【完結】僕の恋のスイッチを入れたのは、妹の彼氏の兄でした

「わー! 美味しそう!」
「いっぱいあるから遠慮しないで食べなー」
「デザートにはひなが作ったクッキーもあるよ、蒼くん」
「わぁい! やったぁ!」

 色々とアトラクションを楽しんだ頃にお昼となり、園内の休憩スペースで川端が持ってきてくれた弁当とひなたが作ったお菓子を広げる。弁当はとても豪華で、おにぎりに唐揚げにポテト、ニンジンのグラッセなど色取りも良くて本当に美味しそうだ。
 いただきますをし、銘々おにぎりや唐揚げを手にして頬張る。「美味しい!」と、僕と陽詩で声を揃えるほどおいしいそれに感激していると、川端が何故だか顔を真っ赤にしつつも何だかほっとしたような顔をしている。

「川端? どうしたの?」
「……いや、美味いんだったら、いいよ」
「うん。唐揚げもおにぎりも卵焼きもすごい美味しい。おかあさんにお礼を……」

 恵美さんも仕事があるだろうに大変だっただろうな、と思いながらそう言いかえた時、蒼くんが、「今日の弁当は兄ちゃんが作ったんだよ!」と、言い出したのだ。まるで蒼くんが作ったかのように誇らしげに言うものだから、僕も陽詩も目を丸くして驚いていた。

「え、じゃあ、これ全部? 川端が、一人で?」
「母さんは朝から店に出なきゃだからな。俺が作るしかないじゃん」
「マジで? すごいじゃんか!」
「全然だよ。おにぎりも唐揚げも卵焼きも店で買ってきたもんだし。作ったのはニンジンのやつだけ」
「いや、それでもすごいよ!」

 しかもどう見ても唐揚げは冷凍とは思えないし、グラッセだってすごく美味しい。盛り付けだってすごくきれいだ。

「すごいなぁ……僕、全然料理できないから、本当に尊敬する」
「べ、べつに、大したことねーし……」

 照れ臭そうに苦笑し、川端は唐揚げを頬張り、おにぎりを手に取る。黙々とそれらを口に運んでいるあたり、きっと嬉しいけど恥ずかしいのかもしれない。
 誰にでもやさしく気づかいが出来て、その上こんなに美味しいものを用意してくれる。こんなお兄ちゃんなら、陽詩ももっと喜んでくれるんだろうか。美味しいご飯も食べさせられるし、きっとやさしいだろうし。

(でも僕は、同じお兄ちゃんなのにこれと言って取り柄がないよな……。川端に比べたら恋愛の相談とかしにくい感じだとか、頼りないとか……そういのがあるからこんなに早く彼氏作ったりしたのかな……)

 不意に過ぎる不安に、折角の楽しい時間に影が差しそうになる。目の前でニコニコと美味しそうにおにぎりを頬張っている陽詩の笑顔が、まっすぐに見られない。情けない兄なんだなと痛感させられるからだ。

「すごいな、川端は。すごいお兄ちゃんだ」

 思わずそう呟いてうつむき、手許のおにぎりに目を落としていると、視界にデザートのウサギのリンゴが顔を覗かせる。視線を上げると、川端がそれを差し出している。やっぱり、赤い顔をしたままで。

「委員長だってすげえ兄ちゃんじゃん。勉強すげーできるし、可愛い髪型とかできるし。あと、今日だって遊園地の中で蒼たちのこと、さり気なく混んでるのから守ってくれてたし」
「それは別に大したことじゃ……」

 思いがけない誉め言葉のオンパレードに、今度は僕の顔が熱くなっていく。普段滅多に褒められないのに、川端といる時はやたらと褒められる気がする。この前のご飯の時だって、いまだって、川端はいつでも僕に嬉しい言葉をくれるのだ。照れ臭くて恥ずかしくて、顔がどんどん赤くなっていくのが止まらない。

「よく見てるな……」
「当たり前だろ、委員長はずっと俺の特別なんだから」

 川端はふわりと笑ってそう言い、まっすぐに僕を見つめてくる。
 特別という言葉に、向けられる眼差しに胸が跳ねるように音を立て、僕は思わず胸を抑える。川端と関わることが増え、LIMEを交換したりした辺りから何となく感じていたものを、彼自ら示してくるなんて思わなかったからだ。
 以前もウザ絡みをしてきてはいたけれど、そういうのじゃない接し方をするようになってからの川端は、それまでの印象とはまるで違うことを最近知った。チャラいようでいて真面目で、優しくて、気づかいが出来て。僕はそんな彼の特別だって言われるのは、どういう意味でなんだろうか。

「か、川端。その特別ってどういう意味――」
「兄ちゃん、喉乾いたからなんか買ってきていい?」

 見つめ合う形になっていた僕と川端の空気を蒼くんの言葉が切り替え、ハッと我に返る。もしかしていま、川端と見つめ合ったりしていた? 陽詩と蒼くんが傍にいるのに?
 なんでそんなことを……と、一人ワタワタとしている僕をよそに、川端は蒼くんに小銭を渡し、すぐそこの自販機で買ってくるように促している。陽詩もそれについて行き、思いがけず二人になってしまった。
 ほんのついさっきまで見つめ合っていたりなんかしたせいで、川端の方をまともに見られない。ただ黙っているのも何だか変に意識している気がして気まずくて、何かを放さなきゃと思う。でも、言葉が出てこない。
 それでも川端の様子が気になり、そっと横目で窺うと、川端は僕の方を向いていた。まっすぐに、さっき向けてきた微笑もそのままにして。
 だからなのか、またしても僕の胸が音を立てる。もうこれはきっと川端に聞こえているんじゃないかと言うほどに大きな音で、思わず胸をつかむように抑えたほどだ。

「委員長? どうした?」
「べ、べつに、なにも……」

 川端が見つめてくるから、笑いかけてくるから、心臓がなんか変なんだ。そんなこと言えるわけがない。言えるわけがないけれど、悪いことや嫌なことには思えない。ただいつもよりも、鼓動が速いだけで。

(なんで川端といると、心臓が忙しかったり、特別って言葉にやたら反応しちゃったりするんだろう?)

 自分で自分の中で起きていることがよくわからない。もう十七だし、それなりに色々解ってきているつもりなのに……まだ全然、わからないことだらけだ。
 そういうことって、川端にもあったりするんだろうか。ふと、そんなことを考えてみる。

「なあ、川端」
「うん?」
「川端は、特定の誰かのせいで自分の心の中が良くわからなくなることって、ある?」
「なんかすげームズイこと言うね、委員長。そうだなぁ……あると言えばあるんだけど――」

 川端の方を窺うと、川端は弁当を広げているテーブルに頬杖を突きながらこちらを見ていて、そうしてまた、優しく笑いかけてくる。考えているというよりも、何か僕のことを見透かすような目で、余計に鼓動が速くなる。
 その時ふと、川端が僕を呼んだかと思うと、すっと手を伸ばしてきて、口元の辺りに触れた。

「な、なに!?」
「ご飯粒、着いてる。おにぎりのかな」

 そんなことを言いながら川端が、ごく自然な感じでそのご飯粒を口に入れたのを、僕は目を見開いて見つめていた。止める間もなかったし、本当に当たり前のようにそうされてしまったからだ。驚き過ぎたせいで川端の答えを聞きそびれてしまった。呆気にとられて声も出ない。

「え、ちょ……なにして……」

 友達だから、そうしたんだろうか? 友達って、そこまでするんだったっけ? ぐるぐると頭の中で回る友達の定義に目眩さえ覚えていたけれど、どうしても川端のやったことを咎める気になれなかった。驚きはした、けれど、不快感がなかったからだ。

「委員長、顔真っ赤だけどマジで大丈夫? てかやっぱ、マジでかわいいし」

 大丈夫なわけあるか! かわいいって言うな! と、言い返す気力もなくなってしまうほどに、驚いてしまってやっぱり言葉が出ない。やたらと鼓動が速くドキドキしていて、まともに川端の方に向けない。
 これがチャラい陽キャってやつなのか? なんて、いまになってそんなことを思うのだけれど、そういうことじゃない気も何となくしていた。
 じゃあ、川端の言動は何なのか、どうして僕がやたらとそれに反応してしまうのか。それだけがわからないままに、ただただ僕は、照れと恥ずかしさの入り混じる、一人叫び出したいどうしようもない気持ちを抱え、うずくまりそうになっていた。