二人一部屋という贅沢さで楽しみにしていたホテルは、ちょっと狭かった。他にも修学旅行の学校が来ていて、違う制服を見ると、どきりとする。
「BLドラマとかBL漫画とかオンラインBL小説だと、ここで他校のイケメン男子高校生と恋がはじまっちゃうんだよな」
隣の樹一が、うむうむしてる。
『ぜんぶBLだな』
つっこまなかった。自制する俺。
玲がいたら、ほめてくれるかなーとか考えてしまう俺の隣で、ちょっと背伸びした小野が樹一の肩を叩いた。
「イケメンと恋がはじまるかどうかは、鏡を見ような」
ちっちゃ可愛い小野が、せつない助言をしてる!
「お前もな」
でっかい三森が、小野の肩に手を置いてる。
ひどい!
あんぐりする俺を振りかえった樹一、小野、三森が、首をかしげる。
「平凡だな?」
「モブっぽいね」
「まちがいない」
三人がそろって、反対側に首をかしげた。
「なんでイケメンと恋がはじまってるの?」
「大魔王だからだろ」
「え、すごい! 俺にも、呪いの力をわけて!」
何か言われてる。
ちょっと寒くて見慣れない北海道の大地に、そわそわしたり、「夜ごはんの天ぷらが、衣ばっかりなんだけど!」しょんぼりしたり、ちょっと狭いホテルに、ぶうぶう言ったり、わちゃわちゃの時間制限なお風呂で、皆の大きさをこっそり確認しちゃったり、どきどきわくわくなはずの修学旅行が、まるで目の前を流れてゆく興味のない映画のように遠い。
確かに俺は北海道にいて、修学旅行をしているはずなのに、心はすぐにあの空港の、何度も、何度も手を振ってくれた玲へと戻ってゆく。
家族旅行で、しばらく逢えなくなることが、今までもあった。
玲のご両親は海外出張や滞在も多くて、親戚も海外にいたりして、玲がときどきご両親のもとへ遊びに行ったり、ついて行ったりするから、夏休みに一週間会わないなんて、ざらにある。
いや、夏休みはふつう一か月会わないだろう、学年が違ったらなおさら会わないと思うけれど、俺と玲は親分と子分なので、しょっちゅう一緒に宿題をするし、ゲームをするし、漫画を読むし、小説を読むし、ご飯を食べる。毎日みたいに、いつも顔を合わせてた。
だから一週間、玲のいない夏休みの、冬休みのさみしさを、知ってる。
玲のいない家を見あげるときに、きゅうっとする胸を、知ってる。
その痛みが、強ければ強いほど
『まもちゃん、ただいま!』
帰ってきてくれた玲の笑顔が輝いた。
逢えなければ、逢えないほど
息ができなくなれば、できなくなるほど
きみを想えば、想うほど
きみが、まぶしくて
逢いたくて
そばにいたくて
くずおれてしまいそうになる。
「……玲……」
ほんのさっき、別れたばかりなのに
きみに逢えない日なんて、たくさんあるのに
逢いたいよ、玲。
「眠れないのか」
夜の降りたホテルの部屋で、樹一の声が闇を揺らす。
いつも見ているクラスメイトと、見知らぬホテルのおなじ部屋で、一緒に眠る。
いびきをかかないか、かかれないか心配だとか、歯ぎしりしてたら、どうしようという心配と、そこまで親しくない人とふたりきりで眠るという緊張と、飛行機に乗ってやってきた遠い北の大地という場所と、ほんのり冷たい初夏の夜と、かぎなれないホテルの匂いとベッドの匂いと肌ざわり、何もかもが俺の心を揺らした。
……嘘だ。
そんなこと、どうだっていい。
空港で、手を振ってくれた玲が、まぶたの裏で今も手を振ってくれているだけ。
ただ玲に、逢いたいだけ。
眠れないのも、落ちつかないのも、きみが傍にいてくれないから。
あきれてしまう。
俺は、玲の、親分なのに。
玲を守ってあげなくちゃいけないのに。
いつだって玲を前にするとあふれる勇気は、玲がいなくなると消えてしまう。
ため息しかこぼれない俺に、樹一の声が落ちる。
「そんなに、すき?」
ちいさな声だった。
誰が、誰を?
樹一は言わない。
俺が玲をすきだと気づいたのは、この間のことなのに。
樹一は、知っていたのだろうか。
「……いつから……?」
問いは、唇からこぼれた。
「最初から。見たらわかるよ。あいつは俺のこと殺しそうな目で見るし、まもるは、あいつしか見てないし」
最初から──! はずかしくて泣きそうになる俺に、低い声が降る。
「つりあわないと、思わないのか?」
重たい言葉だった。
「あんな顔で、あんな身体で、あんな頭で、あんなに運動ができて、隣にいるの、つらくならない?」
「なるよ」
即答していた。
玲に、俺は、つりあわない。
そんなの痛いくらい、知ってる。
「幼なじみで、幼稚園も、小学校も、中学学も高校も一緒、離れたくても離れられない共依存みたいな関係になってるんじゃないか? お互い、よくないだろ」
よくない。
──そう、玲にとっては。
俺と一緒にいることなんて、玲にとってマイナスにしかならない。
中学も高校も、玲はランクを落とした。俺のために。
このままいけば、玲は大学のランクまで落とすかもしれない。俺のせいで。
「修学旅行は、いい機会だ。すこし離れて、頭を冷やせ」
狭いホテルの部屋の、ちいさめのベッドの向こうから腕が伸びてきて、くしゃりと頭をなでられた。
励ましてくれているのだろう。それは、やさしい指なのに。
玲と、俺のことを思って言ってくれているのだろうに。
俺が思ったのは
──玲じゃない。
玲の指じゃない。
玲のなで方じゃない。
玲の声じゃない。
玲の言葉じゃない。
──玲じゃない。
思うたび、泣きそうだよ、玲。
