僕の恋のスイッチを入れたのは、妹の彼氏の兄でした

「かわいくなんかないもん! かわいいって言わないで!」

 そう言って癇癪を起している幼い僕の前で、困り顔をしている彼の表情をいまでも時々思い出す。
 かわいいが誉め言葉として言われているなんて、当時まだ三つになったばかりの僕にはわかるわけもない。ただただからかわれているとしか思えなかったからだ。

「なんで泣くの? たーちゃんかわいいのに」

 おろおろと垂れた目を一層下げて泣きそうな顔をしている彼に対し、僕は精一杯の声を張り上げて言い返す。一番許せない言葉を耳にしたのだから。

「かわいいなんて言わないで! 僕、男の子だもん!!」

 これを言えば、たとえ母さんの戯れでピンクのひらひらした服を着せられていても、髪にリボンをつけられていても、僕が女の子だとかかわいいだとか言われないだろう。
 そんな最後の一手とも言える言葉を突きつけたはずなのに、なぜか今度は彼の方がみるみる涙目になって泣き出してしまったのだ。

「かわいいからかわいいって言ってるのに、たーちゃんが怒るぅ!」

 なんでそんなことを言われなきゃならないのか、当時の僕はわからず、僕もまた声を張り上げて泣いた記憶がある。二人して泣いているのを、周りの大人たちが困った顔をして笑ってみているばかりだった。
 彼の言葉の中に、僕が男の子であるからとかどうとかが含まれていたのかは、いまとなってはわからない。ただそれでも、僕のことを頑なに彼がかわいいと伝えたがっていたことはわかる。なぜなのかまではわからないけれど。だってそれは、遠い、十年以上も前の記憶の欠片でしかないのだから。
 かわいいなんて言われたくない。頑なにそう思わせるきっかけとなった出来事が、のちのちどんな出会いを引き寄せることになるかなんて、この時の僕は知る由もなかった――