「まも先輩! 『焼きそばパン』買ってきましたー!」
にこにこ玲が二年三組の教室の前でパンの袋をかかげてくれる。
「うわ、『焼きそばパン』だよ」
「来たよ、パン部門、競争率第一位!」
「香月くんに『焼きそばパン』を買いに行かせるなんて──!」
「泉が魔王すぎる──!」
どうしよう!
俺の評価のダダ下がりが止まらない!
「あ、あの、玲、もう俺にパンを買ってこなくていいから!」
涙目でお願いしたら、笑顔で玲はうなずいた。
「お弁当にする? ハンバーグ?」
「うわ、弁当部門、競争率第一位!」
「魔王やべえ!」
「学食購買で最高金額の『ハンバーグ弁当』買わせようとしてる!」
「先生──! 泉が、恐喝してます──!」
呼ばれた体育教師ゴンちゃんも、切ない目になってる。
「玲、ほんとに、ほんとに、真剣に、俺にパンとか買ってこなくていいから! お弁当もだめ! 泣き落としも効きません!」
俺が涙目だから!
「やだ」
ふるふる首をふる玲が、かわいくて困る。
とか言ってる場合じゃないから!
「このままじゃ俺、内申書にまで『魔王』って書かれそうなんだけど!」
こわい!
「かわいい魔王だね、まもちゃん」
俺の頭をなでなでする玲が、俺の言うことを聞いてくれない。
この間まで素直に聞いてくれる、かわいい子犬だったのに……!
「はい、焼きそばパン」
袋から出したパンを口の前に差しだしてくれる。
ソースと紅しょうがの香りが鼻をくすぐった。
ふに
くちびるに押しつけられる、やわいパンに口を開けようとした俺は、気づく。
………………これは『あーん』では……?
「まもちゃん?」
『どうして口を開けないの?』みたいな顔になってる玲が、あまりにも、ふつうだ。
『あーん♡』の、あの、うれしはずかし、頬を染めて見つめあって、もじもじして、みたいな、こそばゆい空気ゼロ!
……いや、やったことないから知らないけど。ほら、BL漫画とか、BLドラマとか、オンラインBL小説とかでよく見るから……!
………………?
ちがう。
そうだ、玲とは、いつも、してた。
『ぉにいちゃんの、たまごやき、おいしそぅね』
幼稚園のとき、愛くるしさ満点の子犬な玲にお弁当をのぞきこまれたら
『ほい』
玲の口に、餌づけするように押しこんでた!
『あーん♡』のあまい空気なんて、欠片もなかったよ。そうでした!
『玲がすき』わかってしまった俺だけが、はずかしくなってしまっただけで、玲はきっと、全然なんとも思ってない。まちがいない。
ちょっとしょんぼりしつつ、口を開ける。
「ん」
玲が、焼きそばパンを押しこんでくれる。
もぐもぐ。
「うま! 白峰高校の焼きそば、ほんとにうまい」
「よかった」
ふうわり笑う玲のまなじりが、ほんのり紅く染まってゆくのは、まちがいなく俺の気のせいだ。
「はーい、今日のホームルームは、修学旅行の班を決めますー!」
「ホテルの部屋が誰と一緒になるかも決めるので、よろしくお願いしまーす!」
「おー!」
二年三組のクラスメイトたちの歓声と拍手のなか、俺の顔から血の気が引いた。
いやもう絶対、この先の展開が読める。
ほぼほぼ、ぼっちの俺、魔王な俺と仲よくしてくれるクラスメイトは、存在しない……!
『だれか、泉くんと一緒の班になってくれる人、いませんかー』
『うわ、魔王、やだ』
『魔王、ないわー』
『無理だろ』
『こっわ!』
『仕方ない、泉、先生といっしょの部屋になるか』
残念そうに肩を落とす体育教師ゴンちゃんの幻覚まで見える……!
そんな事態を避けるためには、先手必勝!
「誰と班になるー?」
「いっしょに行こうよー」
きゃわきゃわする皆を背後に、ひとり冷や汗をにじませた俺は、ぐりんと音が鳴りそうな勢いで後ろの席を振りかえった。
「一緒の班に混ぜて」
魔王な俺を修学旅行の班に混ぜてくれるのは、樹一しか思いつかない!
「すみっこでいいから。おとなしくしてる。邪魔しないから!」
すがった俺に、樹一は眼鏡の奥の目をほそめた。
「それは俺とふたりでホテルの部屋を取りたいという意味でいいのかな」
「言い方! いかがわしくない!?」
仰け反る俺の周りに、樹一の友だちが寄ってくる。
「おお、魔王と一緒か」
樹一の後ろの席の、三森豊だ。
背が高くて、高校生なのにおじちゃんみた……うん、貫禄がある。
「よろしくな、魔王」
樹一の隣の席の、ちっちゃ可愛い男子、小野進が手をあげた。
はむすたーっぽい。ひまわりの種を噛んでほしい。
樹一の友だちなだけあって、ふたりとも気さくだ。俺の呼び名が『魔王』だけど。
「じゃあ俺と、まもるが一緒の部屋な。三森と小野が一緒で」
「了解」
「よろしくなー!」
握手してくれた。はぶられなかった。よかった……!
「というわけで、平和に修学旅行の班決めが終わったんだよ!」
にこにこする俺の口に、いつもの屋上でメロンパンをねじこんだ玲が、ぷっくりしてる。
「カリふわ、うま!」
とろけて笑ったら、もっと玲がぷっくりするので、あわてて玲のちいさな顔を上向かせる。
「どしたの、玲。やなことあった?」
はしばみの切れ長の瞳をのぞきこんだら、玲のまなじりが、ふうわり朱くそまる。
「……今、いいことあった」
「そか、よかった」
ふわふわの髪を、手をのばしてなでる。
ちっちゃな頃は、ほんとにふあふあで、今もふわふわだ。なでなですると、目をほそめて喉を鳴らしそうな玲が、ねこの子みたいで、とってもかわいい。
『あー、かわいーな、玲』
声にしたら、かっこよく成長した玲が、ぶっすりするかもしれないので、のみこんだ。
「……修学旅行、いっしょに行けないね」
玲のつぶやきが、フェンスに当たって、ぽつりと落ちる。
「残念だな」
唇からこぼれたのは、本音だ。
「……まもちゃんと一年、生まれた年が違うだけで……ずっと俺は、まもちゃんの傍にいけなくて……」
玲の声が、かすれてる。
「そばにいるだろ」
ふわふわの髪を、わしゃわしゃなでる。
「いっしょのクラスになれない、修学旅行も一緒にいけない、受験だって一緒にできない、いつだって俺は、まもちゃんの背中を追いかけるばっかりで──!」
叫ぶ玲を、大きくなったのに子犬みたいにかわいい玲を、抱きしめる。
「社会に出たら、玲はすぐ、俺を追い抜かしていくよ」
「……そんなこと、しないもん」
ぎゅうう
玲が抱きしめ返してくれる。
「くるしいよ、玲」
笑ったら
「くるしくしてるの!」
すねたみたいな赤い頬で叫ばれた。
可愛くてたまらないきみも、かっこよくて、うっとりするきみも、みんな玲で。
どんなきみも、だいすきなんだ。
