言の葉の夜

2026-02-15
『思い出させんな』

「今、誰のこと考えてる?」

隣に座っている友達が僕に対し
小声でそんなことを訊いてきた。

電車に揺られながらボーっと
窓から見える景色を眺めつつ
とある人のことを考えていて。

「うん、ちょっとね」と
問いの答えを誤魔化した。

「なんだよそれ」と友達は
小声でいじけていたけれど
その声が薄れていくように
過去へと引き戻されていく。

あれは、20歳になったばかりの頃。

彼女が行きたいと言っていた場所へ
一緒に電車に揺られながら向かった。

彼女が窓から見える海を懐かし気に眺めていて
何か思い出があるのだろうか、と思ったりして。

トンネルに入る瞬間のドン、という
衝撃で彼女はビクッとしていて僕は
そのたび好きだと思わされてしまう。

着いた場所は、地元だった。
僕のではなく、彼女の地元。

駅を出て、海を見に行くことになり
その道中、「ここに猫がいてね」と
少し上ずった声で僕に教えてくれた。

「ほんとだ、いる」と僕は猫を撫で
その姿を彼女はスマホで撮っている。

「またね」と猫に別れを告げ
僕は珈琲を2つ自販機で買い
彼女に1つ渡して海へ向かう。

誰もいない海だった。

貸し切りというにはあまりにも
規模がデカすぎて現実味がない。

けれど、誰もいない海だった。

彼女は薄い石を探してきて
それを海に滑らせるように
ひょいっと投げて僕に見せ。

「やってみてよ」と言われたもんだから
僕も薄い石を滑らすように投げたけれど
ポチャン、という音がその場に響くだけ。

「あはは」と僕のほうに指をさして
高笑いしている彼女にむかつくけど。

幸せだった。

少し意地悪なところも僕と似ていて
いや、一緒にいたから似てきただけ。

笑い方も口癖も些細な仕草も
「愛だね」という一言だけで
笑い合えた過去が愛おしくて。

彼女が僕に向けた笑顔をふと
窓から見える景色を眺めつつ
思い出した、思い出しただけ。

「まじで誰を考えてんの?」

またしても友達は食い入るように
僕に対して訊いてくるもんだから。

「好きだった人のことだよ」
「思い出させんな、あまり」

隣に座っている友達の目を見ないまま
僕は少し語気を強めて言ってしまった。

電車が停まる。

彼女と降りたあの駅だった。
「またね」と友達に告げて。

僕は彼女のいる
お墓に向かった。

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