次の日はホテルは同じで行き先は小樽だ。
色々見た気がするけど、ぼんやりしてた。
「泉、聞いてるか?」
「おい、大魔王」
皆が気にかけてくれるのに、うん、とか、ああ、しか言えなくて、知らない間に一日が終わった。
何を見て、何を聞いたのか、何を食べたのかさえ、今ひとつ覚えていない。
クラスメイトと修学旅行は、もしかしたら高校生活の一大イベントで、一生の思い出になるようなことなのかもしれないのに。
玲と一緒じゃない旅行なんて、どうでもいい。
思ってしまう自分が、はずかしい。
「……いやもう、すきすぎるだろ……」
今まで無自覚だったのが、おそろしいくらいだ。きっと、それほどまでに、俺にとって『玲がすき』は当たり前だったのだろう。とくべつに意識することがないくらいに。
「俺のこと?」
にやにやする樹一と、ふたりきりのホテルの部屋は二日目だ。あと二日もあるのかと思うと、びっくりする。
「ふつりあいって自覚した?」
俺と玲が?
そんなの最初から
「自覚してるよ」
ため息とともに答えたら、樹一が微笑む。
「なら俺のこと、考えてみて」
「……え……?」
「俺と恋。同学年だし、つりあうし、クラスメイトだし、席も前後だし。顔も頭も、まあまあだぞ」
「……え、いや、顔も頭もいいと思うけど……俺……?」
ぽかんとする俺に、樹一がうなずく。
「まもる、かわいい。子犬みたい」
「……はァ……!?」
低い声が出た。
『子犬は玲だろ──!』
ちっちゃい玲を知らない人には通じない言葉をのみこんだ。
純粋な疑問をぶつけてみた。
「どうして俺? もっと可愛い男子高校生がいるだろう、すぐそこに小野が」
後半は心のなかで思うはずだったのに、声になってた。
なぜ俺なのかわからなくて、ぽかんとしてたら、樹一が笑う。
「どうしてすきになるかって、説明できる?」
玲がすき。
ちいさいから? かわいいから? 慕ってくれるから? 大きくなったから? かっこいいから? やさしいから?
他の人で、おなじ条件を満たす人はたくさんいるのに、どうして玲?
「玲だから?」
玲だから、すき。
玲じゃなきゃ、すきじゃない。
どんな玲も、だいすき。
──ぜんぶ、ぜんぶ、玲だから。
「それは置いておいて、俺のことも見て」
樹一の言葉に、首をふる。
「たぶん、できない」
「どうして」
夜の大気を吸いこんだ。
「俺の世界は、玲だから」
それは、お断りの言葉のはずだった。
『気もちはありがたいと思うけど、ほんとうに告白されるとか一生に一回しかないかもしれないけれど、俺には玲だけだから。ごめんな!』という気もちを、しっかり伝えたはずだった。
なのに翌日の温泉旅館の畳の二人部屋で、布団のうえに浴衣で押し倒されている俺。
「…………は…………!?」
あんぐりしちゃうよ。どうした、樹一。
ぽかんとする俺に、樹一は首をかしげる。
水気をふくんだ洗い髪が、ぱさりと揺れた。
「幼なじみって、呪いみたいなものだと思うんだ。すりこみみたいに、こびりついて離れない。
はがすためには、ショックがいいと思う」
「…………は…………?」
『ショックって何』聞いたらだめな気がするけど、この体勢って、えぇえ……?
「俺たち男子高校生だし。やる気に満ちあふれてるし。ふたりきりで温泉旅館で布団で、しっぽりとか、もうやるしかないだろ?」
あんぐりだよ!
「何言ってやがる!
お互いに同意があったとしても都道府県の青少年健全育成条例違反だぞ──!」
思いきり叫んだ。
「……え、そうなの?」
きょとんとしてる。
「そうだよ!」
「え、修学旅行のホテルとか、草むらとか、電車のなかとか、いろいろあるのは……」
「条例違反だよ──!」
叫んだ。法律だいじ。
「まあまあまあ、言わなきゃわからないから」
「同意じゃない場合は『強制わいせつ罪』だ! 厳罰だぞ! ニュースになっちゃうぞ!」
真実をつきつけて、おどしてみた。
「同意しよう」
にこにこしてる!
「いや同意しても条例違反だから。やっぱり親分は、違法なことはしたらだめだと思うんだよ」
俺は玲の親分だから。子分な玲を守るのはもちろん、はずかしくない存在になりたい。
条例違反とか、だめ、絶対!
「というわけで、謹んでお断りだ!」
押しのけようとしたのに、樹一が重たい。
腕を押さえつけられたほうが押さえつけている人の拘束を外そうとすると、腕だけだと、ほんとに無理だ。樹一の全体重──78キロくらい? を腕だけで押しのけるとか無理でしょう。
わたわたしてたら、樹一の、そこそこかっこいい顔が近づいてくるんですけど──!
も、もしかして、ちゅうしようとしてる……?
はじめてのキスなのに?
修学旅行の温泉旅館で、まあまあかっこいいクラスメイトに襲われて、腕を押さえつけられて、無理矢理ちゅう……!?
オンラインBL小説ではよくある展開かもしれないけれど! 恋が芽生えちゃうのかもしれないけれど!
「え、ふつうに、いやだ──!」
あわあわしたけど、樹一の腕、重ったい……!
「いいじゃん、ちゅうくらい。きもちいいらしい」
樹一の赤い舌が、ひらめいた。
吐息が、かかる。
湿り気が、くちびるに、ふれる。
「無理──!」
腕はあがらない。なら、足を使うしかない──!
思いきり樹一の股間を蹴りあげた瞬間
スパァアン──!
ふすまが開いた。
「何やってるの、まもる──!」
激おこ玲が、髪を逆立てる勢いで立っていた。
「え、ちょっと待って、今のは『たすけに来たよ!』って抱っこしてくれるところじゃないの? なんで激おこなの!?」
泣きそうです。
