ぱしりケメン




「うわ……! 白峰で最高のイケメンの香月に、空港までカバンを持たせてる──!」
「ぱしりもここまでくると、やばいって!」
「モブ顔のくせに!」
「大魔王だ──!」
「先生! また泉が香月くんをいじめていますー!」

 空港で叫ばれて、わたわた駆けつけてくれた体育教師ゴンちゃんに、俺は切なく眉をさげた。

「玲に、いちおう『学校に行って』とは言ったんですが……」

 一回だけ。
 ずっと玲といっしょにいたい欲望に抗えなかった。
 ほんとに最初だけしか必死で止めませんでした!

 気まずい俺の目が、さまよう。
 俺のかばんを抱きしめた玲が、にっこり笑った。

「ゴンちゃん先生、いつもおつかれさまです」

「……うん、香月、いちおう確認しておくが、ほんとの、ほんとに、本気で、いじめられてないんだな?」

「はい! まもちゃんの鞄を持つことが、俺のしあわせですから♡」

 とろけるように微笑む玲に降るのは、悲鳴だ。

「洗脳されてる──!」
「学校で一番のイケメンを洗脳して、ぱしりにするなんて……!」
「輝くイケメンに、モブが、空港までカバンを持たせるなんて!」

「大魔王だ──!」

 晴れて俺のあだなが『大魔王』になりました。

 泣いちゃう!



 

「お、大魔王!」
「修学旅行、よろしくね、大魔王!」

 あっさり『大魔王』呼び名を変えてくるのに態度の変わらない、同じ班のクラスメイト、三森と小野に感謝しそうになった俺は

「大魔王じゃないから。泉だから」

 いちおう名前を申告してみた。

「おはよう、まもる。飛行機の席も隣だから。かばん、持ってやろうか?」

 樹一が出してくれる手に、ぶんぶん首をふる。

「自分で持つから!」

 って俺は持ってなかった!
 あわてて玲を振りかえる。

「ありがと、玲。じゃあ、また」

 受けとろうとする俺のかばんを、玲が抱きしめる。

「……俺、やっぱり、まもちゃんのカバン持ちに、ついてく」

「ああ、うん、香月。残念だが、飛行機は満席だ」

 ゴンちゃんのつっこみに、玲の凛々しい頬が、ぷっくりふくれた。

「残念だったなあ、香月。泉は俺と、ハネムーンさ!」

 俺の首に腕を回してくる樹一の言動が痛すぎる。

「修学旅行だ!」

 つっこんだ。

「何を言ってるんだ、樹一。頭わいてるぞ」

 さらに、つっこんだ。
 眼鏡の向こうの樹一の瞳が鋭く光る。
 向かいあう玲のまなじりが、つりあがる。

「残念だったな。一年はお呼びじゃないんだよ。
 いい子で、お家にお帰り、一年生」

 ひらひら挑発するように手をふる樹一に、すうっと玲の瞳が細くなる。

「宣戦布告?」

「一年生と闘うなんて、オトナな二年生はしないな。
 ハネムーンにするかどうかは、まもるが決める」

「しないから! さっきから何を言ってんの、樹一!」

 あんぐりしかない。

「うわ、大魔王に洗脳された被害者が、ここにも!」

 クラスメイトたちが、ざわざわしてきた!

「ブルーウェイ航空一四一便、新千歳空港行きをご利用の白峰高校の皆さまは、これより搭乗手続きをはじめます──」

 流れてきたアナウンスに、ゴンちゃんが玲の肩に手を置いた。

「ここまでだ。また四日後に鞄を持ちに来てやってくれ」

「いやいやいや、先生が促したらだめだから!」

 あわあわする俺を後ろに、玲がちいさく笑う。

「じゃあ、まもちゃん、気をつけてね。おしりを守るんだよ! 高校生なんだから。だめだから!」

 ぎゅうぎゅう手をにぎられた。

「いや、うん、旅行って、そうなるって聞くけど、そんなに大声で便秘、いや下痢? の心配をされると、はずかしいんだけど……!」

 もじもじしちゃう!

 熱い頬でもごもごつぶやく俺に、玲が、ものすごくしょっぱい顔になって、隣で樹一が爆笑してる。


「じゃあ、行ってくるから。元気でな、玲。ちゃんと学校に行くんだぞ」

 ふわふわの髪を、わしゃわしゃなでたら、こくんと玲がうなずいた。

「……俺以外の男と、なかよくしたら、だめだから」

 からめた指を、にぎられる。

『……なぜ男……?』聞きたいのを我慢した。女の子は絶対に寄ってこない。俺だけじゃなく、玲もよくわかってる!

「一緒のベッドに寝たりとか、一緒にお風呂に入ったりとか、だめだからね! わかった!?」

「……え、いや、風呂は皆で入るんじゃ……?」

 確か入浴時間が二〇分とか書いてあった気がする。

「ふたりきりでお風呂に入るとか、だめだから──!」

「ないだろ!」

 びっくりした。
 しっかり全否定したのに、さっきの樹一のおかしな言動が玲を心配させるのか、はしばみの瞳が揺れる。


「まもちゃんと離れるなんて、やだ……!」

 ぎゅう

 抱きついてくる玲が、可愛すぎて、困る。


「だいじょうぶ。玲はもう、おっきくなっただろ。こんなにかっこよくなっちゃったんだから、ひとりでだいじょうぶ」

「背丈も顔も、関係ないもん。
 俺は、まもちゃんがいないと、だめなの!」

 ぎゅうぎゅうされたら、抱っこしてしまう。

「……せんせー、玲もいっしょに連れてったらだめですか」

 聞いてしまった!
 俺が玲を、ほんとうに真剣にいじめていないのか心配だったのだろう、見守ってくれていたゴンちゃんが眉をさげる。

「残念だが飛行機が満席だ」

 そういう問題らしいよ。

「三日後にまた、迎えに来てくれるんだろ? 楽しみにしてる。な?」

 ふわふわの髪をなでた俺は、玲の頬に指をすべらせる。
 微笑んだら、玲の頬にふれる指に手を重ねられた。

 ぎゅ

 にぎられる。
 ただそれだけで、鼓動が跳ねる。


「待っててくれる?」

 はしばみの目をのぞきこんで聞いた俺に、玲はちいさくうなずいた。
 怜の長い指が、俺の手をにぎる。

「いい子で、待ってるから。まもちゃんも、いい子で帰ってきてね」

「わかった」

 ふわふわの髪をなでなでして、笑う。


「元気で!」

 大きく手を振った。

 玲はずっと、俺を見送ってくれた。


 振りかえっても、振りかえっても、ずっと玲は同じところにいて、俺が振りかえるたび、とびきりうれしそうに笑って、手を振ってくれた。