言の葉の夜

2026-02-02
『必要のない歌詞』

会いたいけど欲望のままに
会ってしまっては飽きるね。

だから会わないという選択を
どこかでしなければならない。

けれど欲望に敗北を帰す私は
また会いたくて会ってしまう。

高校生の頃の話。

塾で知り合った別の高校の男の子が
凄く格好良いとチヤホヤされていて
私もチヤホヤする側として過ごした。

その人が筆箱を忘れたときなんか
こぞってペンを貸してみたりして
もうアイドルに近しい存在だから
私は到底、付き合えるわけもなく。

ただ、同じ時間に同じ教室で
同じ授業を受けられることが
その頃の幸せそのものだった。

或る日、私は塾の予定なんてなく
家でドラマを観ていたのだけれど
「筆箱忘れた」とその人から連絡。

「先生に借りればいいじゃん」

少し素っ気ない返事をしていれば多分
興味を持ってもらえたであろうに私は
「わかった、行くよ」とだけ返信した。

嫌われたくなかった、何より。

塾に着き、その人がいる教室へと向かった。
もう、その人は誰かから借りたペンを持ち
黒板に書かれた内容をノートに写している。

「あれ、ペン借りたの?」と話しかけると
「わぁ」と驚いた様子でこちらを見てくる。

そして「先生が貸してくれた」と言いつつ
板書写しをしながら「ありがとう」とだけ
私のほうを見ないで言ってきたから思わず。

「最初からそうしてよ」と言った。

嫌われたくなかったし
少し冗談っぽくだけど。

「ごめんね、次からはそうするから」と言われ
私はどうすることもできず、足の向きを変えた。

「明日は必ず宿題持って来いよ」と
すれ違った先生が笑いながら言って。

私が出てきた教室に、入っていった。
中から「授業始めるぞ」と聞こえる。

私は塾を出て、家とは反対方向を向き
暗くなった空を眺めながら歩き出して。

ポケットに入れていた有線イヤホンを
スマホに付けて片思いソングを流した。

「いつからか泣いたのは何度目か」
「数えると夜が明けるわ」と流れ
そのタイミングで涙が頬を伝って。

視界が滲んでゆく。

イヤホン越しで聞こえにくかったけれど
「待って」と後ろから聞こえた気がした。

気がしただけで、振り向いたとて
そこでは誰も私を見てくれてなく。

「君にいいことがあるように」
必要のない歌詞が、聴こえた。

つい先日、その人から連絡が来た。
「久しぶりに会ってみようよ」と。

「会おう!」と文字を打ったまま
送信していないスマホが横にある。

この話を書き終えてから私
どうするべきなのだろうか。

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