【完結】僕の恋のスイッチを入れたのは、妹の彼氏の兄でした

 遊園地に行く日にちを決め、それから川端が弁当を、僕らがお菓子を用意することになった……のだが、そもそもは陽詩が「作りたい!」と突然言い出したのだ。

「作るって、クッキーみたいなのを? お兄ちゃんお菓子は作れないよ。母さんも忙しいし」
「平気! 学校の図書室で誰でも作れるって本借りて来たから!」

 そう言って陽詩が得意げに大判のカラー写真の載った料理の本を取り出してくる。ちらりと見せてもらったけれど、確かに小さな子でも作りやすくわかりやすいものばかりのようだ。

「お願い、ちゃんとお片付けもするから、ひな、作りたいの!」

 手を合わせて拝むようにして頼み込んでくる陽詩に、ダメだとは言えない。何より自分でやりたいということを頭ごなしに否定する理由もないのだから。

「いいよ。じゃあ、火を使うとか、オーブンを使うとか、難しいところはお兄ちゃんがするから、声をかけてね。隣で見ておくから」
「うん! わかった!」

 そうして陽詩は火を使わず、かつ、遊園地にも持っていけそうなレンジで作るクッキーを作ることにした。ホットケーキミックスの粉にバターと砂糖を混ぜ、レンジで焼くだけという簡単さでかわいい形もできる優れモノだ。

「お兄ちゃん、出来たよ!」
「うん、美味しそう。よく頑張ったね」

 そうして陽詩は、粉だらけになりながらも初めてほぼ一人でお菓子を作ることができた。いつもは僕に何でもお任せなのに……と、急に大きくなった気がして、しみじみとしてしまう。
 一つだけ味見をさせてもらったクッキーは、なんだかすごく胸に沁みる味だった。


「はー……なんだか眩しいな、二人が」

 そうして迎えた当日、僕らは駅前で待合せて遊園地へ向かう。バスに乗って席に着くなり早速ニコニコと手を繋いで何かお喋りをしている陽詩と蒼くんの様子を見ていると、そんなおじさんのような事を言う川端の声がした。川端は大きなトートバッグを抱え、眩しいものを見るように陽詩たちを見つめている。

「確かに、僕らより青春してる感じだよな」
「それな。俺らマジで付き人だよ」

 弁当付きだし、と言いながら川端は肩にかけていたトートバッグを指して、「四人分だぜ」と苦笑する。それはさすがに重いだろう、と僕も持つよと言ったのだけれど、川端は首を横に振る。

「蒼たちを見ててやってよ。俺は荷物見てるからさ、バスとか園内ではぐれないようについてやっていて」
「わかった」

 そんな感じで、僕と川端はそれぞれに役割を持ち、ひとまず遊園地へ向かう。遊園地は近隣では結構有名なところで、夢と魔法の国ではないけれど、アトラクションも規模もそれなりに大きなところで、水族館も併設されている。今日の目的地はその遊園地側となる。
 梅雨明け間近な園内は日差しが強かったものの、さすがに休日なので人も多い。家族連れも学生のグループもたくさんいる中、僕らもその中に混じっていく。

「ひなちゃーん! おーい!」
「蒼くーん!」

 アトラクションに乗る時は、基本僕らはお互いの弟妹と乗る。別々のゴンドラに載って手を振り合う陽詩と蒼くんはまるでロミジュリのように熱烈だ。
 メリーゴーランドは穏やかな乗り物なので陽詩と蒼くんだけで乗ることになり、二人は迷わず馬車のゴンドラを選んでいた。そうして並んで座って、手を繋いで嬉しそうに見つめ合っている。

「すっかり二人の世界って感じだな」

 音楽に合わせてゆっくりと回るメリーゴーランドと、その中でたっぷりと二人きりの世界を楽しんでいる陽詩達の姿を見ながら僕が呟くと、「確かに」と、川端も苦笑する。
 お互い、小一と言う年齢で彼氏だ彼女だということが釈然としないのと、本人任せに出来ないということで、二人の様子を見守るというか見張るべく、僕と川端は協定を組んでいる。今日だって二人の監督と言うことで付いて来ているつもりなんだけれど、なんだか余計に二人は盛り上がっている気がする。
 川端はいつの間にか二つジュースを買って来ていて、一つを僕にくれた。お金を払おうとすると、「ジュースくらいいいって」と言われてしまう。

「なんか俺らが付き添うようになってから、余計に二人仲良くなってるよな」
「障壁があると燃えるタイプなのかもね」
「なんだっけ、あれみたいだな。ロミオとジュリエット?」
「同じこと思ってた。でもあれ悲恋だよね」
「マジか。それヤベーな」
「ヤベーよ。だから陽詩には、絶対幸せになって欲しいんだよね、僕」

 悲恋と聞いて過ぎるのは、母さんと父さんのことだ。
 二人の出会いとかそう言うのはあまり聞いたことがないけれど、それでも一度は好き合った関係なんだろうことは、僕の歳にもなればわかる。それなのに父さんは母さんに手をあげ、僕や陽詩にまで手をあげた。そしていろいろもめた上での離婚。これを悲恋と言わないでなんと言えばいいだろう。

「ウチさ、父さんがすごい怖くてさ。母さんがすごく苦労してたから……陽詩にはそうなって欲しくないんだ」
「そっか。そりゃそうだよな。大事な妹が彼氏とかに傷つけられたくねえもんな」
「あ、べつに蒼くんがそうだとかそうなりそうってわけじゃないからな」

 言葉の捉え方によってはそう思われそうな気がして慌てて訂正をすると、川端は「わかってるよ」と、笑い、「委員長がそんなこと言うわけないもん」と、言ってジュースを飲む。そう言ってくれたことで、僕は川端がしっかりと僕の話を聞いてくれた気がした。ホッと息をつき、笑みを返す。

「でも妹に過保護すぎる、とは思ってるだろ、川端も」
「あー……最初はそう思ってたかも。でも、委員長のひなちゃんへの態度は、ちゃんと理由があるんだろうなとは思ってた」
「え、そう?」
「うん。なんかただベタベタに甘やかすとか、逆に口煩いんじゃないんだなってのがさ、やっぱ同じように弟の面倒見てるからわかるっつーか」

 まっすぐに見つめられながらそう言われ、しかもいつになく真面目な表情で、胸がドキリと音を立てる。でもそれだけがドキリとした理由じゃない気がした。そんな風に、僕が陽詩に過保護になっていることを肯定的に言ってくれる人は、初めてだったから。
 母さんでさえも、「あんたは陽詩の心配し過ぎ」と、呆れるくらいなのに、ちゃんと僕の意図を汲んで言い表してくれたのが、すごく嬉しかった。やっぱり、同じような境遇だからだろうか?

「川端だって、ちゃんと蒼くんのこと看てるじゃんか。蒼くんだから、僕は陽詩とああやって一緒にいても安心してられる」

 でもまだ付き合うとかは早いと思うけど、と内心まだドキドキしながら念を押すと、川端は「そうだな」と、うなずきつつ嬉しそうに笑う。「兄弟のこと褒められると、すっげー嬉しいな」と、照れたように言いながら。

「俺ずっと一人っ子でさ。委員長ならわかると思うけど、遊び相手がすっげー欲しくて。で、やっと弟が生まれてさ、嬉しくて……絶対大事にして、誰よりも味方でいようって思ったんだよ」

 まあ現実はちょっと口煩いって言われるけど、と川端は苦笑し、ジュースを飲み干した。甘い吐息がふわりと鼻先を撫でていく。

「いいね、それ。僕も妹だけど、やっぱ一番の味方でいたいと思ってる」
「まあ、いつまでも兄ちゃん、兄ちゃんって言っててくれるわけじゃねえんだろうけどさ」

 いまはまだ小さくて、僕らで解決できることがまだ多い。でもその内、僕らに頼らなくても解決したり、考えていったりしなきゃいけなくなる時が来る。その時まで、僕は陽詩の傍にいたいと思っている。それはきっと、川端も同じ考えなんだろう。

「そうだね……」

 そう、僕が肯いて川端の方を見ると、川端は眩しそうに目を細めて、メリーゴーランドから降りてこちらに向かってくる蒼くんと陽詩を見つめていた。手を繋いでかけてくる二人は本当に嬉しそうで、楽しそうで、今日ここに来られてよかったなと心から思える。
 このひと時が、少しでも長く続くといいのに。そう思ってしまうのは、ただいまがかけがえなく楽しいからとか、陽詩が可愛らしいからとか、それだけの気持ちから来ているんだろうか。

(なんか、それだけじゃない気がするんだよな……もっと僕の深いとこがそういうのを発している感じ、って言うのかな……)

 知ってるようで知らない、初めての感覚に、僕は胸がドキドキしてくる。そっと胸元に手をあてると、いつもより少し鼓動が早い気がした。
 そうしてふと顔を挙げると、川端もちょうどこちらを見ていたのだけれど……その目が、いままで見たことがないやさしくやわらかい眼差しを(はら)んでいたんだ。初めて見るのによく知っているような、懐かしいのに胸が騒ぐ不思議な感覚。
 あたたかでやわらかでやさしいそれは、そっとトスッと僕の中のなにかを射貫いた音がした気がした。

(いまの、何?)

 胸に宛がった手を突き抜けたその感覚に戸惑いながらも、僕はやっぱりそれがイヤではないと思っていた。