結局あれから聞いても陽詩は涙の理由を教えてくれず、翌朝になっても、陽詩はいまいち元気がなかった。熱があるのか、お腹が痛いのかと聞いてみたけれど、そうじゃないと首を横に振るばかり。それどころか、学校には行きたいと言う。
無理することはないとは言ったけれど、母さんとも相談して、「具合が悪くなったらすぐに先生に言うこと」と言う約束をして、ひとまず登校させることにした。
いつもなら、蒼くん早く会いたいと言わんばかりに早足や駆け足なのに、今日は足取りが重い。やはりなにかあったんだろうか。
「陽詩、やっぱり昨日何かあったのか?」
学校まであと少しと言う所でそう切り出しては見たものの、陽詩はやはりふるふると首を横に振るばかり。ギュッと僕の手を握り、なんだか悲しげにも見える顔をしている。
やっぱり今日は休ませた方がいいかな……でも僕も母さんもいないし……そう考えている内に、チャイムが鳴り始める。
「ああ、ごめん陽詩。お兄ちゃんも学校行くから。何かあったら先生に言うんだよ」
僕も遅刻ギリギリになりそうなので、慌ててそう陽詩の背中を押し、駆けだす。陽詩がどんな顔をしていたかもろくに見もしないで、背を向けてしまったのだ。
「お兄ちゃん」と、小さな声で呼ばれた気がしたけれど、振り返る余裕もなかった。ごめん、陽詩。帰ったら話聞くから……と、心の中で手を合わせながら、僕は僕の学校へと走って行った。
遅刻ぎりぎりでどうにか滑り込めはしたけれど、今日のようないまひとつ気分が上がらない日に限って川端とのグループワークの授業があったりする。今日は発表までの最後の時間で、各グループ発表内容を詰めているところだ。
しかし僕のグループは、川端が明らかに不機嫌で、僕の方を見ようとしないため、空気が重たい。他のメンバーもすごく困惑しているようで、ずっと僕らの顔を窺っている。
(無理もないよな、だってついこの間までレポート一緒に作成していたと思ったら、冷戦状態なんだもん……)
しかも不機嫌の原因は明らかに僕の昨日の言動にあるとしか思えないから、やっぱりここは僕が歩み寄って謝るしかないだろう。
「か、川端。問題提起のところはこれでいいと思う?」
「……いいんじゃねえの」
「あ、えっと……じゃあさ、お祭りの写真、どれがいいかな?」
「……さあ。俺わかんねえや」
僕やメンバーが懸命に話しかけても、終始こんな感じで、取り付く島もない。特に僕に関しては声をかけても目を合わせてもくれないので、余計になすすべがない感じだ。僕と他のメンバーは互いに顔を見合わせ、ため息すらつけないままにその日の授業は終わってしまった。
(こんなんで明後日の本番上手くいくのかな……やっぱ、僕がどうにかしないとだよな……)
頭ではわかっているけれど、学校でも家でもどんよりとした空気に囲まれてなんだか息苦しい。自分が招いてしまったところもないわけじゃないから、余計に気持ちが追い詰められている感じだ。
自分だけわかるように小さくため息をつきながら、グループのレポートをまとめて片付けていると、ふと、手許に川端のレポートが紛れていることに気付いた。返した方がいいかな、と思いつつも、いま声をかけて返事をしてもらえるのかもわからないと思うと、そうすることさえためらってしまう。
ほんの昨日まで当たり前に声をかけて、笑い合っていたはずなのに……ただ少し食い違っただけで、名前すら呼べなくなるなんて。それが、たまらなく苦しくて仕方ないし、すごくモヤモヤする釈然としない気持ちも生まれ始めていた。
結局今日もまた、僕と川端は陽詩たちを迎えにはいくものの、離れて歩いたままだった。数メートルの間隔を開けて、同じ方向に向かって歩く。話しかけるには遠すぎるけれど、振り払ってしまえるほど相手を無視できない。しかも川端の方はただただ不機嫌な顔をしているだけで、僕ばかりがおろおろしている気さえしてきて……モヤモヤした気持ちが募り始めている。
(確かに僕がうっかり言ってしまった言葉がきっかけかもしれないけれど、謝る機会すら与えないほど不機嫌な顔してる方もどうかと思うのだけどな)
そんなモヤモヤを覚えながら学童に辿り着き、陽詩を呼んでもらう。朝はかなり元気がなかったから、学校で少しは気が紛れていたらいいんだけれど。
少し気を揉みながら陽詩が出てくるのを待っていたのだけれど、その心配は別の意味で裏切られてしまった。
「陽詩? それ、どうしたんだ?」
「…………」
「そんな大きな絆創膏……ケガしたのか?」
陽詩は右ひじの所に大きめの絆創膏を貼って、学童の先生ではなく、担任の先生に付き添われるようにして現れたのだ。
担任の先生がいるってことは、学校の時間にケガをしたってことか? でも、どうして……そんな思いがぐるぐるしている中、先生が申し訳なさそうに口を開く。
「伊勢さん、申し訳ありません。今日のお昼休みに、陽詩さんがお友達とキーホルダーのことでケンカになってしまって……。その時にちょっと相手から押されて、転んでしまったんです」
先生の話によれば、言い合いになって、ヒートアップした勢いで押され、その拍子に転んで擦りむいたらしいとのことだった。ケガとしては大したことがないらしいと分かり、ひとまずはホッとする。
先生はそれで帰ってしまったけれど、でも、騒動はそれだけで終わりではなかった。
陽詩はケガをするほどの友達とのケンカなんて初めてだから、ショックを受けているのか、朝以上に元気がない。しょんぼりとうな垂れて、涙目になっている。僕は陽詩を外に連れ出し、改めて話を聞こうと思った。
「そっか、痛かったな。もうだいじょうぶ?」
「……だいじょうぶじゃない。だって、蒼くんがイヤって言ったんだもん」
「え、なんで……」
「ひなとお揃いのキーホルダーなんてイヤだって言ったんだもん」
しゃがんで慰めようと頭を撫でていると、思ってもなかったことを陽詩が口にし、僕は凍り付く。まさかのケガの原因が蒼くんになるなんて思いもしなかったからだ。
友達同士のケンカなんて、よくある話だとは思う。まだまだ小一だし、話し合いより手が出ることもあるだろうから。
でも今回の相手は、陽詩と一番仲がいい、しかも彼氏だと本人たちが言っている蒼くんだと言う。その上陽詩はケガもしている。一体何があったと言うんだろうか。
詳しい話を聞かなきゃ。そう頭ではわかっているはずなのに、涙目でうな垂れる陽詩の姿を見ていると話を聞こうと言う気持ちよりも、蒼くんを許せないと言う気持ちの方が一気に膨らんでいく。
そんな脳裏に過ぎるのは、僕が七歳の頃に目の当たりにしていた日常の光景――
――ギャアギャア泣くんじゃない! どうして黙ってられないんだ!
――言葉でわからないなら体に覚えさせるしかないだろ!
振りかざされる大きな手と、立ちふさがる大きな影。顔は見えないのに、とても怖いことだけは憶えている。
僕の大事な母さんや陽詩を傷つけることは、絶対に許せない。僕が陽詩を守らなきゃ――そう気づいた時には、陽詩の後ろで川端に連れられた蒼くんをにらみ付けていた。
向けられた視線に気づいた蒼くんはびくりと肩を震わせ、川端にしがみ付くように隠れた。それがまた、僕の神経に障り、苛立ちが煽られて問詰めてしまう。
「……陽詩を傷つけたのか? 陽詩のことを彼女だっていうのに、ケガをさせたのか?」
「えっと、あの……」
「陽詩のことを、大事にしてるんじゃなかったのかよ!!」
陽詩の泣き顔で、我を忘れてしまっていたというのは、言い訳にはならない。僕が取ってしまったのは、全く大人気がない態度だったのだから。
怒りのままに蒼くんの傍に歩み寄ろうとしかけた僕を止めたのは、泣きじゃくる陽詩が引く手と、蒼くんの前に立ちふさがる川端だった。
川端は僕より上背があるし、何よりいつになく怒りを含む空気をまとっているから、見たこともない怖い顔をしていた。
「子どもに向ける態度じゃねえだろ」
「手を挙げたのはそっちだろ! こっちはイヤだって言われた上に、ケガしたんだぞ!」
「だからって子ども相手に大人げないのはどっちだよ」
「大人気ない態度がどう乗って川端に言われたくないよ、昨日からずっと不機嫌でさ。何が気に入らないって言うんだよ」
「それはいま関係ないだろ! いま自分がやったこと謝れよ、委員長!」
「大事な妹傷つけてくる奴なんだから当然だろ! 泣かせておきながら彼氏とか言うな!」
それでもなおにらみ合いは続き、気まずい空気が漂い、陽詩も蒼くんも半泣きになって僕らの腕を引いて止めようとしている。言い合いが聞こえてしまったのか、学童にお迎えに来たらしい他の保護者も遠巻きに見始めていて、一層気まずかった。
蒼くんが本当に陽詩を傷つけたのか、陽詩の涙の理由が何であるのか、知りたいことは何一つわからないまま。だけどもうこれ以上僕と川端が言葉を交わすことは難しく、お互いに顔を反らしていた。
なぜならもう、僕らは友達でも特別でもないからだ。
「……もう蒼には近づくな」
川端が背を向けて呟いた言葉が、くっきりと僕と彼の間に亀裂を入れた音が聞こえた。氷のように冷たい音は、振り返らない川端にも聞こえていたのだろうか。そんなことさえも、彼の顔を見られないからわかるわけもないけれど。
(なんでこんなことになってしまったんだろう。なんでただの友達ですらいられなくなっちゃったんだろう――)
胸が痛い。僕が傷つけられたわけでもないのに、涙が出そうになるほど胸が痛くて苦しい。そっと手をあてても痛くてたまらない。
幼い兄弟のケンカであるはずの出来事が、僕と川端の間に大きな亀裂を入れるほどの影を落としている。言葉にならないぐしゃぐしゃな気持ちに、僕も泣きそうになりながら速足で家路を歩いていった。
無理することはないとは言ったけれど、母さんとも相談して、「具合が悪くなったらすぐに先生に言うこと」と言う約束をして、ひとまず登校させることにした。
いつもなら、蒼くん早く会いたいと言わんばかりに早足や駆け足なのに、今日は足取りが重い。やはりなにかあったんだろうか。
「陽詩、やっぱり昨日何かあったのか?」
学校まであと少しと言う所でそう切り出しては見たものの、陽詩はやはりふるふると首を横に振るばかり。ギュッと僕の手を握り、なんだか悲しげにも見える顔をしている。
やっぱり今日は休ませた方がいいかな……でも僕も母さんもいないし……そう考えている内に、チャイムが鳴り始める。
「ああ、ごめん陽詩。お兄ちゃんも学校行くから。何かあったら先生に言うんだよ」
僕も遅刻ギリギリになりそうなので、慌ててそう陽詩の背中を押し、駆けだす。陽詩がどんな顔をしていたかもろくに見もしないで、背を向けてしまったのだ。
「お兄ちゃん」と、小さな声で呼ばれた気がしたけれど、振り返る余裕もなかった。ごめん、陽詩。帰ったら話聞くから……と、心の中で手を合わせながら、僕は僕の学校へと走って行った。
遅刻ぎりぎりでどうにか滑り込めはしたけれど、今日のようないまひとつ気分が上がらない日に限って川端とのグループワークの授業があったりする。今日は発表までの最後の時間で、各グループ発表内容を詰めているところだ。
しかし僕のグループは、川端が明らかに不機嫌で、僕の方を見ようとしないため、空気が重たい。他のメンバーもすごく困惑しているようで、ずっと僕らの顔を窺っている。
(無理もないよな、だってついこの間までレポート一緒に作成していたと思ったら、冷戦状態なんだもん……)
しかも不機嫌の原因は明らかに僕の昨日の言動にあるとしか思えないから、やっぱりここは僕が歩み寄って謝るしかないだろう。
「か、川端。問題提起のところはこれでいいと思う?」
「……いいんじゃねえの」
「あ、えっと……じゃあさ、お祭りの写真、どれがいいかな?」
「……さあ。俺わかんねえや」
僕やメンバーが懸命に話しかけても、終始こんな感じで、取り付く島もない。特に僕に関しては声をかけても目を合わせてもくれないので、余計になすすべがない感じだ。僕と他のメンバーは互いに顔を見合わせ、ため息すらつけないままにその日の授業は終わってしまった。
(こんなんで明後日の本番上手くいくのかな……やっぱ、僕がどうにかしないとだよな……)
頭ではわかっているけれど、学校でも家でもどんよりとした空気に囲まれてなんだか息苦しい。自分が招いてしまったところもないわけじゃないから、余計に気持ちが追い詰められている感じだ。
自分だけわかるように小さくため息をつきながら、グループのレポートをまとめて片付けていると、ふと、手許に川端のレポートが紛れていることに気付いた。返した方がいいかな、と思いつつも、いま声をかけて返事をしてもらえるのかもわからないと思うと、そうすることさえためらってしまう。
ほんの昨日まで当たり前に声をかけて、笑い合っていたはずなのに……ただ少し食い違っただけで、名前すら呼べなくなるなんて。それが、たまらなく苦しくて仕方ないし、すごくモヤモヤする釈然としない気持ちも生まれ始めていた。
結局今日もまた、僕と川端は陽詩たちを迎えにはいくものの、離れて歩いたままだった。数メートルの間隔を開けて、同じ方向に向かって歩く。話しかけるには遠すぎるけれど、振り払ってしまえるほど相手を無視できない。しかも川端の方はただただ不機嫌な顔をしているだけで、僕ばかりがおろおろしている気さえしてきて……モヤモヤした気持ちが募り始めている。
(確かに僕がうっかり言ってしまった言葉がきっかけかもしれないけれど、謝る機会すら与えないほど不機嫌な顔してる方もどうかと思うのだけどな)
そんなモヤモヤを覚えながら学童に辿り着き、陽詩を呼んでもらう。朝はかなり元気がなかったから、学校で少しは気が紛れていたらいいんだけれど。
少し気を揉みながら陽詩が出てくるのを待っていたのだけれど、その心配は別の意味で裏切られてしまった。
「陽詩? それ、どうしたんだ?」
「…………」
「そんな大きな絆創膏……ケガしたのか?」
陽詩は右ひじの所に大きめの絆創膏を貼って、学童の先生ではなく、担任の先生に付き添われるようにして現れたのだ。
担任の先生がいるってことは、学校の時間にケガをしたってことか? でも、どうして……そんな思いがぐるぐるしている中、先生が申し訳なさそうに口を開く。
「伊勢さん、申し訳ありません。今日のお昼休みに、陽詩さんがお友達とキーホルダーのことでケンカになってしまって……。その時にちょっと相手から押されて、転んでしまったんです」
先生の話によれば、言い合いになって、ヒートアップした勢いで押され、その拍子に転んで擦りむいたらしいとのことだった。ケガとしては大したことがないらしいと分かり、ひとまずはホッとする。
先生はそれで帰ってしまったけれど、でも、騒動はそれだけで終わりではなかった。
陽詩はケガをするほどの友達とのケンカなんて初めてだから、ショックを受けているのか、朝以上に元気がない。しょんぼりとうな垂れて、涙目になっている。僕は陽詩を外に連れ出し、改めて話を聞こうと思った。
「そっか、痛かったな。もうだいじょうぶ?」
「……だいじょうぶじゃない。だって、蒼くんがイヤって言ったんだもん」
「え、なんで……」
「ひなとお揃いのキーホルダーなんてイヤだって言ったんだもん」
しゃがんで慰めようと頭を撫でていると、思ってもなかったことを陽詩が口にし、僕は凍り付く。まさかのケガの原因が蒼くんになるなんて思いもしなかったからだ。
友達同士のケンカなんて、よくある話だとは思う。まだまだ小一だし、話し合いより手が出ることもあるだろうから。
でも今回の相手は、陽詩と一番仲がいい、しかも彼氏だと本人たちが言っている蒼くんだと言う。その上陽詩はケガもしている。一体何があったと言うんだろうか。
詳しい話を聞かなきゃ。そう頭ではわかっているはずなのに、涙目でうな垂れる陽詩の姿を見ていると話を聞こうと言う気持ちよりも、蒼くんを許せないと言う気持ちの方が一気に膨らんでいく。
そんな脳裏に過ぎるのは、僕が七歳の頃に目の当たりにしていた日常の光景――
――ギャアギャア泣くんじゃない! どうして黙ってられないんだ!
――言葉でわからないなら体に覚えさせるしかないだろ!
振りかざされる大きな手と、立ちふさがる大きな影。顔は見えないのに、とても怖いことだけは憶えている。
僕の大事な母さんや陽詩を傷つけることは、絶対に許せない。僕が陽詩を守らなきゃ――そう気づいた時には、陽詩の後ろで川端に連れられた蒼くんをにらみ付けていた。
向けられた視線に気づいた蒼くんはびくりと肩を震わせ、川端にしがみ付くように隠れた。それがまた、僕の神経に障り、苛立ちが煽られて問詰めてしまう。
「……陽詩を傷つけたのか? 陽詩のことを彼女だっていうのに、ケガをさせたのか?」
「えっと、あの……」
「陽詩のことを、大事にしてるんじゃなかったのかよ!!」
陽詩の泣き顔で、我を忘れてしまっていたというのは、言い訳にはならない。僕が取ってしまったのは、全く大人気がない態度だったのだから。
怒りのままに蒼くんの傍に歩み寄ろうとしかけた僕を止めたのは、泣きじゃくる陽詩が引く手と、蒼くんの前に立ちふさがる川端だった。
川端は僕より上背があるし、何よりいつになく怒りを含む空気をまとっているから、見たこともない怖い顔をしていた。
「子どもに向ける態度じゃねえだろ」
「手を挙げたのはそっちだろ! こっちはイヤだって言われた上に、ケガしたんだぞ!」
「だからって子ども相手に大人げないのはどっちだよ」
「大人気ない態度がどう乗って川端に言われたくないよ、昨日からずっと不機嫌でさ。何が気に入らないって言うんだよ」
「それはいま関係ないだろ! いま自分がやったこと謝れよ、委員長!」
「大事な妹傷つけてくる奴なんだから当然だろ! 泣かせておきながら彼氏とか言うな!」
それでもなおにらみ合いは続き、気まずい空気が漂い、陽詩も蒼くんも半泣きになって僕らの腕を引いて止めようとしている。言い合いが聞こえてしまったのか、学童にお迎えに来たらしい他の保護者も遠巻きに見始めていて、一層気まずかった。
蒼くんが本当に陽詩を傷つけたのか、陽詩の涙の理由が何であるのか、知りたいことは何一つわからないまま。だけどもうこれ以上僕と川端が言葉を交わすことは難しく、お互いに顔を反らしていた。
なぜならもう、僕らは友達でも特別でもないからだ。
「……もう蒼には近づくな」
川端が背を向けて呟いた言葉が、くっきりと僕と彼の間に亀裂を入れた音が聞こえた。氷のように冷たい音は、振り返らない川端にも聞こえていたのだろうか。そんなことさえも、彼の顔を見られないからわかるわけもないけれど。
(なんでこんなことになってしまったんだろう。なんでただの友達ですらいられなくなっちゃったんだろう――)
胸が痛い。僕が傷つけられたわけでもないのに、涙が出そうになるほど胸が痛くて苦しい。そっと手をあてても痛くてたまらない。
幼い兄弟のケンカであるはずの出来事が、僕と川端の間に大きな亀裂を入れるほどの影を落としている。言葉にならないぐしゃぐしゃな気持ちに、僕も泣きそうになりながら速足で家路を歩いていった。



