【完結】僕の恋のスイッチを入れたのは、妹の彼氏の兄でした

 川端の手当てのお陰なのか、体育でのケガは大したことなくて済んだ。だけど、そのあとの出来事のことが何となく気になってしまって、どこか消化不良な感じのまま僕は陽詩を迎えに小学校へ向かう。
 陽詩の小学校の敷地の中にいわゆる学童があるので、基本は僕が学校を終えたら迎えに行くことになっている。

「こんにちは、伊勢です。妹迎えに来ました」
「はーい。陽詩ちゃんですね。陽詩ちゃーん、お兄ちゃん来られたよー」

 学童は平屋建てで、小学校の教室二つ分ほどの広さの部屋で小学生が銘々好きなことをして過ごしている。宿題をしている子もいるし、マンガや本を読んでる子、オモチャで友達と遊んでる子など様々だ。
 陽詩が学童に通いだしたのは入学と同時だったので、夏休み近くともなればだいぶ慣れてきたのか、最近では学童で友達ができたとか言っていた。だからなのか、学童の先生が陽詩に声をかけた時も、お友達らしき子と一緒にいるのが見えた。
 一緒にいるのは、黒髪の短髪でちょっとつり目の勝気そうな男の子で、心なしか陽詩とやたら見つめ合って笑っている。そこまではよくある光景だと思っていたんだけど……

「……へ? は?」

 陽詩は僕が来たことに気付いていないようなので、もう一度僕から声を掛けようとした時だった。見つめ合って笑っていただけの二人が、ふとそれまで一緒に読んでいた本の手の上で、互いの手を握り合ったのを見てしまったのだ。
 ただ偶然に当たったとか触れ合ったとか、そんな感じではなかった。明らかに触ろうという意思を感じたし、触れ合ってからも二人はやたら嬉しそうにしていたからだ。
 こ、これはもしや……と思った瞬間、僕はずかずかと陽詩たちの許に歩み寄り、陽詩の手を取っていた。

「だ、誰だそいつ……」
「お兄ちゃん? おかえり……どうしたの、そんな変な顔して」

 ただいまの挨拶よりも先に、友達のことを「そいつ」呼ばわりしてまで聞いてくる僕を、陽詩もその男の子もぽかんとして見上げている。もちろん、他の子ども達も、職員の人たちも。
 気まずい沈黙が流れてじっとにらみ合う(のは僕だけだったが)ようにして見つめ合っていると、更に入口の方から、「蒼ー! 迎え来たぞー!」と、またもや覚えのある声が聞こえてきた。
 でもまさかこんなところに? なんで? 覚えはあってもそれくらい違和感のある声だった。だから思わず振り返ったのと、陽詩の傍で目を丸くしていたその子が立ち上がって駆けて行くのはほぼ同時だった。

「兄ちゃん!」

 蒼、と呼ばれたその子が、兄ちゃんと言って抱き着いた相手に、僕も、そしてその兄ちゃんとやらも顔をも合わせて驚いた。こんなことがあるなんて、想いもしない出来事に出くわしたからだ。

「川端……?」
「……委員長?」

 お互いに、まさかこんなところで会うなんて思っていなかったという顔をしていて、開いた口が塞がらない。
 というか、川端はいつからそこにいたんだろうか? もしかして、さっき僕が弟らしき子から陽詩を取り上げたようなのを見てたりするんだろうか?

(それはそれでなんか気まずいよな……)

 なんと言うか、モンスターペアレントみたいに思われでもしてたら厄介だなと思う。思いはしつつも、いやだってさっきお前のとこの弟とウチの妹が手を握り合ってたんだが? どういうことだ? と、逆に問詰めたくもある。
 そんな矛盾する気持ちを抱えつつ、さっきの保健室での謎の行動まで思い出されて一層モヤモヤしていると、くいくいっとしたからシャツの裾を引かれた。下を向くと、帰り支度を済ませた陽詩が蒼くんと並んで出入り口で靴を履いて立っている。

「ああ、帰ろうか、陽詩」
「うん。あのね、お兄ちゃん。この子、蒼くん」
「あ、あー、はいはい……えーっと陽詩のお友達の……」
「違うよ、彼氏だよ」

 揃って学童の建物から出ようとした瞬間にそんな紹介をされ、僕はうっかり入り口の段差で派手に転ぶかと思ったほどだ。往年のコントみたいなリアクションに辛うじてならなかったのは、川端が傍にいたからだろう。
 とは言え、川端も陽詩の言葉に動揺が隠せないのか、目を見開いてこっちを見ている。

「か、彼氏……?」
「そうだよ! 蒼くんのお兄ちゃん初めまして! 蒼くんの彼女の伊勢陽詩です」

 やたらはきはきと自己紹介をする陽詩の姿に、成長を感じる。それと同時に目眩まで覚えてしまうのは、やはり昨日告げられた言葉が現実であることを受け入れがたいからだろうか。
 マジか……マジで言ってんのか……という気持ちと、どう切り返せば動揺していることを悟られないか、無様じゃないかなんて瞬間に考え始めてしまう。でも、思考回路も大きくショックを受けているらしく、思ったようなスピードで動いてくれない。
 そんな僕を尻目に、川端は陽詩の目線に合わせて屈みこみ、にこやかに返す。

「初めまして、陽詩ちゃん。俺は蒼の兄ちゃんの海翔。いつも蒼と仲良くしてくれてありがとね」

手慣れた感じで川端は陽詩に挨拶を返し、さわやかに微笑んで見せたりしている。陽詩も嬉しそうに微笑んでいるわで、なんだか僕だけ事態についていけていない。
 なんだこの疎外感……と、落ち込みつつもいつの間にか当然のように陽詩と蒼くんが手を繋いで歩き始めていたので、僕は慌てて二人のあとについて行く。更に僕の隣に、川端がゆっくり歩いてついてくる。
 横目で川端の様子を窺うと、さっきは平気そうに見えた表情が心なしか(うつ)ろになっていた。あれ? さっきの陽詩への態度は見間違いか? と思いながらついじっと見ていると、「……知ってたの?」と、不意に聞かれた。

「なにが?」
「なにがって、蒼たちのことだよ。委員長は妹の彼氏がウチの蒼だって知ってたの?」

 先程までの爽やかでにこやかな様子とは一変、一応顔は微笑みをたたえつつも目は笑っていない川端に、僕は思わず横に飛びのきそうになる。
 知るわけないだろ、としらばっくれようかと思ったけれど、そうしたら明日学校でどんなウザ絡みをされるかわからない気もしたので、正直に話すことにした。

「昨日知った。蒼くんがかわいいって言ってくれるから、この髪型にしてーって」
「うわマジか……七歳とは言え女の子だな……」
「なんだよ、ウチの陽詩が川端の弟を誘惑したとでも言うのか?」

 川端の言葉が聞き捨てならなくて思わず詰寄りかけると、川端は慌てて両手と頭を横に振り、「ちがうちがう」と表情を変える。それでも、何か言いたげにこちらを見てくるんだけれど。
 僕に睨まれながら川端は少し考えこみ、それから、「なんて言うかさぁ」と口を開く。

「なんて言うか、委員長の妹の方がしっかりしてんなーって思ったんだよ」
「それはまあな。陽詩は自慢の妹だから」
「俺だって蒼は自慢の弟だよ。素直で良い子で、何よりかわいいし」
「…………」
「なにその目、委員長」
「お前、ショタコンか? それとも重度のブラコン?」
「それを言うなら委員長だってロリコンって言うか重度のシスコンだろ。さっき蒼たちが仲良くしてるとこに喰ってかかる勢いで近付いてくなんてさ」

 先程の大人げない態度は、やはり川端に見られていたようだ。単純な恥ずかしさもあるけれど、ロリコンだとか言われてしまう、不名誉な様子にもとられてしまったのが何よりいただけない。今度は僕の方が慌てて弁明する番だった。

「ちがう! むしろ陽詩に悪い虫がつかないか心配なだけだ」
「ウチの蒼が悪い虫って言うのか?」
「そういうことじゃないけど……心配だろ、七歳なのにもう彼氏だ彼女だとか言い出したら」

 これは本心であり、陽詩たちがどこまで自分たちの関係を把握しているのかも気になるところでもあるからだ。そんな風に僕が話すと、川端はいきなりずいっと僕の方に近づいてくる。その目がさっきよりも真剣だ。

「そうなんだよな! ついこの間まで赤ん坊だったくせに、いきなり“兄ちゃん、彼女出来たー”とか言い出したんだからさぁ! ビビるどころの話じゃねえんだよ!」

 至近距離で迫って来る真剣な顔をした川端の表情は、学校で見るものとは全く違っていて、なんと言うか、変に心が騒いでしまう。でも、なんで? そりゃまあ、川端は顔が良くはあるけれど……それを抜きにしてもやっぱりこの距離感は近すぎる気がするんだが?
 でも、それだけでこんなに胸が騒ぐものなんだろうか?

「じゃ、じゃあ、川端は二人が付き合っていることに反対なんだ?」
「反対っつーか……まだ早くね? 好きの意味知ってんのか? って言いたくなる」
「付き合ったりしたことない僕でも、その辺り気にするけど……まだ小一だから気にしないのかなぁ」
「委員長付き合ったことないんだ?」
「うるさいな……見たまんまだって言いたいんだろ?」
「いや……ホッとした」

 ホッとしたってなんだよ? なんで川端が僕に付き合ってる人とかがいなくて安心されなきゃなんだ? 余計なお世話……とはまた違うのか? って言うか何気に失礼なこと言われてないか?
 そんな話をしている僕らの前で、陽詩たちも楽しげに手を繋いで歩いているのだが、その様子自体はただただほほえましくはある。あるんだけれど……なんかこう、じゃあこのまま好きにしなさい、とは言い難いのはどうしてなんだろう。

「でもさぁ、付き合うなとかってんじゃないけどさ、彼氏彼女とかって言い合う意味が解ってるのか? って心配になるよな。だから俺は、まだちょっと待てよ、とは言いたい」
「うん、それはあるよな。仲がいいお友達でいいじゃん、って」

 僕の手の届かない所に陽詩を踏みこませたくない。それは兄として、保護者として。
 でも、このまま誰も好きにならないままでいる、例えば僕のように陽詩もなってしまっていいのかはわからない。それはあまりにエゴだからだ。

「だからって、誰も好きになるなとは言えねえよなぁ」
「……そう、だね……」

 川端の言葉に、僕はお腹がひゅっと冷たくなるのを感じた。まるで、まだ誰も好きになったことがない僕のことを言い表しているようでドキリとしたのだ。

(僕は、このまま誰も好きにならないのかな……友達とは違う、親密さでいられる相手って言うのは望めないのかな……)

「委員長? どうしたの?」
「あ、いや……まあ、そうだよなって思って」
「だよなぁ……あ、俺らこっちだから」
「ああ、じゃあ……気をつけて」

陽詩と蒼くんはもうお互いとの分かれ道であることは把握済みらしいのだが、だからと言ってあっさり手を振り合えるわけでもないらしく、いつまでももじもじと手を繋いだままだ。その様子を、僕と川端は何とも言えない顔で眺めている。
 あともう三~四年僕と陽詩の歳が近かったなら。もっと違ったリアクションも対応もできる気がするんだけど……とにかく今は、このまま二人を付き合わせるのが心配でならない。
 その時不意に川端がこちらを見て、「委員長」と呼ぶやいなや僕の手をつかんで引き寄せていく。間近に迫った至近距離で、川端は真剣な面持ちをしている。さっきみたいな真剣な表情に胸がドキリと鳴る。

「……なあ、委員長。俺ら、協定結ばねえ?」
「き、協定?」

 耳慣れない言葉に思わず聞き返すと、川端は左人さし指を立てる用意して、そんな提案してきた。
 協定って……国と国が協力関係結ぶとかっていうあれ? あれを、僕と川端の間に?
 疑問符だらけで全く自体が把握できないまま、どうやらチャラくて苦手なはずの彼と僕は協定を結ぶことになるなんて――