陽詩が可愛いのは言うまでもないし、たった一人の大事な妹だから大事にしたくもある。それが僕の役割でもあるし。なんたってお兄ちゃんなんだから。
でも時々、ほんの時々……「ちょっと無理」って言いそうになる時がある。例えば、こういう時に。
「違うの! 編み込みして、ここリボンみたいにして、ふわってするの!」
「編み込みって……それはお兄ちゃんにはハードル高すぎるよ、陽詩……。いつものみつあみじゃダメ?」
「いや! 編み込みがいいの! 編み込みだけでもいいからやって! ねえ、おにいちゃぁん」
最近僕が夕食作ってる間とかに動画を見たりしていて知ったのか、夕食後にやたらとかわいい、でもすごく凝った技術がいる髪型をしてくれというようになってきたのだ。
たしかに陽詩がリクエストしてくる髪型はどれも可愛いし、いわゆる映える髪型でもあるんだけど……正直僕の力量では手に余り過ぎてしまう。僕ができるのはせいぜいツインテール、もしくはよれよれのみつあみくらいだからだ。
ぷぅっと小さい頬を膨らませて不機嫌になっている陽詩の前にしゃがみ込み、僕は困り果てて尋ねる。
「陽詩、お兄ちゃんはあんまり器用じゃないから、こういう可愛い髪型ってきれいに出来ないよ。みつあみで精一杯だよ」
「……だってぇ、ひな、かわいくなりたいんだもん」
「いまのままでも十分可愛いよ、陽詩。お兄ちゃんは好きだな」
拗ねてうつむくかわいい頭を撫でながら、苦笑してそう言ってはみたものの、陽詩は全く納得していないらしく、余計に頬を膨らませる。
そして、彼女の成長をうかがわせる語彙力を駆使した言葉を、突きつけられてしまうのだ。
「お兄ちゃんが好きでも意味ないの! ひなは、もっとかわいくなりたいの!!」
お兄ちゃんが好きでも意味ない……そんな容赦のない言葉、どこで覚えてくるんだ……。みんなちがってみんないい、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンの精神じゃなく、ナンバーワンでなければ意味がない精神なのか……。向上心たくましいと言えばそうなんだけれど、それにしてもこだわりが強いなと思う。何か、特別な理由でもあるんだろうか? うっかり膝から崩れ落ちそうになりそうな気持ちを立て直しつつ、なるべく穏やかに尋ねてみる。
「陽詩。かわいくなりたいのはわかったよ。でも、なんでかわいくなりたいと思ってるの?」
なにかクラスの友達と、お互いの髪型を自慢し合うようなことでもあるんだろうか? なんてことを考えていたんだけれど、全く思ってもいない答えが返って来た。
しかも心なしか、陽詩はもじもじと恥ずかしそうな様子だし、頬も赤くなっている。
「だって……だってね、蒼くんに、“ひなちゃんかわいいよ”っていっぱい言って欲しいんだもん」
「蒼くん……? 誰、それ」
男の子の友達の名前なんて初めて聞くな、と思いつつ、心のどこかで嫌な予感を覚えながら陽詩の言葉の続きを待つ。
陽詩はますます恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに笑いながら答えた。
「んとねぇ、ひなの、カレシ」
「か……? え? 陽詩、いま、なんて言った?」
「だから、ひなの、彼氏だよ、お兄ちゃん。ひなねぇ、蒼くんとちょーらぶらぶなんだぁ」
「はぁぁ!?」
「蒼くんねぇ、ひなが転んで泣いてたらどうしたのって頭なでなでしてくれたり、三年生の子に意地悪されてたら助けてくれたりして、すっごくカッコ良くてやさしいんだぁ!」
陽詩に、彼氏? そんなまさか……何かの冗談だろ? どこの馬の骨だと問いただしたいけれど、目眩がしてそんな気力もうせてしまう。
何より、僕なんて十七にもなるのに恋人はおろか好きな人もいたことがない。いまの時代それを咎められることはないこともないけれど……妹の方が先に彼氏ができたことにショックは隠せない。完全に追い抜かれてしまっている。その衝撃に手にしていたブラシを取り落としてしまう。
(っていうか、そもそも小学校入学早々に陽詩に手を出すなんて……!!)
ショックと怒りが入り混じって、目眩はどんどんひどくなってくる。とてもじゃないが、平常心じゃいられない。人生でこんなにショックな日があるだろうか。
がっくりとうな垂れる僕に、陽詩が心配そうに顔を覗き込んできた。
「お兄ちゃん? テレビ見ないの?」
「ごめん……今日はもう寝るよ……」
陽詩よりも先に布団に入ってしまうほどのショックを受けた僕は、頭からすっぽり布団をかぶって悶々としていた。
陽詩が楽しそうであればそれはそれで喜ばしいのだけれど、でもまさか恋愛方面で充実して楽しくなるなんて思わないじゃないか。僕の目の届かない所で何かあったらと思うと、なかなかショックから立ち直れない。何より、僕の先を行く陽詩の楽しげな姿が眩しくて羨ましく思えた。
恋愛に興味がないわけじゃない。クラスメイトの恋バナは聞くのも楽しいし。でも、母さん達みたいに別れてしまう例もあることを考えたら、僕が人を好きになることもためらってしまう。
だけど、陽詩は好きな人を見つけて恋人にしている……そのためらいのなさが心底羨ましい。
(いやいや……七歳児で、小一で彼氏なんて……きっと聞きかじったワード言ってるだけだよね? 本当に付き合ってるかわからないじゃんか……)
そう自分を慰めるように言い聞かせつつ胸の中で呟いてみる。でももし相手がチャラそうなやつだったらどうしようとか、問題児に惹かれてたらどうしようとか色々考えてしまいなかなか寝付けない。だって今回のことがこの先の陽詩のパートナー選びに影響することは確実だろうからだ。
その内に眠りには落ちはしたものの、夢の中で大人になった陽詩がとんでもなくチャラい男に明らかに騙されて連れていかれる夢を見てしまい、うなされてしまったほどだ。
でも時々、ほんの時々……「ちょっと無理」って言いそうになる時がある。例えば、こういう時に。
「違うの! 編み込みして、ここリボンみたいにして、ふわってするの!」
「編み込みって……それはお兄ちゃんにはハードル高すぎるよ、陽詩……。いつものみつあみじゃダメ?」
「いや! 編み込みがいいの! 編み込みだけでもいいからやって! ねえ、おにいちゃぁん」
最近僕が夕食作ってる間とかに動画を見たりしていて知ったのか、夕食後にやたらとかわいい、でもすごく凝った技術がいる髪型をしてくれというようになってきたのだ。
たしかに陽詩がリクエストしてくる髪型はどれも可愛いし、いわゆる映える髪型でもあるんだけど……正直僕の力量では手に余り過ぎてしまう。僕ができるのはせいぜいツインテール、もしくはよれよれのみつあみくらいだからだ。
ぷぅっと小さい頬を膨らませて不機嫌になっている陽詩の前にしゃがみ込み、僕は困り果てて尋ねる。
「陽詩、お兄ちゃんはあんまり器用じゃないから、こういう可愛い髪型ってきれいに出来ないよ。みつあみで精一杯だよ」
「……だってぇ、ひな、かわいくなりたいんだもん」
「いまのままでも十分可愛いよ、陽詩。お兄ちゃんは好きだな」
拗ねてうつむくかわいい頭を撫でながら、苦笑してそう言ってはみたものの、陽詩は全く納得していないらしく、余計に頬を膨らませる。
そして、彼女の成長をうかがわせる語彙力を駆使した言葉を、突きつけられてしまうのだ。
「お兄ちゃんが好きでも意味ないの! ひなは、もっとかわいくなりたいの!!」
お兄ちゃんが好きでも意味ない……そんな容赦のない言葉、どこで覚えてくるんだ……。みんなちがってみんないい、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンの精神じゃなく、ナンバーワンでなければ意味がない精神なのか……。向上心たくましいと言えばそうなんだけれど、それにしてもこだわりが強いなと思う。何か、特別な理由でもあるんだろうか? うっかり膝から崩れ落ちそうになりそうな気持ちを立て直しつつ、なるべく穏やかに尋ねてみる。
「陽詩。かわいくなりたいのはわかったよ。でも、なんでかわいくなりたいと思ってるの?」
なにかクラスの友達と、お互いの髪型を自慢し合うようなことでもあるんだろうか? なんてことを考えていたんだけれど、全く思ってもいない答えが返って来た。
しかも心なしか、陽詩はもじもじと恥ずかしそうな様子だし、頬も赤くなっている。
「だって……だってね、蒼くんに、“ひなちゃんかわいいよ”っていっぱい言って欲しいんだもん」
「蒼くん……? 誰、それ」
男の子の友達の名前なんて初めて聞くな、と思いつつ、心のどこかで嫌な予感を覚えながら陽詩の言葉の続きを待つ。
陽詩はますます恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに笑いながら答えた。
「んとねぇ、ひなの、カレシ」
「か……? え? 陽詩、いま、なんて言った?」
「だから、ひなの、彼氏だよ、お兄ちゃん。ひなねぇ、蒼くんとちょーらぶらぶなんだぁ」
「はぁぁ!?」
「蒼くんねぇ、ひなが転んで泣いてたらどうしたのって頭なでなでしてくれたり、三年生の子に意地悪されてたら助けてくれたりして、すっごくカッコ良くてやさしいんだぁ!」
陽詩に、彼氏? そんなまさか……何かの冗談だろ? どこの馬の骨だと問いただしたいけれど、目眩がしてそんな気力もうせてしまう。
何より、僕なんて十七にもなるのに恋人はおろか好きな人もいたことがない。いまの時代それを咎められることはないこともないけれど……妹の方が先に彼氏ができたことにショックは隠せない。完全に追い抜かれてしまっている。その衝撃に手にしていたブラシを取り落としてしまう。
(っていうか、そもそも小学校入学早々に陽詩に手を出すなんて……!!)
ショックと怒りが入り混じって、目眩はどんどんひどくなってくる。とてもじゃないが、平常心じゃいられない。人生でこんなにショックな日があるだろうか。
がっくりとうな垂れる僕に、陽詩が心配そうに顔を覗き込んできた。
「お兄ちゃん? テレビ見ないの?」
「ごめん……今日はもう寝るよ……」
陽詩よりも先に布団に入ってしまうほどのショックを受けた僕は、頭からすっぽり布団をかぶって悶々としていた。
陽詩が楽しそうであればそれはそれで喜ばしいのだけれど、でもまさか恋愛方面で充実して楽しくなるなんて思わないじゃないか。僕の目の届かない所で何かあったらと思うと、なかなかショックから立ち直れない。何より、僕の先を行く陽詩の楽しげな姿が眩しくて羨ましく思えた。
恋愛に興味がないわけじゃない。クラスメイトの恋バナは聞くのも楽しいし。でも、母さん達みたいに別れてしまう例もあることを考えたら、僕が人を好きになることもためらってしまう。
だけど、陽詩は好きな人を見つけて恋人にしている……そのためらいのなさが心底羨ましい。
(いやいや……七歳児で、小一で彼氏なんて……きっと聞きかじったワード言ってるだけだよね? 本当に付き合ってるかわからないじゃんか……)
そう自分を慰めるように言い聞かせつつ胸の中で呟いてみる。でももし相手がチャラそうなやつだったらどうしようとか、問題児に惹かれてたらどうしようとか色々考えてしまいなかなか寝付けない。だって今回のことがこの先の陽詩のパートナー選びに影響することは確実だろうからだ。
その内に眠りには落ちはしたものの、夢の中で大人になった陽詩がとんでもなくチャラい男に明らかに騙されて連れていかれる夢を見てしまい、うなされてしまったほどだ。



