっくりして笑った。
あまい香りのシャンプーは、苦い。
とろけるように甘く募る想いが、息のできぬ切なさを連れてくるように。
シャワーのお湯が、おでこにかかる。
閉じたまぶたの向こうを、あたたかな水滴が伝ってゆく。
ふうわり
額にふれたのは、きっと、指がかすめただけ。
なのに玲が、おでこにちゅうしてくれたんじゃないかと、期待してしまう頬が、燃えている。
