玲が取った部屋は、樹一との部屋よりずっと広かった。大きな布団がひとつ敷かれた寝室があって、その向こうには広縁があり、机とソファとちいさな白い冷蔵庫が置かれている。掃き出し窓のガラスを透かして、星の光が瞬いた。
部屋にあがると、温泉と畳の香りがする。
「まもちゃん、だいじなお話があります」
布団のうえで正座の玲に言われた俺は、びっくりしつつも玲の前に正座する。
「はい」
かしこまった俺に、いかめしく玲は眉をつりあげた。
「まもちゃんは、男を吸い寄せる体質だと理解していますか!」
しかられた。
「……えぇ……?」
びみょうな反応になった俺を責めることは、誰にもできないと思う。
だって俺だよ?
もさもさの髪に、よく言えば、りすみたい、しょっぱく言えば、ちっちゃい目、ちっちゃい鼻に、ちっちゃめの唇、とってもよく言えば、ごまふあざらしの赤ちゃん、しょっぱく言えば凡庸すぎて何も特筆すべきところのない顔だ。残念ながら、小柄だ。玲がおっきいだけじゃなくて、ちっちゃい頃は大きかった俺の身長は中学二年生になると、ぱたんと伸びるのをあきらめた。ひどい。
……誰が気にかけるかな?
誰も気にかけない! 反語だよ。習ったよ!
「いや、うん、玲は俺のこと、親分として慕ってくれるのかもしれないけど、他の人からしたら、俺って埋没の極み──」
「な訳ないだろう──! なんですか、この写真は!」
玲のスマートフォンで、樹一と俺が、いちゃいちゃしてるように見える写真が輝いてる。
「それは樹一が、ちょっと錯乱しちゃって?
ああ、ほら、玲が俺のこと、よく気にかけてくれるから、俺とくっついてたら、玲がムカっとするかもって思ったんじゃないかな。かっこよすぎる玲に、ちょっといじわるしたくなったんだよ。イケメン爆発しろみたいな?」
「爆発しない! 失礼な!」
だよな。ごめんよ。でも顔がいいというのは、皆から『きゃー♡ きゃー♡』言われるものでもあるけど、恨みを買ってしまうものなんだよ。うむうむ。
「いじわるのために、こんなことする!?」
うわ、寝てる俺のほっぺに、ちゅうされてる!
「……うわー……ひくなー……」
ドン引いてる俺に、玲はちょっと元気がでたらしい。
唇じゃなくて、よかったよかった。寝てる間にファーストキスが終わってるとか、真剣に泣く。
「待って、今ちょっとうれしそうにした!」
泣きだしそうな玲の声に、首をふる。
「唇じゃなくて、よかったと思って」
「ほんとにね! まもちゃんは俺と一緒の部屋で、俺と寝ようね。もうあんなののところに帰ったら、だめ!」
ぎゅう
抱っこしてくれる玲が、かわいい。
玲の、いい匂いがする。
ちっちゃな玲は、ほんのりあまい匂いがした。
おっきくなった玲は、涼やかな香りの奥に、ほのかに甘さがにじむような、くらくらする香りがする。
くるまれると、玲のことしか考えられない。
否
いつだって、玲のことしか、考えられない。
「今日はね、急だったから、ダブルしかとれなくて、だからお布団ひとつなんだけど、一緒に寝ようね」
玲が俺の手をひいてくれる。
「うん」
こっくりうなずいて、当たり前みたいに玲といっしょに布団に入ってから
『……えぇえ……!? 玲といっしょの布団で寝るの──!? ひとつお布団って、それって……! きゃ──♡』ってなった。
「あわわわわ!」
口からも出た。
「まもちゃんを守るためなんだから。我慢して」
ぎゅう。
玲が、抱っこしてくれる。
髪が、ふわふわしてる。
吐息が、ふれる。
樹一のときは、あんなにいやだったのに。(樹一ごめん)
玲のぬくもりに、玲の香りに、くるまれたら、とろけてしまう。
「……れい」
声まで、あまえるように玲を呼んだ。
「なあに、まもちゃん」
玲の声が、ひとつお布団で揺れる。
「お風呂入った? 温泉だって」
「いっしょに入る?」
「俺はもう入った」
「あいつと一緒にでしょう。……む、むかむかしてきた──! 一緒に入ろう、まもちゃん! 俺が洗ってあげる!」
「え、いや、俺はもうお風呂入った──」
「だめ! 俺が洗うの!」
泣きだしそうな玲が、かわいすぎて泣きそうです。
「でも修学旅行生は、入浴時間決まってるんだよ。他の時間に入ったら、しかられるから」
玲を止めようとするのに、微笑んだ玲は部屋の扉を開ける。
「じゃーん! 露天風呂つき!」
「うわ、すげえ! よくこんな部屋取れたな! ……あ、そっか、高いから売れ残ってたのか……お小遣い、平気か?」
心配になってきた!
「まもちゃんを追いかけたいって言ったら、使いなさいって、いつもかけてるカードのリミット外してくれた」
スマートフォンに読みこまれたクレジットカードが、輝いてる。
「俺も、半額払うよ」
「いいよ! 俺が勝手に追いかけてきただけだし」
あわてる玲に、首をふる。
「心配して、追いかけてきてくれたんだろ。
……ありがとう、玲」
ささやいて、玲の手をにぎる。
「……めぃわく、じゃ、なかった……?」
ちいさな声が、ふるえてる。
「……めちゃくちゃ逢いたかったから。……めちゃくちゃ、うれしかった」
燃える耳で告げる。
「俺も、逢いたかった……!」
かきいだかれた。
「まもちゃんがいない、それだけで頭がおかしくなりそうなのに、毎日SNSでまもちゃんの写真があがって──」
「樹一のアカウント、よく知ってたな」
「まもちゃんの写真が上がってるかもって、ハッシュタグ白峰高校でつい検索しちゃうんだよ。あいつ、いっつも、まもちゃんの写真を得意そうにあげてるから。むかむかしつつも保存だよ」
保存してた!
「心配で心配で心配でおかしくなりそうだったのに『今夜は、とうとう……!』とか書いてあるから、もうだめだ行こうと思って」
あんなにちっちゃくて可愛かった子犬で子分の玲が、ひとりで飛行機に乗って追いかけてくれるようになったのか。
「親分、うれしくて泣いちゃうよ」
じんとしちゃう俺を、玲が抱っこしてくれる。
「親分を守るのが、子分の役目だからね」
とろけるように笑ってくれる。
「んん? ちょっと逆じゃないかな?」
「子分だって、親分を守るんだよ。
俺、大きくなったよ、まもちゃん」
背丈も、声も、顔立ちも、言葉も、なにもかも変わってしまった。
ちいさな頃と変わらないのはもう、気もちだけなのかもしれない。
大きくなってしまった玲の手をにぎる。
「玲がおっきくなっても、かっこよくなっても、俺のたすけなんて、いらなくなっても。
それでも俺は、玲を守りたいよ」
桜色の爪を、そっと指先でたどる。
「……泣かせないで、まもちゃん」
抱きしめてくれる玲のなかに、きっとちいさな頃の玲もいて。ちいさな頃の俺と手をつないでいる気がした。
三つ子の魂、百までなんだ。
俺は、玲の親分で。
しわしわになっても、ずっと、ずっと玲がだいすきだよ。
