【完結】僕の恋のスイッチを入れたのは、妹の彼氏の兄でした

 川端(と、蒼くん)と遊園地に出掛けてから数日の間、陽詩のテンションはすごく高かった。学校以外で初めて丸一日蒼くんと一緒にいられたことも、アトラクションで遊べたことも嬉しかったからだろうけれど、極めつけはやはりお土産だろう。

「うふふー、かわいいなぁ」
「陽詩、キーホルダーはちゃんとランドセルに付けておきな。歩きながら見てたら落としちゃうよ」

 僕に言われて、陽詩は少し渋々といった様子でキーホルダーを手渡してくる。金具は硬いので僕が付けてやるしかないのだ。
 陽詩があの日からずっと気に入って、文字通り肌身離さず持っているキーホルダーは、遊園地のゆるキャラのウサギのものだ。
 ただそれだけであれば、きっとこんなにいつも手にしていようとはしないだろう。可愛くはあるけれど、それだけだから。

「ひな、このキーホルダーすっごく好き! かわいいし、おしゃれだし、それに……」
「蒼くんとお揃いだから、だろ」

 僕が先回りして口にした言葉に、陽詩は嬉しそうに蕩けた顔をしてうなずく。
 そう、キーホルダーは蒼くんとお揃いで買ってやったもので、これは二人にとって初めてのお揃いアイテムになるらしい。だからあの日からずっと触ったり眺めたりしてはニコニコとしあわせそうにしている。
 キーホルダーひとつでこんなに喜んでくれるなんて、安いもんだなと思う反面、やっぱり彼氏と言う存在は大きいのか、とも思ったりもする。兄としてはちょっと複雑な心境だ。

「お兄ちゃんだって、これ気に入ってるからつけてるんでしょ?」

 そう、歩きながら指さされたのは、僕の通学用リュックにぶら下がっている、同じくキーホルダー。陽詩達とは若干デザインが違うけれど、同じ遊園地のキャラクターのウサギのものだ。

「気に入ってるって言うか、まあ……もらったからだよ」
「海翔くんからもらったんだもんねぇ」
「……別に川端にもらったからつけてるわけじゃないよ」
「え~、だってお母さんがこの前大阪で買ってきたやつはつけてないじゃん、たこ焼きのやつ」
「あれは僕のセンスじゃないから」
「じゃあ、海翔くんからのはお兄ちゃんのセンスなの?」

 そう言われてしまうと、どう答えればいいかわからず答えに詰まってしまう。違うと言えば母さんの物もつけろと言われそうだし(あれはちょっと頂けなかったのだ)、そうだと言ってもさらに理由を聞かれる気がする。だって自分でも母さんのがダメで、川端のはいい、という理由がはっきりしてないからだ。

「べつにいいだろ。ほら、遅刻するから急ぐよ」

 明らかに誤魔化した僕に、陽詩は少し腑に落ちていない顔をしていたけれど、ここは気付いていないふりを貫く。時々だけれど、陽詩は僕でさえ気づいていないようなことを、鋭く言い当ててくるようなときがあるからだ。

(こういうのが、女の子の方がしっかりしてる、ってやつなのかな?)

 最初に川端と話した時に、そんなことを言っていたようなのを思い出し、一人苦笑する。確かに、女の子は小さくても油断ならないな、と。
 そう、陽詩は最近油断ならない。なんだかやたらと僕と川端のことを気にするのだ。LIMEでやり取りしてたら、「海翔くんからでしょ」とか言い当ててきたり、送り迎えの時にやたらと僕を川端の近くに連れて行こうとしたり。何かと世話を焼こうとするのだけれど、これも女の子だからなのかはわからない。

「あ、蒼くんと海翔くんだ! おはよー!」

 そんなことを考えている内に学校の門の近くにつき、川端たちにも会った。陽詩が手を振ると蒼くんも手を振り、二人は早速楽しげにお喋りを始めるいつもの朝だ。
 特に待ち合わせをしているわけではないけれど、毎朝だいたい同じ時間に川端たちと会うようになっている。だから必然的に僕と川端も一緒に登校することになっている感じだ。

「そろそろグループワークのレポートまとめなきゃだな」
「そうだなー。今日の放課後とか図書室に集まる?」
「ほかのメンバーの予定も聞いてから決めるか」
「てか、川端はどれくらいまとめられた?」
「この前言ってた祭りの歴史みたいなのはまとめられた。あとは、問題点の整理があいつらできてるかなー」

 LIMEでやり取りすることも多いせいか、僕と川端はお互いのレポートの出来具合を割と把握している。だからすり合わせをしつつ他のメンバーのものとまとめなきゃだな、って話を、こういう行き帰りの道を歩きながらすることが多い。朝は遅刻ギリギリだから速足が多いけれど、放課後はちょっとだけコンビニに寄ったりして買い食いをしながら、ということもある。
 今朝はどちらも少しだけ時間に余裕があったせいか、割とゆっくり目に歩きながら話している。

「そういえば、陽詩があのキーホルダーすごく気に入ってるよ」
「ああ、ランドセルにもつけてたよな」

 なんか嬉しいな、と言いながら微笑む川端に釣られるように、僕も笑みを返す。
 僕らは一応、陽詩と蒼くんの交際(と言っていいのかはわからないけれど)を阻止するために協定を結んでいる仲のはずだ。お互いの弟妹を見張っておくために。
 だからこうして朝夕の送り迎えで一緒になることも多いし、時には一緒に遊ぶというのでそれに付き添ったりもする。それは当然のことで、特に違和感はない。
 でも時々ふと、自分と川端の立場を忘れそうになる。例えば、こうやって一緒に登校したりしている時や、言葉を交わして笑い合ってる時なんかに。あれ? 僕らって友達? それとも……? と、立ち止まりそうになる。

「あ! やべぇ、俺今日英語の予習してきてない! 委員長やってる?」
「やってはいるけど……また写そうって思ってる?」
「頼むよー。委員長の和訳ってアプリとかでするより自然で読みやすいんだもん」
「……そうやっておだててもダメだよ。もう三回目なんだから」
「そう言わずに! な! 帰りにアイス奢るから!」
「……一個?」
「二個でいい! ひなちゃんにもあげればいいじゃん!」

 陽詩のことを駆け引きのテーブルに出されると、僕の心がぐらつくのを最近川端は巧みに利用してくる。そうやって英語の和訳だとか、古典の口語訳だとか、数学の問題集の答えだとかを教えてくれと言うのだ。調子が良くて本当にチャラいな……と思うし、呆れもしてるんだけれど、いやとは言えないのはどうしてなのか。

「わかったよ。ブルーアイスとチョコもなかで」

 ため息交じりに問う答えると、「やったー! ありがと、委員長! さっすがぁ!」と叫ぶように両手を上げ、そして思い切り抱き着いてくる。ギュッと迫る川端の体からはふわりとさわやかな香水のような匂いがした。
 香水なんてつけるんだ……。そんな色っぽい習慣に気付かされてドキリとし、そして同時に感じる服越しの体温に鼓動が煽られるように速くなっていく。だから慌てて突き放す。

「な、なにしてんだよ! 放せよ暑苦しい!」
「えー、もう、委員長ったらつれないんだからぁ」
「……ホント調子いいよな、川端は。陽詩のことを出せば通用すると思ってない?」
「そ、そんなことは……ある、かも?」
「かも? じゃないんだよ! 見せてやらないぞ」

 軽くにらみながら僕が言うと、川端は大袈裟に悲鳴のような声を上げる。その様子がおかしくてつい笑ってしまい、「うるさいなぁ、見せてやるよ」と、僕が苦笑すると、わかりやすく嬉しそうな顔をする。
もしシッポなんかがあったら、きっとちぎれんばかりに振っているんじゃないだろうか。そんな想像をして、うっかり犬耳が生えている川端の姿を思い浮かべて吹き出してしまう。

「ぶはっ」
「え、何委員長一人で笑ってんの? 俺なんかした?」
「いや……してない、けどしたかも……っふふふ」

 何それ、と川端は苦笑し、その内僕と一緒に笑いだす。こういう、なんてことがない時間を分かち合うことが、最近増えている。協定を結んだ仲だとかそういうのがわからなく曖昧になっていくような、不思議な関係になっている気がする。
 友達が出来ていく瞬間にも似ているけれど、川端とのそういう時間は、なんだか少し違う。ほんの少しだけ、甘いのだ。それはまるで、あの遊園地で奢ってもらったジュースのひんやりと薄く甘い味のように。
 知っているようで知らないその甘さは、いつも川端といる時に感じる。それがすごく不思議で、僕の中で特別になりつつあった。