【完結】僕の恋のスイッチを入れたのは、妹の彼氏の兄でした

 すっかりごちそうになってお腹いっぱいになり、陽詩も蒼くんといつも以上に遊べたことが嬉しかったらしく、いざ帰ろうとなったら帰りたくないとぐずり始めてしまった。

「今日は蒼くんのおうちお泊りしたい!」

 彼氏の家にお泊り、なんて聞いてすぐ浮かんだのは、「夜に二人きりでエッチなこと……」なんて発想。だから僕は慌てて陽詩を説得に回る。そんなことしないだろうとは思ってはいるけれど、最近の子は早熟だからな。

「だ、ダメだよ陽詩! そんなのお兄ちゃん許さないからな。まだ早い!」
「え~、お泊りしてゲームとかいっぱいしたいのにぃ」
「と、兎に角まだダメ!」

 僕のかたくなな態度についさっきまで機嫌よく笑っていた顔が不機嫌に曇っている。蒼くんも蒼くんで陽詩と離れがたいのか、ぎゅっと手を握って放さない。

「蒼、ひなちゃんとはまた明日遊べるだろ」

 川端も川端で蒼くんを説得しているが、陽詩同様なかなか納得してくれる様子がない。日頃二人ともすごく聞き分けが良くていい子にしている分、今日に限って主張が強くなっているみたいだ。お互いに考えていることがかみ合っていないのかもしれないけれど、兎に角ダメなものはダメだろう。
 玄関先でもう十分はこうしてもめていてなかなか帰れる様子がない。このままでは本当に川端の家に迷惑をかけてしまいそうだ。
 困ったな……と、僕がため息をこっそりついていると、「あら、ひなちゃんたちまだいたのね」と、恵美さんが苦笑しながら顔を覗かせる。

「すみません、もう帰るので……」
「ううん、いいのよ、気にしないで。そうよねぇ、楽しかったもの、帰りたくなくなっちゃうよね」

 おかあさんというものはどうしてこうも子どもの胸中を代弁するのが上手いんだろう。見透かす、なんて言うと言い方が悪いけれど、何でもお見通しな感じでびっくりする。
 とは言え、いつまでも甘えて玄関に居座ってるわけにはいかない。楽しかった時間はそのままに、今日のところはいい加減に帰らないといけないだろう。
 だからもう一度僕が改めて陽詩に帰ろうと促そうとした時、「あ、そうだ。いいものがあるのよ」と、ふいに恵美さんがいい、リビングの方へ戻る。そうしてすぐにこちらに戻って来たのだけれど、手に何かチケットを持っていた。

「今日がそんなに楽しかったなら、今度四人でこれに行ってきたらどうかしら?」

 そう言って差し出されたのは二枚の遊園地の招待券。一枚で二人まで無料らしい。なんでも恵美さんが取引先の人にもらったらしいんだけれど、恵美さん達は忙しいので連れていけないし、川端と蒼くんだけだと一枚余ってしまうため、持て余していたらしいのだ。

「ああ、いいじゃん。行こうよ委員長」
「え、でも川端たちの分だし……」
「ウチにあっても困ってたからいいんだよ。どうせなら一緒の方が楽しそうじゃね?」

 なぁ? と、川端が蒼くんと陽詩に同意を求めるように尋ねると、二人は顔を見合わせてうなずき、「行きたい!」と、即答する。手まで挙げて、さっきまでのぐずぐずっぷりはどこへやらという感じだ。
 すっかり機嫌が良くなった陽詩と蒼くんは、もうすでにいつ遊園地に行こうかと段取りを話し合い始めている。陽詩は遊園地に連れていったことがないので、もう既に頬を染めて嬉しそうだ。
 陽詩の嬉しそうな様子もだけれど、ためらうことなく自然な感じで僕らを誘ってくれる川端の気遣いが嬉しく、僕も顔をほころばせてうなずいていた。

「うん、そうだね。四人で行こうか」
「よし、決まりな。じゃあ、あとでいつにするか決めるとして……あとで連絡するから。LIME、あとで送る」
「あ、うん……」

 さらりと投げかけられた言葉に、僕はおずおずとうなずく。本当にただ連絡手段でLIMEを教えてくれたんだろうか、そうじゃないのか。ただこれだけのやり取りだけじゃ判断つかない。やっぱり、僕が特別だなんて思うのは思い過ごしかなとも思えてしまう。

(思えてしまうも何も……僕らは保護者ってだけだよね……?)

 陽詩達の保護者同士でしかないのか、クラスメイトとしてなのか、それとも他に何かあるのか。関係を問いただすって、案外ハードルが高くて難しい気がする。なんだか甘くモヤモヤする気持ちが、まどろみのように心地よくもあるのはどうしただろう。
 川端たちとはそれからすぐに挨拶をして手を振り合って別れ、僕らは家路につく。夏間近とは言え随分と辺りは暗い。

「よかったな、陽詩。遊園地に行けるってよ」
「うん! 楽しみ! お兄ちゃんも良かったね」
「え? なんで?」
「だって海翔くんとデートできるもんね」
「で、デートって……ぼ、僕らは陽詩たちの付き添い。デートじゃないよ」
「え~? でもお兄ちゃんさっきからずっとニコニコしてるよ」

 思いがけない指摘をされて、途端に自分がどれぐらいだらしのない、隙だらけの顔をしていたのか。お兄ちゃんとしての面目が……と思う反面、川端と一緒に出掛けることがそんなに僕にとって嬉しかったのが意外だった。

(いやだって、滅多に誰とも遊びに行かない川端からの誘いとかって……その……なんかヘンに意識しちゃうじゃんか……)

 僕と川端は確かに弟妹の送り迎えとかでよく遭遇したりはするし、帰り道も一緒に帰ったりはしているけど、それ以上の意味はないはずなのに。
 でも一番親密である相手にしかLIMEを教えないはずなのに、僕は教えられている。その上、いまは家に招かれて夕食までご馳走になった帰り道であることも思い出す。全く矛盾しているとはこのことだ。

「え、じゃあ、やっぱり僕が川端にとっての一番親密ってこと?」

 不意に過ぎった考えを言葉にした途端、ものすごく頬が熱くなった。恥ずかしい気持ちが殆どではあるけれど、その中にひっそりと嬉しいという気持ちも混じっている。でも、なんでなのかはわからない。やっぱり、一番とか親密とかって言葉があるせいじゃないだろうか。
 そこんところどうなんだよ、って聞きたいけれど……どう聞けばいいんだろう? こういうのってどういうジャンルの話題になるんだろうか。
 陽詩たちのこととも、学校のこととも違う、僕と川端の関係。それが川端にとって一番ということなのかどうか。ひとまずプラチナ級にレアであろう川端と出掛ける予定を手に入れた僕は、ちょっとした優越感を覚えながら家へと帰った。


『夏休みはすげー混むと思うから、今度の土日はどうだろ?』

 家に帰り、バタバタと陽詩をお風呂に入れたり布団を敷いたりして、ようやく寝かしつけ始めた頃、川端からLIMEが届いた。『ちらっ……』と壁からこちらを窺うクマのスタンプを最初に寄越してくる辺り、川端の気配り上手なところが感じられる。

『そうだね。再来週くらいとかいいんじゃないかな』
『んじゃあ、土曜にしよう。俺弁当持ってくから、委員長は飲み物頼んでいい?』
『オッケー。現地で調達するよ』
『ひなちゃんは何か食べられないものとかある?』
『特にはないよ。アレルギーもなし』

 簡単にそれだけをやり取りしただけで会話は途切れたのだけれど、その終わりに、『おやすみ』と言って布団に入って眠るパンダが送られてきたのは、ちょっと笑ってしまった。なんだかあの川端らしくないようでいて、すごく彼らしいスタンプだからだ。
 さっきのLIMEのやり取りとか、家での様子とかもそうなんだけれど、川端は思いの外やさしいのだ。
 学校では相変わらず陽キャなグループに属していて、馬鹿笑いなんかしていたりするのだけれど、それでもやっぱりその中でも周りより一歩引いている感じであることに最近気づいた。だれ彼構わずLIMEを交換したりしないあたりに、川端の思いの外真面目で芯が通っている性格が現れている。
 だからなのか、陽詩たちの送り迎えの時や今日みたいなときに、あまり誰にも見せていないであろう一面を目の当たりにすると、自分が特別になっているような気がしてしまうんだ。LIMEの交換や遊園地に行く約束がそのいい例だと思う。

「僕しか知らない川端の姿ってことか……なんかそれこそちょっと特別感あって嬉しいかも」

 そんなことを呟いて一人微笑みながら、僕も布団に横になって目をつぶる。隣ではもう既に寝息を立てている陽詩がいて、静かに夏間近の夜が更けていった。