運動会の借り物競走で、公開告白されました。

 ついに迎えた文化祭当日。出番の三十分前、ステージとなる体育館の舞台袖で俺たちバンドメンバーは待機していた。

「き、緊張する…!」

 今の心拍数をメトロノームに合わせたら、針が吹っ飛ぶんじゃないか。そのくらい俺はドキドキしていた。そんな俺を見たバンドメンバーは、「大丈夫だよー!」とニコニコ笑った。

 昨日健とは喧嘩別れのようになってしまった。俺は今日も朝からクラスの出し物やらバンドのリハーサルやらをしていたら、謝るタイミングを逃してしまった。

(いや…今はバンドに集中しよう)

 そう頭を切り替えた。
 昨日も帰ってからアドリブは大丈夫か、どうしようか、とぐるぐる考えてみたものの、結局なるようにしかならない、という至極当たり前な結論に辿り着いた。

 大丈夫だ。今の俺は一年前とは違う。俺の声を否定した人たちはもうここにはいない。
 横には一ヶ月間を共にした、信頼できるメンバーがいる。アドリブの口上や歌が上手く行かなくても、きっとフォローしてくれるだろう。応援してくれた放送部のみんなもいる。そして…俺の声を好きと言ってくれた、健がいる。あの日確かに、健は俺の声に奮い立たされたと言ってくれた。今度は俺が健の存在によって奮い立つ番だ。そして、その俺の声を聞いて、今日また誰かが何かを感じてくれたらいい。そのためにステージに立つんだ。


「次はこのバンドの登場です!」
 
 いよいよ順番が回ってきた。
 ステージで司会進行を務める人は放送部の先輩で、声を聞いて少し安心した。

「さぁ、行こう!」

 メンバーの掛け声と共に、俺たちは舞台に出た。



「このバンドは四人で構成され、担当は向かって左から〜…」

 司会者がバンド紹介をする間に、俺たちメンバーは位置について演奏の準備に取り掛かった。
 照らされたスポットライトが眩しくて、俺は思わず目を細めた。
 マイクを握る手が震え、掌が嫌な汗で湿っていった。咳払いを一度した。

(やっぱり、できないんじゃないか…)

 そう思いながら、何とか顔を前に向けた。

 その時、客席の最前中央にいる健が目に飛び込んできた。誰よりも必死に、運動会の時と同じまっすぐな瞳で俺を見つめていた。

(健…)

 そうだ。健が好きだと言ってくれた俺の声を、そして健のことを、俺は信じるんだ。

 マイクを力強く握りしめた。
 振り返りバンドメンバーをみると、互いに頷き合って演奏が始まった。

 健、見てて。
 そう思い、俺は歌い出した。
 


 演奏が始まり歌い出すと、観客は一気に熱量を上げた。フロアが沸き立つのが舞台上に伝わった。
 
 興奮でビリビリと痺れる感覚が体を貫く。あぁ、歌うのって、声で伝えるのってこんなに楽しかったんだ、と思い出した。

 俺の喉の奥では、かつて忌み嫌った「砂利」が鳴っていた。でもそれは、もう俺を汚す不純物ではなかった。 熱狂を煽るための、俺だけの武器だ。 砂利が火花を散らすように、俺の声が空間を震わせた。
 そこからは無我夢中で、バンドメンバーも観客も、そして俺も、ヒートアップした。 
 
 盛り上がりは最高潮を迎え、いよいよラストの口上だ。
 空気を切り裂くように鋭いカッティングを刻むギター、地響きを立てるように存在感を放つドラム、鍵盤の上で転がるように軽やかな音色を奏でるキーボード。それらを聞きながら、俺は健を見た。

 運動会の日、俺はマイク越しに「は?」と間抜けな声を晒した。 でも今は違う。この声で伝えたい言葉も、届けたい相手も、自分の中にハッキリとある。

 すうっと息を吸い、お腹に力を込めて声を出した。






「みんな、聞いてくれてありがとう!!

…健、好きだーーーーーー!!!!!!」


 マイク越しの俺の声が、体育館中に反響した。
 その瞬間、客席から「ええーーーーー!???」という、今日イチの歓声が上がった。

 ギターが「ジャーン」と掻き鳴らす音を最後に、曲は終わった。
 バンドメンバーが目を見開いているのが視界に入った。

 歌い終わった高揚感をもったまま、舞台上から健をみると、変わらずまっすぐな眼差しで俺を見つめていた。その眼差しに、俺の心は射抜かれていたんだな。

 俺の思いは、伝わっただろうか。
 辺りには多くの人がいて賑やかなはずなのに、世界に健と二人きりのような錯覚がした。





 出番を終えて舞台袖からはけ、体育館を裏口から出た。
 演奏の余韻に浸っていると、メンバーから口々に「かましてくれたな!」「やるじゃんその男気!!」「予想の遥か上!!」と言われて肩を組まれた。

「みんなのおかげだよ」

 その言葉に、みんなが動きを止めた。

「みんなが、思ったことを素直に言えばいいって言ってくれたから、声で届けることができたんだ。
何より、今回歌う機会をくれてありがとう」

 俺が笑うと、みんながうるうるしながら抱きついてきて「こちらこそ〜!」と言ってきた。 
 このメンバーで披露できて本当によかった。


「琴!」

 今、一番聞きたかった声が耳に届いた。
 振り返ると、健が立っていた。

「健…」

 俺と健が見つめ合うと、「じゃ、またな!」「連絡する!」「打ち上げしような!」とバンドメンバーは立ち去った。
 二人きりになるのは昨日の夕方に喧嘩して以来で、少し緊張した。
 

「「あの!」」

 ハモったことに気がつくと、俺たちは顔を見合わせて笑った。
 健の笑顔が見れたことに安心して、俺から話し出した。

「あの…昨日は、ひどいこと言って逃げてごめん。放送室に行ったら、健が放送部のみんながいい声って言ってるの聞こえて。…その、俺だけの声を特別好きでいて欲しかったから、正直嫉妬した。
丁度文化祭の本番前で悩んでいたのもあって、余裕なくて健にあたっちゃった。本当にごめん」

 健の瞳をまっすぐ見る。陽に照らされた健の瞳は、どんな宝石よりもキラキラと輝いていた。
 俺も、健にみたいに相手をまっすぐ見つめて、自分の声で思いを届けたい。

「今日、健のおかげでステージに立てたんだ。
俺を変えてくれた、健が好きだ」


 そう言うや否や、健が俺を引き寄せ抱きしめた。

「俺も琴が好きだよ…!
琴に興味を持ったきっかけは声だけど、今は声も含めて、琴の全てが特別だ。大好きだ。
昨日は不安にさせてごめん。放送部は琴が所属している大切な場所だから、みんなのことも肯定したかったんだ」

 俺の歌は、声は健に届いたんだ。
 その事実に胸が熱くなった。

 顔を見合わせ、互いの唇が磁石のようにひかれ合って優しく触れた。


 咳払いは、きっともう出ることはない。