言の葉の夜

2026-01-15
『天国の在処』

居心地が良くて帰りたくない場所が
「天国」なのだとどこかで見た覚え。

だから一度でも行ってしまった人は
もう二度とこちらへ帰らないという。

私は今、好きな人の部屋で
小さな炬燵に温もりを感じ
蜜柑を1粒だけ口に入れた。

ここから徒歩5分のところに
私の住んでいる部屋があるが
帰りたくないと思ってるから。

きっと私にとっての天国とは
好きな人の部屋なのだと思う。

台所から「お酒が冷えてるよ~」と
好きな人の声が微かに聞こえてくる。

炬燵でぬくぬくの私は出ることなく
「いいね、飲もう」とだけ言い放ち
蜜柑を1粒食べて「持ってきて」と
好きな人をこき使うかのようにした。

「やれやれ」と言いながらも好きな人は
自分と私の分を両手に持ってこちらへと
微笑みながら来るから、私も微笑み返し。

「はい」と言って手渡されたそれは冷たくて
「冷たい!」と思ったことを口に出していた。

好きな人は笑うと目が無くなるタイプだった。
まるで猫みたく、どこか愛苦しささえ感じる。

「よくできました~」と頭を撫でてみると
「えっへん」と腰に手を当てて強がるから
それがまた可愛らしくて、私は恋に落ちた。

テレビはバラエティが流れていて
また猫みたいに好きな人が笑った。

私はテレビを観ているフリをして
好きな人の顔ばかりを眺めている。

あ、目が合った。

首を傾げる好きな人の開いた口に
持っていた蜜柑を1粒放り込んだ。

美味しそうな表情を見て
また恋に落ちそうになる。

帰りたくない場所が「天国」ならば
帰りたくない理由は「蜜柑」かしら。

もう、粒の無くなった蜜柑の皮を
ティッシュに包んでゴミ箱に入れ
また新しい蜜柑を剝いていた中で。

好きな人の足が触れた。

炬燵の中で触れ合うそれらは
まだ炬燵の外の私らが成さぬ
触れ合いを先に楽しんでいる。

少し恥ずかしくなった私の頬が
次第に赤らんでいくのを感じた。

テレビを観ている好きな人がお酒を飲むべく
机の上にあるお酒を手探りで探し始めたけど。

蜜柑を剝いていた私の手に触れた。

こちらを振り向かないというのに
触れた手は私の手をギュッと握り
離さないと言われている気がする。

同じくらいの強さで、握り返した。
いや、出来る限りの強さで握った。

まるで、愛する人が病院で息を引き取り
天国へ行くことが決まってしまったとき
会えなくなることが怖くて強く握るほど。

好きな人は振り向いてくれた。
「付き合おう」とだけ言われ。

私は「天国」に1泊した。

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