「なんだよ、このチビ!」
「男子トイレに入ってくるな!」
「女男!」
皐月の若葉も春風も、幼稚園の明るい空気もグチャグチャにする声が聞こえた瞬間、俺は駆けだしていた。
緑の樹々に守られるような、ひそやかな裏庭で、子犬みたいに可愛い年少組の男の子が、年長組だろう男の子五人に囲まれていた。小突いて髪を引っぱろうとしている体格のいい園児たちに、俺は拳を振りあげる。
「何してる!」
「うわ、まもるだ!」
「やば……!」
幼稚園でも身体が大きくて喧嘩の強い俺は、年長組にさえ、ちょっと恐れられている。
──ふふん。
いじめっこなんて、一対五だろうが、けちょんけちょんにしてやるぜ!
威嚇だけの拳じゃない。俺は、やる気だ。
「やるなら、やってやるぞ、こるあ──!」
本気の咆哮が、いじめっこたちを蹴散らした。
「うわあ──!」
「逃げろ……!」
「たすけて──!」
……いや、それ、俺がいじめっこみたいじゃないか。納得いかん。
駆け去ってゆく背中に、ふんと鼻を鳴らしたら、取り囲まれて丸く身をかがめていた、ちいさな男の子が顔をあげる。
はしばみの大きな瞳から、こぼれおちそうな涙が春の陽にきらめいた。やわらかそうな、はしばみの髪が春の風に、ふわふわ揺れる。
「けが、しなかったか?」
かがんで目をあわせた俺に、子犬みたいに可愛い男の子は、こくんとうなずいた。
「ぉにいちゃん、ありがとぅ……」
涙でいっぱいの瞳で、はずかしそうに、うれしそうに、とろけるように笑ってくれた。
「ぼく、れい。かづき、れいっていうの。おとこのこだよ。おんなのこじゃないよ。おにいちゃんは?」
れいが見せてくれた幼稚園のかばんには『香月玲』達筆で書かれてあった。
「泉まもる」
俺は両親から『まもる』の名をもらった。
きっと、かわいい子犬みたいな玲を守るために。
思った瞬間、ひらめいた。
「よし、今日から玲は、俺の子分だ! いじわるされそうになったら、すぐ年中組の俺のところまで逃げてこい。
親分の俺が、守ってやるぞ!」
あふれそうだった涙の瞳が、輝いた。
「おやぶん!」
幼く高く愛らしい声で呼ばれると、無敵になる気がする。
息を吸って大きくふくらませた胸を、拳で叩いた。
「おうよ! こぶん!」
「わあい!」
ちっちゃな玲を、むんと抱きあげて回った。
あったかくて、ちっちゃい玲の、ふあふあの髪がくすぐったい。
ぜったい、守ってやろうと思ったんだ。
俺の名前のように。
生まれてはじめて、大切な、守るべきものを見つけた日だ。
その可愛くてたまらなかった子分な子犬が、高校生になった。
「まもる先輩! 購買のパン、買ってきました♡ 今日新発売のと、まもちゃんが大すきな、あまあましゅが♡」
♡が飛び跳ねているのが見えるような弾んだ声で、パンの詰まった袋を渡された俺は、固まった。
やわらかそうな、はしばみの髪が、春の風に流れる。俺を見つめる、はしばみの瞳が、とろけそうにあまくて、やさしい。
長くのびた手足も、まとう空気も、白峰高校二年三組の昼休みの教室に、まるで似つかわしくない。ひとりだけ、まるでドラマの撮影中のような、周りをすべてモブに変えてしまう顔面──!
立派な平々凡々高校生になった俺に、まったく不釣りあいな、きらきら輝く大型犬に成長しちゃった!
「きゃ──!」
「香月くん、かっこいー!」
「やばい!」
「モデルさんみたい!」
「アイドルさんみたい!」
「きゃ──♡」
クラスメイトが、きゃわきゃわしてる。
「うわ、また泉が、香月をぱしりにしてる」
「やばくね?」
「幼なじみだって」
「それであんなイケメンをぱしりに? モブっぽい顔して、泉、こぇえええ──!」
こわくないよ……!
いじめてないよ……!
超絶イケメンになっちゃった玲をぱしりになんて、してないから──!
