滅多に熱を出さない僕が寝込んだのが心配だったらしく、陽詩が折り紙で花とかを作ってくれた。うどんを食べたあと一眠りして目が覚めると、枕元にずらりと並べられていたのだ。色鮮やかなお見舞いにほっと心が和む。
「ありがとう。上手だね、陽詩」
とっておきだろうキラキラの折り紙をふんだんに使った花とコースターを手にしながらお礼を言うと、陽詩は得意げに胸を張ってうなずく。
「明日はもう熱下がると思うから。ご飯も作るよ」と、僕が言うと、「作らなくてもいいよ」なんていうのだ。
「作らなくていいわけないだろ。陽詩はまだ火が使えないんだから」
「うん、そうだけど……でもね、ほら、こういう本借りて来たからもう大丈夫だよ」
そう言ってランドセルから取り出したのは、「小学生でも出来るあさごはん」と言う子ども向けの料理の本だった。どうやら図書室で見つけて借りてきたらしい。
この本があるから大丈夫だということなんだろうか。これもまた成長なのかもしれない……そう思いながら本をめくっていると、思いがけないこと言われた。
「これね、蒼くんが面白いよって教えてくれたの」
「え、蒼くんが? 陽詩、仲直りしたのか?」
「そうだよ。もう一年生のお姉さんだもん。先生に手伝ってもらわないで仲直りできたんだよ」
そう言って一層得意げに笑う陽詩が、本当に随分と大きくなったような気がした。たった数日の出来事だったのに、もう僕の手を借りないでも大丈夫な気さえしてくる。もちろんすべては無理だろうけれど、一歩前身と言うところだろうか。
妹の方が僕よりも先に進んで成長の兆しを見せている。それは一種の焦りを僕に覚えさせる。陽詩のお兄ちゃんであるなら、やっぱり僕だって成長を――自分のことを自分でやらなくては。
例えば……川端に謝ること、そして気持ちを伝えること、とか。
「陽詩はすごいな。すごいお姉さんだ」
そう言って抱きしめると、陽詩は嬉しそうに笑ってうなずく。そうだよぉ、と肩越しに聞く声は誇らしげで、僕はそれに背中を押されるように一つの決意を固めていた。
そうして夕食を食べ、風呂にも入ったのだけれど、昼に寝すぎたせいか何だか寝付けなかった。夕方に川端のことを考えたりしたのもあって、気持ちも何となく落ち着かない。
「ちょっと散歩してくる」
そう言い残して、僕は久しぶりに一人で夜の通りへ出た。陽詩の手を牽かないで出歩くのなんていつ以来だろうというくらいに久し振りだ。それくらい、僕はずっと陽詩に付きっきりだったのだろう。これでは確かに母さんにあんなことを言われてしまうのも無理はない。
「まあ僕は重度のシスコンだって言うしな……」
それは確か川端が言っていたんじゃなかっただろうか。そんなことを不意に思い出し、一人苦笑いをする。そしてそれで彼と大喧嘩をして、熱まで出したことも思い出し、何とも言えない気分になる。
陽詩のことも僕の中で大きいけれど、それを上回るくらいに川端のことも僕の中で大きな割合を占めているんだ。それはやっぱり、特別と言うに値するんだろう。
そんな特別な彼に、どれだけ彼が僕にとって特別であるかを伝えるにはどうしたらいいんだろう。とりあえずまずはケンカしたことを謝ることが先だろうか。
「あー……なにから切り出せばいいんだろう」
ぐるぐると考えながら歩いていたら、随分と遠くまで着ていた。一駅ほどは歩いていたようで、あまり見慣れない駅前に辿り着いていた。
まだ病み上がりなのにかなり歩いたせいかひどくのどか乾いている。ふと目に留まったコンビニに入り、何か飲み物を買うことにした。
「っしゃーま……せ……」
「え……川端?」
入ったコンビニで聞き覚えのある声の人がいるなと思って顔をあげたら、品出しをしている店員が川端だった。どうやら川端の両親が経営するコンビニに来てしまったらしい。
川端も川端で僕が来たことに驚いていて、二人で唖然として見つめ合う。
普段であればここで他愛ない話でもするんだろうけれど、生憎僕らは大喧嘩をした直後だ。しかも僕は今日発行を休んでいる。気まずさは半端じゃない。
だからと言ってここで店を出るわけにはいかないし……喉も本当に乾いているし……どうしたら、とまんじりとしていると、「あら、ひなちゃんのお兄ちゃん?」と、また聞き覚えのある女の人の声がした。
振り返ると、奥の事務所から恵美さんが顔を出して手を振っている。
「今日学校休んでたんだって? 大丈夫なの?」
「あ、はい、だいぶ良くなったんで……」
「そっか、それはよかったわ。ああ、海翔、いま休憩行ってきなさいよ。伊勢くんとジュース飲んできていいから」
僕と川端の間の気まずさなんて気付いてもいないのか、恵美さんはそう言いながら事務所の方から廃棄になる予定のシュークリームとジュースを手渡してくれた。仕方なく僕は川端と連れ立って店を出て、裏口に回る。
裏口は薄暗くて誰もいなくて、僕らは足で黙々とシュークリームを食べてジュースを呑んでいた。
折角川端に想いを伝えようと思ってたのに、いざ本人を前にすると何も言えない。ケンカの気まずさもまだ解消されていないから余計に何を言ったらいいかわからない。
どうしたもんか……と、うつむいて自分のサンダル履きの爪先を見ていると、川端が「……よかった」と、だけ呟き、その場にへたり込んでしまった。
貧血でも起こしたのかと僕も慌ててしゃがみこみつつ顔を覗き込もうとすると、今度は腕を伸ばしてきて、そのまま抱きしめられ、身動きが取れなくなった。
「か、川端? え、な、なに!?」
「……もう、会えなくなるかと思った」
「……え?」
「俺がブラコンとか言われて拗ねてたの呆れられて、しかも蒼たちのことでケンカになって……嫌われたかと思った」
か細い、消え入りそうな声でそう呟かれ、僕は抱きしめられた時とは違う衝撃で目を瞬かせる。一体何がどうしてそんなことを考えたのか聞いてみたいけれど、川端はぎゅうぎゅうと僕を抱きしめたまま放そうとしない。じんわりと、抱きしめられている腕の体温が伝わってきて、照れ臭くて暑い。
「な、何言ってんだよ……べつに、今日休んだだけじゃんか……嫌いになんて……」
「ひなちゃんから聞いた。すげー高い熱出したんだってな。ごめんな、俺のせいで」
「なんで川端のせいなんだよ」
「だって俺が拗ねたり、ケンカしたりしたから、具合悪くなったんだろ?」
「なにその理論。そんなんじゃないよ」
苦笑する僕に、「じゃあなんだよ」と言いながら川端が僕を見つめてくる。その顔はいつものチャラくて陽キャな彼と言うよりも、蒼くんにそっくりな小さな男の子のようだった。
二人は本当によく似てる。気持ちがまっすぐで迷いがないところも、特別で大切な言相手に対して向けてくる気持ちの素直さも。
だから僕もそれに応えようと思い、ぎゅっと川端を抱きしめる。僕にとっても、彼が特別で大切だと伝えるために。
「い、委員長!? な、何して……!?」
「……まだわかんない?」
「え?」
「僕にとって、川端がどういう人なのかって言うのがさ」
「え、い、委員長……」
「僕だって、川端ともう口も聞けないかと思ったんだからな。だからショックで、熱まで出ちゃったんだからな」
「それ、って……」
戸惑いと驚きの混じった声が、段々と喜びを滲ませていく。じわじわと僕の想いがようやく伝わっていく過程を感じていたら、届ききる頃には川端から唇を重ねられていた。そして、またぎゅっと音がしそうなほどきつく抱きしめてくる。
「うん、わかった。すっげーわかった」
「え、あ、か、川端……ちょ、い、いまのって……」
「太陽は、俺にとって一番親密で大事だってこと」
委員長じゃない名前で初めて呼ばれて、今度は僕が耳の端まで赤く染まっていく。ただ名前を呼ばれただけで、こんなにしあわせな気分になるなんて知らなかった。
言い当てられて分かち合った気持ちは、あの遊園地で買ったキーホルダーのように同じ色と形をしている。ぴったりとはめ込むようにして、僕らはもう一度唇を重ねた。
「そう、当たり。僕は、海翔が一番親密で大切で……大好きってこと」
「俺も、太陽が大好きだ」
吐息を感じる距離でそう言い交わしていたら、休憩時間の終わりを知らせるようにアラームが鳴る。僕らは慌てて立ち上がり、ごく当たり前のように指を絡ませ手を繋ぐ。
そして僕はずっと聞きたかったことを聞いてみた。
「海翔はさ、良く僕のことずっとかわいいって言ってるけど、僕ら知り合ったのって今年からだよね?」
僕の言葉に川端と足が停まり、そして繋いでない方の手で顔を覆う。大袈裟に嘆くようにも見えるその仕草に、「海翔……?」と、おずおずと聞くと、大きな大きなため息をつかれた。
「やっぱ憶えてないかぁ……いや、俺はすぐ分かったんだけどさ、やっぱ太陽は、たーちゃんは相変わらずかわいいから」
「え……待って、なんでその呼び名を知ってるんだよ……」
僕のことをたーちゃんと呼ぶのは家族、それも母さんやおばあちゃんぐらいなものなのに。もしあるとすれば、うんと昔に僕と会ったことがある人ぐらいだ。
「ねえ、海翔……僕ら、高校より前に、ずっと前に会ったことがあったり、する?」
尋ねた途端に、川端はこれ以上にないほど顔を赤く染め、そしてまたぎゅうっと音がするほど抱きしめてくる。その態度が、触れてくる肌の熱さが、答えだと言える。
でもちゃんと言葉で聞きたかったから、赤くなっている川端の顔を覗き込んで問うと、観念したように川端は答えた。
「やっと思い出したかよ! 俺はもうずーっとたーちゃんに会いたくて会いたくて……高校で見つけた時はもう奇跡だって思えたんだからな!」
「え? どういうこと?」
「たーちゃんのこと絶対見つけ出してかわいい、好きだって伝えたかったんだ」
よみがえるトラウマ級の出来事――三歳ごろにしつこく僕にかわいいと言ってきた垂れ眼の男の子の姿、そして言葉。あの子がそのまま蒼くんにそっくりであることに気付き、そして今、目の前で僕を抱きしめている姿に重なっていく。
「え……もしかして、昔僕にかわいいって言いまくってたのって、海翔? 男だってわかってても、ずっと言ってたのって……」
「他に誰がいるってんだよ。十年ちょいだぞ。たーちゃんが男だとわかってても、俺は全然諦めきれなくて……コンビニ手伝いながらいつか会えないかって客のことずっと見てたくらいなんだからな」
それ怖すぎるよ、と僕が思わず苦笑すると川端もまた苦笑して、それからまた見つめ合いながらキスをしていた。甘い、シュークリームの味がする。
特別に大切な人が好きな人になって思いが通じると、こんなに嬉しいものなんだろうか。胸がきゅっと甘く痛くなって、触れ合っているところが溶けそうにドキドキしている。
「好きだ、太陽」
「僕も、海翔が好きだよ」
言葉を交わしながら触れる唇はやっぱり甘くて、夏の夜気に溶けそうだ。その感触が心地よく、僕らは笑い合いながら互いを抱きしめ触れていく。愛しいという気持ちを身体ごと伝え合うようにして。
「やっと、好きだって言えた。これからはずっと、一緒にいよう」
「うん。二人で陽詩と蒼くんを見守っていこう」
半分本気で、半分冗談でそういう答えると、川端は「いいねそれ」と、笑う。
この先も、二人であの二人を見守っておけたらいい。いつかその必要がなくなるまで。
そんなことを考えながら、僕らは二人手を繋いだまま、コンビニへと向かった。
「ありがとう。上手だね、陽詩」
とっておきだろうキラキラの折り紙をふんだんに使った花とコースターを手にしながらお礼を言うと、陽詩は得意げに胸を張ってうなずく。
「明日はもう熱下がると思うから。ご飯も作るよ」と、僕が言うと、「作らなくてもいいよ」なんていうのだ。
「作らなくていいわけないだろ。陽詩はまだ火が使えないんだから」
「うん、そうだけど……でもね、ほら、こういう本借りて来たからもう大丈夫だよ」
そう言ってランドセルから取り出したのは、「小学生でも出来るあさごはん」と言う子ども向けの料理の本だった。どうやら図書室で見つけて借りてきたらしい。
この本があるから大丈夫だということなんだろうか。これもまた成長なのかもしれない……そう思いながら本をめくっていると、思いがけないこと言われた。
「これね、蒼くんが面白いよって教えてくれたの」
「え、蒼くんが? 陽詩、仲直りしたのか?」
「そうだよ。もう一年生のお姉さんだもん。先生に手伝ってもらわないで仲直りできたんだよ」
そう言って一層得意げに笑う陽詩が、本当に随分と大きくなったような気がした。たった数日の出来事だったのに、もう僕の手を借りないでも大丈夫な気さえしてくる。もちろんすべては無理だろうけれど、一歩前身と言うところだろうか。
妹の方が僕よりも先に進んで成長の兆しを見せている。それは一種の焦りを僕に覚えさせる。陽詩のお兄ちゃんであるなら、やっぱり僕だって成長を――自分のことを自分でやらなくては。
例えば……川端に謝ること、そして気持ちを伝えること、とか。
「陽詩はすごいな。すごいお姉さんだ」
そう言って抱きしめると、陽詩は嬉しそうに笑ってうなずく。そうだよぉ、と肩越しに聞く声は誇らしげで、僕はそれに背中を押されるように一つの決意を固めていた。
そうして夕食を食べ、風呂にも入ったのだけれど、昼に寝すぎたせいか何だか寝付けなかった。夕方に川端のことを考えたりしたのもあって、気持ちも何となく落ち着かない。
「ちょっと散歩してくる」
そう言い残して、僕は久しぶりに一人で夜の通りへ出た。陽詩の手を牽かないで出歩くのなんていつ以来だろうというくらいに久し振りだ。それくらい、僕はずっと陽詩に付きっきりだったのだろう。これでは確かに母さんにあんなことを言われてしまうのも無理はない。
「まあ僕は重度のシスコンだって言うしな……」
それは確か川端が言っていたんじゃなかっただろうか。そんなことを不意に思い出し、一人苦笑いをする。そしてそれで彼と大喧嘩をして、熱まで出したことも思い出し、何とも言えない気分になる。
陽詩のことも僕の中で大きいけれど、それを上回るくらいに川端のことも僕の中で大きな割合を占めているんだ。それはやっぱり、特別と言うに値するんだろう。
そんな特別な彼に、どれだけ彼が僕にとって特別であるかを伝えるにはどうしたらいいんだろう。とりあえずまずはケンカしたことを謝ることが先だろうか。
「あー……なにから切り出せばいいんだろう」
ぐるぐると考えながら歩いていたら、随分と遠くまで着ていた。一駅ほどは歩いていたようで、あまり見慣れない駅前に辿り着いていた。
まだ病み上がりなのにかなり歩いたせいかひどくのどか乾いている。ふと目に留まったコンビニに入り、何か飲み物を買うことにした。
「っしゃーま……せ……」
「え……川端?」
入ったコンビニで聞き覚えのある声の人がいるなと思って顔をあげたら、品出しをしている店員が川端だった。どうやら川端の両親が経営するコンビニに来てしまったらしい。
川端も川端で僕が来たことに驚いていて、二人で唖然として見つめ合う。
普段であればここで他愛ない話でもするんだろうけれど、生憎僕らは大喧嘩をした直後だ。しかも僕は今日発行を休んでいる。気まずさは半端じゃない。
だからと言ってここで店を出るわけにはいかないし……喉も本当に乾いているし……どうしたら、とまんじりとしていると、「あら、ひなちゃんのお兄ちゃん?」と、また聞き覚えのある女の人の声がした。
振り返ると、奥の事務所から恵美さんが顔を出して手を振っている。
「今日学校休んでたんだって? 大丈夫なの?」
「あ、はい、だいぶ良くなったんで……」
「そっか、それはよかったわ。ああ、海翔、いま休憩行ってきなさいよ。伊勢くんとジュース飲んできていいから」
僕と川端の間の気まずさなんて気付いてもいないのか、恵美さんはそう言いながら事務所の方から廃棄になる予定のシュークリームとジュースを手渡してくれた。仕方なく僕は川端と連れ立って店を出て、裏口に回る。
裏口は薄暗くて誰もいなくて、僕らは足で黙々とシュークリームを食べてジュースを呑んでいた。
折角川端に想いを伝えようと思ってたのに、いざ本人を前にすると何も言えない。ケンカの気まずさもまだ解消されていないから余計に何を言ったらいいかわからない。
どうしたもんか……と、うつむいて自分のサンダル履きの爪先を見ていると、川端が「……よかった」と、だけ呟き、その場にへたり込んでしまった。
貧血でも起こしたのかと僕も慌ててしゃがみこみつつ顔を覗き込もうとすると、今度は腕を伸ばしてきて、そのまま抱きしめられ、身動きが取れなくなった。
「か、川端? え、な、なに!?」
「……もう、会えなくなるかと思った」
「……え?」
「俺がブラコンとか言われて拗ねてたの呆れられて、しかも蒼たちのことでケンカになって……嫌われたかと思った」
か細い、消え入りそうな声でそう呟かれ、僕は抱きしめられた時とは違う衝撃で目を瞬かせる。一体何がどうしてそんなことを考えたのか聞いてみたいけれど、川端はぎゅうぎゅうと僕を抱きしめたまま放そうとしない。じんわりと、抱きしめられている腕の体温が伝わってきて、照れ臭くて暑い。
「な、何言ってんだよ……べつに、今日休んだだけじゃんか……嫌いになんて……」
「ひなちゃんから聞いた。すげー高い熱出したんだってな。ごめんな、俺のせいで」
「なんで川端のせいなんだよ」
「だって俺が拗ねたり、ケンカしたりしたから、具合悪くなったんだろ?」
「なにその理論。そんなんじゃないよ」
苦笑する僕に、「じゃあなんだよ」と言いながら川端が僕を見つめてくる。その顔はいつものチャラくて陽キャな彼と言うよりも、蒼くんにそっくりな小さな男の子のようだった。
二人は本当によく似てる。気持ちがまっすぐで迷いがないところも、特別で大切な言相手に対して向けてくる気持ちの素直さも。
だから僕もそれに応えようと思い、ぎゅっと川端を抱きしめる。僕にとっても、彼が特別で大切だと伝えるために。
「い、委員長!? な、何して……!?」
「……まだわかんない?」
「え?」
「僕にとって、川端がどういう人なのかって言うのがさ」
「え、い、委員長……」
「僕だって、川端ともう口も聞けないかと思ったんだからな。だからショックで、熱まで出ちゃったんだからな」
「それ、って……」
戸惑いと驚きの混じった声が、段々と喜びを滲ませていく。じわじわと僕の想いがようやく伝わっていく過程を感じていたら、届ききる頃には川端から唇を重ねられていた。そして、またぎゅっと音がしそうなほどきつく抱きしめてくる。
「うん、わかった。すっげーわかった」
「え、あ、か、川端……ちょ、い、いまのって……」
「太陽は、俺にとって一番親密で大事だってこと」
委員長じゃない名前で初めて呼ばれて、今度は僕が耳の端まで赤く染まっていく。ただ名前を呼ばれただけで、こんなにしあわせな気分になるなんて知らなかった。
言い当てられて分かち合った気持ちは、あの遊園地で買ったキーホルダーのように同じ色と形をしている。ぴったりとはめ込むようにして、僕らはもう一度唇を重ねた。
「そう、当たり。僕は、海翔が一番親密で大切で……大好きってこと」
「俺も、太陽が大好きだ」
吐息を感じる距離でそう言い交わしていたら、休憩時間の終わりを知らせるようにアラームが鳴る。僕らは慌てて立ち上がり、ごく当たり前のように指を絡ませ手を繋ぐ。
そして僕はずっと聞きたかったことを聞いてみた。
「海翔はさ、良く僕のことずっとかわいいって言ってるけど、僕ら知り合ったのって今年からだよね?」
僕の言葉に川端と足が停まり、そして繋いでない方の手で顔を覆う。大袈裟に嘆くようにも見えるその仕草に、「海翔……?」と、おずおずと聞くと、大きな大きなため息をつかれた。
「やっぱ憶えてないかぁ……いや、俺はすぐ分かったんだけどさ、やっぱ太陽は、たーちゃんは相変わらずかわいいから」
「え……待って、なんでその呼び名を知ってるんだよ……」
僕のことをたーちゃんと呼ぶのは家族、それも母さんやおばあちゃんぐらいなものなのに。もしあるとすれば、うんと昔に僕と会ったことがある人ぐらいだ。
「ねえ、海翔……僕ら、高校より前に、ずっと前に会ったことがあったり、する?」
尋ねた途端に、川端はこれ以上にないほど顔を赤く染め、そしてまたぎゅうっと音がするほど抱きしめてくる。その態度が、触れてくる肌の熱さが、答えだと言える。
でもちゃんと言葉で聞きたかったから、赤くなっている川端の顔を覗き込んで問うと、観念したように川端は答えた。
「やっと思い出したかよ! 俺はもうずーっとたーちゃんに会いたくて会いたくて……高校で見つけた時はもう奇跡だって思えたんだからな!」
「え? どういうこと?」
「たーちゃんのこと絶対見つけ出してかわいい、好きだって伝えたかったんだ」
よみがえるトラウマ級の出来事――三歳ごろにしつこく僕にかわいいと言ってきた垂れ眼の男の子の姿、そして言葉。あの子がそのまま蒼くんにそっくりであることに気付き、そして今、目の前で僕を抱きしめている姿に重なっていく。
「え……もしかして、昔僕にかわいいって言いまくってたのって、海翔? 男だってわかってても、ずっと言ってたのって……」
「他に誰がいるってんだよ。十年ちょいだぞ。たーちゃんが男だとわかってても、俺は全然諦めきれなくて……コンビニ手伝いながらいつか会えないかって客のことずっと見てたくらいなんだからな」
それ怖すぎるよ、と僕が思わず苦笑すると川端もまた苦笑して、それからまた見つめ合いながらキスをしていた。甘い、シュークリームの味がする。
特別に大切な人が好きな人になって思いが通じると、こんなに嬉しいものなんだろうか。胸がきゅっと甘く痛くなって、触れ合っているところが溶けそうにドキドキしている。
「好きだ、太陽」
「僕も、海翔が好きだよ」
言葉を交わしながら触れる唇はやっぱり甘くて、夏の夜気に溶けそうだ。その感触が心地よく、僕らは笑い合いながら互いを抱きしめ触れていく。愛しいという気持ちを身体ごと伝え合うようにして。
「やっと、好きだって言えた。これからはずっと、一緒にいよう」
「うん。二人で陽詩と蒼くんを見守っていこう」
半分本気で、半分冗談でそういう答えると、川端は「いいねそれ」と、笑う。
この先も、二人であの二人を見守っておけたらいい。いつかその必要がなくなるまで。
そんなことを考えながら、僕らは二人手を繋いだまま、コンビニへと向かった。



