川端の家に着くなり、僕らはリビングでグループワークの調べ物に取り掛かり、そのすぐ傍で陽詩と蒼くんはゲームに興じ始めた。
その内に川端のおかあさん・恵美さんが帰ってきて、慌ただしく挨拶をし、母さんにもたされたお菓子を手渡す。
「あらいいのにぃ。有難くいただくわね」
「あ、あのお手伝いを……」
「いいのいいの、座ってて。海翔と勉強しに来たんでしょう?」
母さんからは川端の家ではちゃんと手伝いをするように言われていたんだけれど、やんわりと断られてしまい、所在なく僕はリビングに戻る。
台所で大人が立ち働いているのに、手伝わないでいいという状況が僕にはあまりないことなので、なんだか落ち着かない。うちでは母さんの代わりは僕で、食事の担当をしているから余計にだ。
調べ物をしていながらも何だか台所が気になってしまってそわそわしていると、「委員長、いいんだって」と、川端が苦笑する。
「委員長とひなちゃんは今日お客さんなんだからさ、気にしないでゆっくりしてなよ」
「でも、ご馳走になるのになにも手伝わないのはなんか悪いよ」
「真面目だなぁ……あ、じゃあさ、片付けは一緒にやろう。それならよくね?」
何もしないでただご馳走になるというのは僕の性に合わないことを察してくれたのか、川端は苦笑しながらそう提案してくれた。案外川端は、相手の気持ちを汲んでくれるのが上手い気がする。
これはきっと僕の思い込みなんだろうけれど、チャラそうに見えて、川端は結構真面目だし気配りが上手いと思う。グループワークで僕が仕切りやすいように話題を持ちかけてくれたのも、きっとそういう気づかいをしてくれたからじゃないかと思う。いまだって、僕の気持ちを汲んでくれたし。
(単純に優しくていい奴なんだよなぁって、最近気づいたんだよな。見た目はチャラそうに見えるから余計に、いい奴に見える)
そう、僕はずっと川端を見た目で判断していた。チャラくて、友達関係とかも派手で、もっと言えば自己中ではないかとさえ思っていたのだ。いま思えば偏見もいいところだと思うけれど、毎朝のあのウザ絡みからそう思うのは仕方ない気もする。
でも、と考えながら、僕はいま向かいでタブレットの記事の要点をまとめながらノートに書いている川端の姿を見て考える。でもそういう思い込みはすごく損だよな、と最近気づかされた。
自分のように小さな兄弟の世話をしているクラスメイトがいるなんて思いもしなかったし、まさかこんな風に家に行くことになるなんて思いもしなかったから、現状にすごくびっくりだ。
(それにやっぱり、川端といるのはイヤじゃないんだよなぁ……なんでだろう。あんなに、チャラい奴! って思っていたはずなのに)
共通点があると人は仲良くなりやすくなるとは言うけれど、それだけのことなんだろうか? だって最近はなんだかやけに視線を感じるし……と、頬杖を突きながら川端を見つめていたら、不意に顔をあげられ目が合った。なんだか見つめ合う形になり、たちまち顔が熱くなっていく。授業中と言い、今日はやたらと見つめてくる。
「な、何だよ……」
「んー、委員長ってやっぱ目が大きくて睫毛長くってかわいいよなぁって思って」
「か、かわいいって言……」
「あと、ここにほくろあるのもかわいい」
そんなことを突然ニコニコと言い出したかと思うと、川端は急に僕に迫って来る。テーブルを挟んではいるものの、そうされたら吐息も感じられるほどに近い! しかもその至近距離で見つめられてしまったら、いやでもこちらの顔が赤くなってしまう。心臓がどんどん騒がしくなって気持ちも落ち着かないし、何か違うことを考えそうになる。
違うことって? とまた自分で考えてしまって一層気持ちが混乱していく。
「あれ? 顔真っ赤だよ? 俺に見惚れちゃった?」
「ば……ッ! バカ、そんなわけないだろ!」
「またまた照れちゃてぇ。真っ赤になってもかわいいー」
「うるさいな!」
からかわれているだけだと頭ではわかっているのに、つい、大きな声をあげてしまう。それに陽詩たちも振り返り、「ホントだ、お兄ちゃん、顔真っ赤だ~」とまで言ってくるからどうしようもない。
どうにか押しのけるようにして川端を元の位置に戻し、「いいから自分の持ち場調べろよ」と言うと、川端は何故か得意げに胸を張る。
「俺の分はもうほとんど終わったもん。委員長の見せてよ」
「なんでだよ」
「相互チェックすればいいやつできそうじゃん」
それはそうかもしれない。というまたしても一理ある川端の言い分に肯いてしまった僕は、仕方なく自分がまとめた分のレポートを見せる。交換するように、僕は川端のを受け取る。そうなると自然と気持ちも落ち着いていく。
正直に言うと、レポートにも驚かされた。とても読みやすく良くまとまっているからだ。いままでの印象を覆すような気付きがここ最近多いので、それなりに予想はしていたけれど、それ以上だ。「うわ、読みやすい」そう、思わず呟いてしまうくらいに。
「やった、委員長に褒められたー。これはもうA判定確実だな」
「いや、僕が良いと言ったからって先生がAくれるかはわかんないだろ。僕の感想だもの」
「個人差ありますってやつか」
「そういうこと」
だからそんなに期待されても困る、という意味合いでレポートを返したのに、川端はそれでも嬉しそうにしている。返したレポートを宝物のように手に取り、「じゃあ、きっと大丈夫だな」なんてことまで言うのだ。
過信されても困るんだけど、と言いかける僕に、川端は僕のレポートを返してくる。
「委員長のも、すっごい解りやすい。流石だな。ここのとことここのとことか、すっごい読みやすい」
「え、あ、ああ……ありがと」
思いの外真面目にレポートを読んでくれた上に褒めてくれるなんて。想定していなかった反応に僕はどう返せばいいのかわからずごにょごにょとうつむく。しかも川端が指して褒めてくれたところは、僕が割と頑張って書いたところでもあったから余計に嬉しく思えたのだろう。
褒められて、素直に嬉しいと思えることなんて結構久しぶりだった。褒められること自体最近久し振りで、照れ臭くはあったけれど、やっぱり素直に嬉しい。それが特別かもと思われているかもしれない相手なら、自分がそう思い始めている相手ならなおさらだ。
嬉しさと気恥ずかしさでうつむいていると、チョンと指先を突かれ、小さく胸の奥が跳ねる。
「この感じなら、俺らのグループ結構いい感じじゃね?」
「う、うん、そうかも」
川端の言葉は楽観的でありながらも、根拠を感じるのでうなずけるところが多い。
なによりグループの発表はまだ一ヶ月はあるし、調べることもまだまだある。他のメンバーとの意見交換もするから、やることはいっぱいだ。
やることがいっぱいあるってことは、またこうして川端と一緒に勉強したり調べ物したりできるかもしれないってことかな……そう、考えた時、胸の奥がふわりとあたたかくなった。卵焼きが焦げなかったとか、洗濯物がいい感じに乾いたとか、そういうときに感じるような柔らかい嬉しさだ。
でも同時に、戸惑いを覚えなかったわけではない。どうして、川端と一緒にいることに嬉しさを感じるのかがわからなかったからだ。じっと川端の手許と、そこに綴られた彼の文字を見つめ、考える。
(仮に川端を友達だということにしても、なんでこんなふわふわ嬉しくなるんだろう?)
初めて覚える感情をなんと言えばいいのかがわからない。わからないけれど、イヤでは全然ない。寧ろ……やっぱり嬉しいのだ。まるで雲の上にいるみたいにふわふわした気持ちになる。
(何なんだろうな、これ……この所ずっと、川端に関すること考えるとこうなるんだよな……)
そんなことを考えている間に、台所の方からは唐揚げが出来上がっていく良い匂いと音が聞こえ始め、僕も川端もお腹が鳴った。思わず顔を見合わせると、自然と笑ってしまう。
「川端のお腹すごい音」
「委員長に言われたかねえな」
笑い合う僕らのところに陽詩と蒼くんも寄ってきて、「お腹空いたぁ」の大合唱が始まる。恵美さんは「はいはい、もうすぐだよ」と、苦笑しながら、手際よく夕食を準備していく。
出来上がっていく美味しそうなご飯を前に、僕らはひな鳥のようにお腹を空かせて待ち構えていた。
夜ご飯は唐揚げの他にポテトサラダ、トマトのスープ、ナスのお浸し、ほうれん草のバターソテーなど、コンビニの消費期限間近なお惣菜だというけれど盛りだくさんだ。僕や川端に限らず陽詩も蒼くんもみんなよく食べていた。「用意した甲斐あるわねぇ」と、恵美さんが嬉しそうに言ってくれたので、僕も陽詩も余計に食べていたんだと思う。
思えば久しぶりに、誰かが用意してくれたご飯を食べたんじゃないだろうか。いつも僕が陽詩の分も母さんの分も作ったり用意したりしているから。だからなのか、すごくご飯がおいしくて、有り難く思えて、なんだか泣きそうな気分だった。
「蒼くんのおかあさん、唐揚げおいしい!」
「そう? よかったー。店でもすごく好評の冷食なの。太陽くんもいっぱい食べてね」
「はい、ありがとうございます」
「そうそう委員長、食べて食べて」
恵美さんに促されるようにして川端が僕の皿に唐揚げを盛り付けてくる。そんなにいっぺんに食べられないよ、と苦笑しても、川端は構わず唐揚げを皿に入れてくる。「ウチの店のはマジで美味いから」と言いながら。
最初こそ遠慮をしていたのだけれど、あまりに川端が色々皿に入れてくるので、次第に構わずどんどん食べるようになっていた。気付けばあんなにあった唐揚げもポテサラもなくなってしまい、その分お腹は幸せではち切れそうになっている。
「よく食べたわねぇ。みんないい食べっぷりだったよ」
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
コンビニのお惣菜ばっかりだけどねぇ、と恵美さんが微笑んだ顔が、川端の笑った顔にすごく良く似ているなと思った。人の気持ちをふわふわとあたたかくしてくれる笑顔に、僕もつられるように微笑み返す。
食後は約束通り、僕と川端で片付けをすることにした。二人で手分けして食器を流しに下げ、それをまた洗ったり拭いたりしていく。
「今日はありがとな、川端。すごく、美味しかった」
「そっか、それならよかった。冷食だけど、ウチのチェーンのはマジで美味いから」
「うん。美味しかった」
「また来いよ。んで、今度はゲームで対戦やろう」
さらりとそんなことを言われ、洗った皿を拭いていた僕の手が停まりかける。思わず川端の方を窺うと、川端もまたこちらを見て笑っていた。屈託のない顔に、胸が小さく音を立てている。
友達と遊ぶ約束するなんて、いつ以来だろう。少なくとも高校に入ってからは初めてだ。いつも僕は家のこと、陽詩のこと最優先できたから、すごく新鮮な約束だった。
(この約束は、友達として……? それとも、特別な何か? でも特別って何だ?)
いままでだったら、僕はきっと即座に断っていたかもしれない。家のこと、陽詩のことがあるから、って言って。
でも、川端は僕と同じように小さい弟の世話をしている、似たような境遇で、そして『協定』も結んでいる。やっぱり、ただの友達とは少し違う気がする。だから、約束を受けてもいい気がした。
「いいね、やろう」
僕の返事に川端は一層嬉しそうに笑い、泡だらけの手を差し出してくる。ハイタッチをしようというのだろう。だから僕も手を差し出して川端の手に軽くタッチし、ニヤッと笑う。指先が泡だらけになっても構わなかった。
触れた川端の手のひらは思っているよりも広く大きく熱く、笑顔を向けられた時のようにほこほことした気持ちになった。
その内に川端のおかあさん・恵美さんが帰ってきて、慌ただしく挨拶をし、母さんにもたされたお菓子を手渡す。
「あらいいのにぃ。有難くいただくわね」
「あ、あのお手伝いを……」
「いいのいいの、座ってて。海翔と勉強しに来たんでしょう?」
母さんからは川端の家ではちゃんと手伝いをするように言われていたんだけれど、やんわりと断られてしまい、所在なく僕はリビングに戻る。
台所で大人が立ち働いているのに、手伝わないでいいという状況が僕にはあまりないことなので、なんだか落ち着かない。うちでは母さんの代わりは僕で、食事の担当をしているから余計にだ。
調べ物をしていながらも何だか台所が気になってしまってそわそわしていると、「委員長、いいんだって」と、川端が苦笑する。
「委員長とひなちゃんは今日お客さんなんだからさ、気にしないでゆっくりしてなよ」
「でも、ご馳走になるのになにも手伝わないのはなんか悪いよ」
「真面目だなぁ……あ、じゃあさ、片付けは一緒にやろう。それならよくね?」
何もしないでただご馳走になるというのは僕の性に合わないことを察してくれたのか、川端は苦笑しながらそう提案してくれた。案外川端は、相手の気持ちを汲んでくれるのが上手い気がする。
これはきっと僕の思い込みなんだろうけれど、チャラそうに見えて、川端は結構真面目だし気配りが上手いと思う。グループワークで僕が仕切りやすいように話題を持ちかけてくれたのも、きっとそういう気づかいをしてくれたからじゃないかと思う。いまだって、僕の気持ちを汲んでくれたし。
(単純に優しくていい奴なんだよなぁって、最近気づいたんだよな。見た目はチャラそうに見えるから余計に、いい奴に見える)
そう、僕はずっと川端を見た目で判断していた。チャラくて、友達関係とかも派手で、もっと言えば自己中ではないかとさえ思っていたのだ。いま思えば偏見もいいところだと思うけれど、毎朝のあのウザ絡みからそう思うのは仕方ない気もする。
でも、と考えながら、僕はいま向かいでタブレットの記事の要点をまとめながらノートに書いている川端の姿を見て考える。でもそういう思い込みはすごく損だよな、と最近気づかされた。
自分のように小さな兄弟の世話をしているクラスメイトがいるなんて思いもしなかったし、まさかこんな風に家に行くことになるなんて思いもしなかったから、現状にすごくびっくりだ。
(それにやっぱり、川端といるのはイヤじゃないんだよなぁ……なんでだろう。あんなに、チャラい奴! って思っていたはずなのに)
共通点があると人は仲良くなりやすくなるとは言うけれど、それだけのことなんだろうか? だって最近はなんだかやけに視線を感じるし……と、頬杖を突きながら川端を見つめていたら、不意に顔をあげられ目が合った。なんだか見つめ合う形になり、たちまち顔が熱くなっていく。授業中と言い、今日はやたらと見つめてくる。
「な、何だよ……」
「んー、委員長ってやっぱ目が大きくて睫毛長くってかわいいよなぁって思って」
「か、かわいいって言……」
「あと、ここにほくろあるのもかわいい」
そんなことを突然ニコニコと言い出したかと思うと、川端は急に僕に迫って来る。テーブルを挟んではいるものの、そうされたら吐息も感じられるほどに近い! しかもその至近距離で見つめられてしまったら、いやでもこちらの顔が赤くなってしまう。心臓がどんどん騒がしくなって気持ちも落ち着かないし、何か違うことを考えそうになる。
違うことって? とまた自分で考えてしまって一層気持ちが混乱していく。
「あれ? 顔真っ赤だよ? 俺に見惚れちゃった?」
「ば……ッ! バカ、そんなわけないだろ!」
「またまた照れちゃてぇ。真っ赤になってもかわいいー」
「うるさいな!」
からかわれているだけだと頭ではわかっているのに、つい、大きな声をあげてしまう。それに陽詩たちも振り返り、「ホントだ、お兄ちゃん、顔真っ赤だ~」とまで言ってくるからどうしようもない。
どうにか押しのけるようにして川端を元の位置に戻し、「いいから自分の持ち場調べろよ」と言うと、川端は何故か得意げに胸を張る。
「俺の分はもうほとんど終わったもん。委員長の見せてよ」
「なんでだよ」
「相互チェックすればいいやつできそうじゃん」
それはそうかもしれない。というまたしても一理ある川端の言い分に肯いてしまった僕は、仕方なく自分がまとめた分のレポートを見せる。交換するように、僕は川端のを受け取る。そうなると自然と気持ちも落ち着いていく。
正直に言うと、レポートにも驚かされた。とても読みやすく良くまとまっているからだ。いままでの印象を覆すような気付きがここ最近多いので、それなりに予想はしていたけれど、それ以上だ。「うわ、読みやすい」そう、思わず呟いてしまうくらいに。
「やった、委員長に褒められたー。これはもうA判定確実だな」
「いや、僕が良いと言ったからって先生がAくれるかはわかんないだろ。僕の感想だもの」
「個人差ありますってやつか」
「そういうこと」
だからそんなに期待されても困る、という意味合いでレポートを返したのに、川端はそれでも嬉しそうにしている。返したレポートを宝物のように手に取り、「じゃあ、きっと大丈夫だな」なんてことまで言うのだ。
過信されても困るんだけど、と言いかける僕に、川端は僕のレポートを返してくる。
「委員長のも、すっごい解りやすい。流石だな。ここのとことここのとことか、すっごい読みやすい」
「え、あ、ああ……ありがと」
思いの外真面目にレポートを読んでくれた上に褒めてくれるなんて。想定していなかった反応に僕はどう返せばいいのかわからずごにょごにょとうつむく。しかも川端が指して褒めてくれたところは、僕が割と頑張って書いたところでもあったから余計に嬉しく思えたのだろう。
褒められて、素直に嬉しいと思えることなんて結構久しぶりだった。褒められること自体最近久し振りで、照れ臭くはあったけれど、やっぱり素直に嬉しい。それが特別かもと思われているかもしれない相手なら、自分がそう思い始めている相手ならなおさらだ。
嬉しさと気恥ずかしさでうつむいていると、チョンと指先を突かれ、小さく胸の奥が跳ねる。
「この感じなら、俺らのグループ結構いい感じじゃね?」
「う、うん、そうかも」
川端の言葉は楽観的でありながらも、根拠を感じるのでうなずけるところが多い。
なによりグループの発表はまだ一ヶ月はあるし、調べることもまだまだある。他のメンバーとの意見交換もするから、やることはいっぱいだ。
やることがいっぱいあるってことは、またこうして川端と一緒に勉強したり調べ物したりできるかもしれないってことかな……そう、考えた時、胸の奥がふわりとあたたかくなった。卵焼きが焦げなかったとか、洗濯物がいい感じに乾いたとか、そういうときに感じるような柔らかい嬉しさだ。
でも同時に、戸惑いを覚えなかったわけではない。どうして、川端と一緒にいることに嬉しさを感じるのかがわからなかったからだ。じっと川端の手許と、そこに綴られた彼の文字を見つめ、考える。
(仮に川端を友達だということにしても、なんでこんなふわふわ嬉しくなるんだろう?)
初めて覚える感情をなんと言えばいいのかがわからない。わからないけれど、イヤでは全然ない。寧ろ……やっぱり嬉しいのだ。まるで雲の上にいるみたいにふわふわした気持ちになる。
(何なんだろうな、これ……この所ずっと、川端に関すること考えるとこうなるんだよな……)
そんなことを考えている間に、台所の方からは唐揚げが出来上がっていく良い匂いと音が聞こえ始め、僕も川端もお腹が鳴った。思わず顔を見合わせると、自然と笑ってしまう。
「川端のお腹すごい音」
「委員長に言われたかねえな」
笑い合う僕らのところに陽詩と蒼くんも寄ってきて、「お腹空いたぁ」の大合唱が始まる。恵美さんは「はいはい、もうすぐだよ」と、苦笑しながら、手際よく夕食を準備していく。
出来上がっていく美味しそうなご飯を前に、僕らはひな鳥のようにお腹を空かせて待ち構えていた。
夜ご飯は唐揚げの他にポテトサラダ、トマトのスープ、ナスのお浸し、ほうれん草のバターソテーなど、コンビニの消費期限間近なお惣菜だというけれど盛りだくさんだ。僕や川端に限らず陽詩も蒼くんもみんなよく食べていた。「用意した甲斐あるわねぇ」と、恵美さんが嬉しそうに言ってくれたので、僕も陽詩も余計に食べていたんだと思う。
思えば久しぶりに、誰かが用意してくれたご飯を食べたんじゃないだろうか。いつも僕が陽詩の分も母さんの分も作ったり用意したりしているから。だからなのか、すごくご飯がおいしくて、有り難く思えて、なんだか泣きそうな気分だった。
「蒼くんのおかあさん、唐揚げおいしい!」
「そう? よかったー。店でもすごく好評の冷食なの。太陽くんもいっぱい食べてね」
「はい、ありがとうございます」
「そうそう委員長、食べて食べて」
恵美さんに促されるようにして川端が僕の皿に唐揚げを盛り付けてくる。そんなにいっぺんに食べられないよ、と苦笑しても、川端は構わず唐揚げを皿に入れてくる。「ウチの店のはマジで美味いから」と言いながら。
最初こそ遠慮をしていたのだけれど、あまりに川端が色々皿に入れてくるので、次第に構わずどんどん食べるようになっていた。気付けばあんなにあった唐揚げもポテサラもなくなってしまい、その分お腹は幸せではち切れそうになっている。
「よく食べたわねぇ。みんないい食べっぷりだったよ」
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
コンビニのお惣菜ばっかりだけどねぇ、と恵美さんが微笑んだ顔が、川端の笑った顔にすごく良く似ているなと思った。人の気持ちをふわふわとあたたかくしてくれる笑顔に、僕もつられるように微笑み返す。
食後は約束通り、僕と川端で片付けをすることにした。二人で手分けして食器を流しに下げ、それをまた洗ったり拭いたりしていく。
「今日はありがとな、川端。すごく、美味しかった」
「そっか、それならよかった。冷食だけど、ウチのチェーンのはマジで美味いから」
「うん。美味しかった」
「また来いよ。んで、今度はゲームで対戦やろう」
さらりとそんなことを言われ、洗った皿を拭いていた僕の手が停まりかける。思わず川端の方を窺うと、川端もまたこちらを見て笑っていた。屈託のない顔に、胸が小さく音を立てている。
友達と遊ぶ約束するなんて、いつ以来だろう。少なくとも高校に入ってからは初めてだ。いつも僕は家のこと、陽詩のこと最優先できたから、すごく新鮮な約束だった。
(この約束は、友達として……? それとも、特別な何か? でも特別って何だ?)
いままでだったら、僕はきっと即座に断っていたかもしれない。家のこと、陽詩のことがあるから、って言って。
でも、川端は僕と同じように小さい弟の世話をしている、似たような境遇で、そして『協定』も結んでいる。やっぱり、ただの友達とは少し違う気がする。だから、約束を受けてもいい気がした。
「いいね、やろう」
僕の返事に川端は一層嬉しそうに笑い、泡だらけの手を差し出してくる。ハイタッチをしようというのだろう。だから僕も手を差し出して川端の手に軽くタッチし、ニヤッと笑う。指先が泡だらけになっても構わなかった。
触れた川端の手のひらは思っているよりも広く大きく熱く、笑顔を向けられた時のようにほこほことした気持ちになった。



