グループワークのまとめは、結局その日の放課後に教室に残ってやることにした。図書室が一番いいんだけれど、会話するのに気が引けるからだ。
その代わり川端がそれぞれのレポートをタブレットに取り込んでくれたのでまとめやすくなり、それをさらにグループの意見としてまとめようということになった。
「川端と伊勢、いつのまにこんな完璧なレポート作ってたんだよー」
「もう私らのいらなくない? 二人の見て発表すればいいじゃん」
「そういうわけにはいかないよ。グループのみんなの意見をまとめるって言うのがグループワークの目的なんだからさ」
「そーだぞ。だから拗ねてないでお前らも意見出せって」
僕らのレポートを見て勝手に自分たちの役割を放棄しかけるメンバーに、僕と川端でなだめてかじ取りをする。いくらなんでもこのままではグループワークとして手を抜き過ぎてるだろう。
でも二人は顔を見合わせて、なんだか含みのある様な目を向けてくる。
「なに?」
「いやぁ、いつの間にそんな仲良くなったのかなぁって思って。だって前なんか、朝一緒のタイミングで教室来ただけで伊勢くんイラッとしてたじゃん」
「そ、そんなことないよ」
そんなに僕が露骨に川端を嫌っていただろか……と、いまさらに不安になって来てしまい、そっと川端の方を窺う。川端は川端で、怒ったり不機嫌になっている感じではなく、「あー、そうかも」なんて納得してるのだから始末が悪い。
「そこは、そんなことないよ、だろ、川端」
「えー、でも俺が直に委員長の機嫌の影響受けてるから」
「なんでそんな人をお天気屋みたいに言うんだよ」
「お天気屋って言うか、なんかこう、委員長が機嫌良いと俺も嬉しい、っていう影響みたいな感じかな」
ニコニコと機嫌よく、僕の顔を見てそんなことをさらりと言うものだから、どうリアクションをすればいいのかがわからなくなって固まってしまう。僕もだけれどほかのメンバーもぽかんとしている。だってそれではまるで僕が川端の特別だ、と言っているようなもんじゃないかと思ってしまったからだ。
今日室内の空気が、温度が、なんだか一気に跳ねあがっていく気がした。だから僕は頬が赤くなっていきそうで焦ってしまい、つい、口を滑らせた。
「な、何言ってんだよ!! バッカじゃないの、このブラコン川端!!」
特別って思っていいのか、それにどんな意味があるのか、聞きたいことはいっぱいある。でも、口をついて出たのは、そういうことを言葉にすることを放棄するような真逆の言葉。しかも、川端が僕以外の誰にも言っていないことを悪い形で言ってしまったのだ。
それまでこの場にいるだけで体温まで上がりそうなほどの空気を感じていたのに、それが一気に凍り付くのを感じた。
あ、失敗した。この言葉は言っちゃいけなかった――そう気付いた時には、今日室内の空気はエアコンが効いている以上に冷えてしまっていたのだ。みるみる血の気が引いていく僕をよそに、川端の顔が曇っていく。
「……ああ、そうだよ。バカでブラコンで悪かったな」
冷え切った空気をどうにかしなくては、と誰もが思っていたその時、それを振り払うかのように川端が呟いた。低く小さな、しかしはっきりとした声で。
川端の言葉でいよいよ空気は凍り付いてしまい、それからどうやってグループワークの作業をしたのか憶えていない。夏なのに、暑さが恋しくなるほど冷え切った空気をどうやって拭ったり打開したりしたのかわからないまま、僕は気付いたら陽詩を迎えに向かう道をひとりで歩いていた。
いつもなら川端が隣にいてダラダラと色々と喋っているのに、いま彼は僕から数メートル後ろを歩いている。振り返っていないから、どれぐらい離れているかは正確にはわからないけれど、微かに気配と、視線のようなものを感じることはできるからだ。
川端は何も言わないし、僕からもどう声をかけていいかわからない。ただ黙々と、二人縦に並んで歩いているだけだ。
(川端、怒ってるよね……)
いつも笑っていて愛想が良くて、気遣い屋で。そんな彼が初めて露わにした怒りのような感情を前に、僕は振舞えばいいかがわからない。
謝るべきだろうな、とは思う。でもそれが出来る可能性があるのなら、もうとっくにやっていると思う。いまの川端には、他人を近づけさせる空気を感じられないから、振り返って声をかけることさえためらわれる。
どうしよう、何か言った方がいいんだろうけれど何を言えばいいかわからない――そんなことを悶々と考えている内に、僕と川端は陽詩達の小学校の門をくぐっていた。
「伊勢です、迎えに来ました」
学童の先生に声をかけ、いつも通り陽詩を呼んできてもらう。川端も少し後に学童の建物の中に入ってきて、蒼くんを呼んでもらっている。でも僕らは待っている間、言葉を交わすことはなかった。ただじっと、お互いにそっぽを向いて目を合わせないようにしていた。
「はーい、お待たせしましたぁ」
いつもなら、「お兄ちゃん、おかえり!」と、元気よく出迎えてくれるのに、その声がない。先生から声をかけてくるなんて珍しいな……と思いながら振り返ると、いつになく元気がない陽詩がしょんぼりと立っていた。表情も何だか今にも泣きだしそうな顔をしていて、胸がぎゅっと切なくなる。
それでも僕は、努めて明るく声をかける。
「ただいま、陽詩」
「……おかえり」
「遅くなってごめん。帰ろうか」
いつもならここで、「蒼くんも一緒に帰る!」と言うのに、何も言わずに靴を履き替えに行ってしまった。まるで僕と川端の気まずさを知っているかのような様子に、なんだか妙にそわそわしてしまう。
だけど同時に、少しホッとしてもいた。もし今日蒼くんといつものように遊んで帰るとか言われても、僕に応じる余裕があるかわからないからだ。
(それに川端も、付き合ってくれる気がしないし……)
川端と同じ空間にいることが何となく気まずくて、陽詩の元気がないのを口実に、僕は足早に学童をあとにした。川端にも蒼くんにも挨拶もしないで、陽詩の手を牽く。蒼くんがどんな様子だったのかまでは気にかけてられなかった。
しばらく黙々と歩いていく内に、やはり陽詩の様子が気になって、そっと歩く速度を緩めながら顔を覗き込んでみる。やっぱり、元気のない顔をしている。
「陽詩、今日なんかあったのか? ずっとしょんぼりしてるし。お腹空いたとか?」
できる限り明るく聞いてみたけれど、陽詩の顔はにこりともしない。ただふるふると首を横に振るだけだ。こうなってくるといよいよ何があったのかが気になってしまう。
だけど、あれこれ聞いたところで素直に話してくれるだろうか。いつもの出迎えすらなかったくらいに元気がないんだから、よっぽどのことがあったとしか思えない。
でも、どうやって聞き出そう……と、内心ちょっと途方に暮れていた時、「……ひなのこと、嫌いなのかな」と、陽詩が小さな声で呟いた。
陽詩の傍らにしゃがみ込み、目線を合わせつつ尋ねようとしてみると、たちまちに陽詩の目から大粒の涙があふれてくる。瞬きをして泣くまいとしているのか、それでも涙はどんどんあふれやがて頬を伝っていく。ぐっと唇をかみしめて、まるで大人のように泣き声をかみ殺している様子が、あまりにも痛々しい。
「陽詩、何があったの?」
そう尋ねた時、丸くてクリッとした目いっぱいに涙を浮かべた陽詩が、突進するように僕に抱き着いてきた。体当たりに近いそれで僕はしりもちをついてしまったんだけれど、それよりも何より、陽詩が声もなく泣き始めたことに驚きを隠せなかった。
「陽詩? ちょ……だいじょうぶ?」
情けなくおろおろと尋ねる僕に、陽詩はふるふると首を振り、顔を僕の肩に押し付けるようにしている。肩にはじんわりと熱いものが染み入ってきて、陽詩の涙を感じた。
一体何がそんなに陽詩を悲しませているのか――戸惑いが隠せない中、脳裏に過ぎるのはいつも一緒にいるはずの蒼くんの姿が、帰り際になかったことだ。
(まさか、蒼くんケンカとか?)
そして同時に過ぎるのは、僕と川端の気まずくぎくしゃくとした空気だ。
二つの出来事は別々に起こっているはずなのに、同じくらいの気づまりを覚えるのはどうしてなんだろう。
胸の中にイヤな冷たさを感じながらも、なすすべがない僕はただ泣きじゃくる陽詩を抱きしめるしかなかった。
その代わり川端がそれぞれのレポートをタブレットに取り込んでくれたのでまとめやすくなり、それをさらにグループの意見としてまとめようということになった。
「川端と伊勢、いつのまにこんな完璧なレポート作ってたんだよー」
「もう私らのいらなくない? 二人の見て発表すればいいじゃん」
「そういうわけにはいかないよ。グループのみんなの意見をまとめるって言うのがグループワークの目的なんだからさ」
「そーだぞ。だから拗ねてないでお前らも意見出せって」
僕らのレポートを見て勝手に自分たちの役割を放棄しかけるメンバーに、僕と川端でなだめてかじ取りをする。いくらなんでもこのままではグループワークとして手を抜き過ぎてるだろう。
でも二人は顔を見合わせて、なんだか含みのある様な目を向けてくる。
「なに?」
「いやぁ、いつの間にそんな仲良くなったのかなぁって思って。だって前なんか、朝一緒のタイミングで教室来ただけで伊勢くんイラッとしてたじゃん」
「そ、そんなことないよ」
そんなに僕が露骨に川端を嫌っていただろか……と、いまさらに不安になって来てしまい、そっと川端の方を窺う。川端は川端で、怒ったり不機嫌になっている感じではなく、「あー、そうかも」なんて納得してるのだから始末が悪い。
「そこは、そんなことないよ、だろ、川端」
「えー、でも俺が直に委員長の機嫌の影響受けてるから」
「なんでそんな人をお天気屋みたいに言うんだよ」
「お天気屋って言うか、なんかこう、委員長が機嫌良いと俺も嬉しい、っていう影響みたいな感じかな」
ニコニコと機嫌よく、僕の顔を見てそんなことをさらりと言うものだから、どうリアクションをすればいいのかがわからなくなって固まってしまう。僕もだけれどほかのメンバーもぽかんとしている。だってそれではまるで僕が川端の特別だ、と言っているようなもんじゃないかと思ってしまったからだ。
今日室内の空気が、温度が、なんだか一気に跳ねあがっていく気がした。だから僕は頬が赤くなっていきそうで焦ってしまい、つい、口を滑らせた。
「な、何言ってんだよ!! バッカじゃないの、このブラコン川端!!」
特別って思っていいのか、それにどんな意味があるのか、聞きたいことはいっぱいある。でも、口をついて出たのは、そういうことを言葉にすることを放棄するような真逆の言葉。しかも、川端が僕以外の誰にも言っていないことを悪い形で言ってしまったのだ。
それまでこの場にいるだけで体温まで上がりそうなほどの空気を感じていたのに、それが一気に凍り付くのを感じた。
あ、失敗した。この言葉は言っちゃいけなかった――そう気付いた時には、今日室内の空気はエアコンが効いている以上に冷えてしまっていたのだ。みるみる血の気が引いていく僕をよそに、川端の顔が曇っていく。
「……ああ、そうだよ。バカでブラコンで悪かったな」
冷え切った空気をどうにかしなくては、と誰もが思っていたその時、それを振り払うかのように川端が呟いた。低く小さな、しかしはっきりとした声で。
川端の言葉でいよいよ空気は凍り付いてしまい、それからどうやってグループワークの作業をしたのか憶えていない。夏なのに、暑さが恋しくなるほど冷え切った空気をどうやって拭ったり打開したりしたのかわからないまま、僕は気付いたら陽詩を迎えに向かう道をひとりで歩いていた。
いつもなら川端が隣にいてダラダラと色々と喋っているのに、いま彼は僕から数メートル後ろを歩いている。振り返っていないから、どれぐらい離れているかは正確にはわからないけれど、微かに気配と、視線のようなものを感じることはできるからだ。
川端は何も言わないし、僕からもどう声をかけていいかわからない。ただ黙々と、二人縦に並んで歩いているだけだ。
(川端、怒ってるよね……)
いつも笑っていて愛想が良くて、気遣い屋で。そんな彼が初めて露わにした怒りのような感情を前に、僕は振舞えばいいかがわからない。
謝るべきだろうな、とは思う。でもそれが出来る可能性があるのなら、もうとっくにやっていると思う。いまの川端には、他人を近づけさせる空気を感じられないから、振り返って声をかけることさえためらわれる。
どうしよう、何か言った方がいいんだろうけれど何を言えばいいかわからない――そんなことを悶々と考えている内に、僕と川端は陽詩達の小学校の門をくぐっていた。
「伊勢です、迎えに来ました」
学童の先生に声をかけ、いつも通り陽詩を呼んできてもらう。川端も少し後に学童の建物の中に入ってきて、蒼くんを呼んでもらっている。でも僕らは待っている間、言葉を交わすことはなかった。ただじっと、お互いにそっぽを向いて目を合わせないようにしていた。
「はーい、お待たせしましたぁ」
いつもなら、「お兄ちゃん、おかえり!」と、元気よく出迎えてくれるのに、その声がない。先生から声をかけてくるなんて珍しいな……と思いながら振り返ると、いつになく元気がない陽詩がしょんぼりと立っていた。表情も何だか今にも泣きだしそうな顔をしていて、胸がぎゅっと切なくなる。
それでも僕は、努めて明るく声をかける。
「ただいま、陽詩」
「……おかえり」
「遅くなってごめん。帰ろうか」
いつもならここで、「蒼くんも一緒に帰る!」と言うのに、何も言わずに靴を履き替えに行ってしまった。まるで僕と川端の気まずさを知っているかのような様子に、なんだか妙にそわそわしてしまう。
だけど同時に、少しホッとしてもいた。もし今日蒼くんといつものように遊んで帰るとか言われても、僕に応じる余裕があるかわからないからだ。
(それに川端も、付き合ってくれる気がしないし……)
川端と同じ空間にいることが何となく気まずくて、陽詩の元気がないのを口実に、僕は足早に学童をあとにした。川端にも蒼くんにも挨拶もしないで、陽詩の手を牽く。蒼くんがどんな様子だったのかまでは気にかけてられなかった。
しばらく黙々と歩いていく内に、やはり陽詩の様子が気になって、そっと歩く速度を緩めながら顔を覗き込んでみる。やっぱり、元気のない顔をしている。
「陽詩、今日なんかあったのか? ずっとしょんぼりしてるし。お腹空いたとか?」
できる限り明るく聞いてみたけれど、陽詩の顔はにこりともしない。ただふるふると首を横に振るだけだ。こうなってくるといよいよ何があったのかが気になってしまう。
だけど、あれこれ聞いたところで素直に話してくれるだろうか。いつもの出迎えすらなかったくらいに元気がないんだから、よっぽどのことがあったとしか思えない。
でも、どうやって聞き出そう……と、内心ちょっと途方に暮れていた時、「……ひなのこと、嫌いなのかな」と、陽詩が小さな声で呟いた。
陽詩の傍らにしゃがみ込み、目線を合わせつつ尋ねようとしてみると、たちまちに陽詩の目から大粒の涙があふれてくる。瞬きをして泣くまいとしているのか、それでも涙はどんどんあふれやがて頬を伝っていく。ぐっと唇をかみしめて、まるで大人のように泣き声をかみ殺している様子が、あまりにも痛々しい。
「陽詩、何があったの?」
そう尋ねた時、丸くてクリッとした目いっぱいに涙を浮かべた陽詩が、突進するように僕に抱き着いてきた。体当たりに近いそれで僕はしりもちをついてしまったんだけれど、それよりも何より、陽詩が声もなく泣き始めたことに驚きを隠せなかった。
「陽詩? ちょ……だいじょうぶ?」
情けなくおろおろと尋ねる僕に、陽詩はふるふると首を振り、顔を僕の肩に押し付けるようにしている。肩にはじんわりと熱いものが染み入ってきて、陽詩の涙を感じた。
一体何がそんなに陽詩を悲しませているのか――戸惑いが隠せない中、脳裏に過ぎるのはいつも一緒にいるはずの蒼くんの姿が、帰り際になかったことだ。
(まさか、蒼くんケンカとか?)
そして同時に過ぎるのは、僕と川端の気まずくぎくしゃくとした空気だ。
二つの出来事は別々に起こっているはずなのに、同じくらいの気づまりを覚えるのはどうしてなんだろう。
胸の中にイヤな冷たさを感じながらも、なすすべがない僕はただ泣きじゃくる陽詩を抱きしめるしかなかった。



