白峰高校の修学旅行は、体育祭が終わったあと、初夏の6月に行われる。四泊五日で、空港に集合し、空港で解散だ。行き先は北の大地、北海道!
過去には海外に行ったこともあったらしいけれど、円がよわよわすぎて国内旅行に変更になった。せつない。
「はー、空港なんて初めて行くんだけど! 緊張するー!」
持ち慣れない大きなかばんを担いだら、どきどきが増してゆく。
「気をつけてな!」
「いってきまーす!」
見送ってくれる家族に手を振って、家を出たら
「まもちゃん、かばん持つよ」
ふわふわの髪を揺らして、制服の玲が手をあげた。
「おはよう、玲。……って、まだ登校時間じゃないぞ!?」
しかも、なぜ家の前にいる!?
いつもは一緒の電車に乗ってるから、駅で待ち合わせなのに、玲は俺が出てくるのを待ってた?
「かばん、重いでしょう。持ってあげようと思って」
にこにこしてる。
かわいい。
ちがう!
「……いや、玲、よく考えなくてもわかると思うけど、うちから空港は、まあまあ遠い。玲が俺のカバンを持ってついてきてくれたら、玲が登校する頃には午前の授業が終わってるから!」
「午後から出るよ」
微塵も揺るがない玲の笑顔が、夏のはじまりの朝日に輝いてる。
「ちょっと待って、玲。
俺のカバンを持った玲が空港まで送ってくれたら、皆から俺がなんて言われるか、わかるかな?」
聞いてみた。
「大魔王?」
笑顔だよ!
輝いてる!
「いやもうほんとに、ひとりで行けるから!」
修学旅行に出かける前から涙目だよ!
「だめ。まもるに三日も逢えないなんて、しんじゃうから。ぎりぎりまで一緒にいる」
俺のかばんを奪おうとする玲を、必死で止める。
「三連休とかあるだろ、大したことないって! ……まさか帰りも迎えにきてくれるつもりなのか!」
四泊五日なのに、三日って、そういうことだよな?
「あたりまえでしょう。俺は、まもちゃんの子分なんだから」
攻防の末にかばんを奪った玲が、俺の手をひく。
「行こう、まもる。
……ほんとは行かせたくないけど、仕方なくね」
ちょっとすねたみたいに唇をとがらせた玲が、俺のかばんをもって、俺の手をひいてくれる。
幼かった頃と逆だ。
身体のちいさな玲には重たい幼稚園のかばんや小学校のかばんを持ってあげて、玲の手をひいて歩いた。
『おにいちゃん』
ふわふわの髪を揺らして、俺の手をにぎって、ちいさな足で追いかけてくれた。
そんなに遠い日の話じゃない。まだ鮮明に覚えているのに。
ふわふわの髪を揺らして、重たい俺のかばんを持って、玲が俺の手をひいてくれる。
高くなった背で、広くなった背で、大きくなった手で。
別人の気がした。
まるで変わっていない気もした。
おんなじなのは、いつだって玲が大すきな、俺の気もちだ。
自覚したら、頬が熱い。
「ホテルの部屋、誰と一緒なの?」
「樹一」
答えた瞬間、玲の凛々しい顔が歪む。
「やっぱり俺、まもちゃんについてく」
決意をこめた玲の瞳に、首をふる。
「だめだから。一年生が二年の修学旅行についてくるとか聞いたことないから」
「前例は、みずから作るものだよ」
「かっこいいこと言ってるみたいだけど、おかしいから!」
ぷっくり玲がふくれる。
「まもちゃんは、俺と修学旅行、行きたくないの?」
「行きたいよ!」
一緒のクラスで、席が前後になって、授業中につまらないことで小さな手紙を回して笑いたい。体育の授業で、かっこいい玲に拍手して、いっしょにテスト勉強して、修学旅行のホテルの部屋が一緒になって、どきどきしたい。
バスの席が隣になって、寄りかかって眠っちゃって、抱き寄せられて、どきどきしたい……!
でも、俺は玲より一年はやく生まれてしまって、くやしい、さみしい思いをたくさん、たくさんしたけれど。
これからも、きっと、するだろうけれど。
「俺が一年先に生まれたから、はじめて玲に逢ったとき、玲をちょこっと、たすけられたんだよ。ほんとによかったと思ってる。ささいなことかもしれないけれど。俺にとっては、誇りなんだ」
照れくささに熱くなる頬で笑った。
「……ありがとう、まもちゃん」
玲のおでこが、俺の肩にふれる。
ちいさな頭をぽんぽんしたら、おでこを俺の肩にぐりぐり擦りつけた玲が、
ぎゅ
俺を抱きしめて、すぐに離れた。
「送ってく」
玲が手をひいてくれる。
『玲、ほんとに、ちゃんと登校したほうがいい』
『俺はひとりで行くから』
『またすぐ逢えるだろ。もう帰れ』
親分は、子分に言ってあげなくてはならないのに。
繋いでくれた指を離したくないのは、俺なんだ。
