言の葉の夜

2026-02-08
『愛おしくて、ずるい』

もし、愛している人と過ごせる時間が
1時間しかないとすればどうしますか。

或る日、そんな連絡が届いた。

「いつも通りの生活を続けて」
「またねと別れを告げるだけ」

僕は淡々と親指で文字を打ち
その人に返信をしたのだけど。

「人間誰しも強欲になると思っていたので」
「まさかの返答で口があんぐりしました笑」

素直に、可愛らしいと思った。

「何をされますか、あなたは」
僕は訊き返すように返信をし
冷蔵庫から紅茶を取り出した。

蓋を開けてグビッと飲んだそれは
昨夜、愛する人に貰ったものだが
僕は愛する人に何も渡していない。

スマホが光った。

「思い出を残すというより、後悔を残したくないです」
「ありがとう、好き、出会ってくれてありがとうとか」
「私の涙を見て、どうか忘れないでと願うと思います」

この人が真剣に考え抜いた言葉だと思うと
何処か愛おしくて堪らない気持ちになった。

「強欲だね、それも魅力」

僕はそれだけを送って
紅茶をもう一口飲んだ。

「愛する人のために出た強欲さは」
「時に魅力的にもなるんですよね」

そんなことが返ってきたけれど
これ以上話すと心奪われそうで
ハートのリアクションを残した。

今、思い返せば昨夜の出来事は
愛する人と1時間の散歩をして
「またね」と別れを告げるだけ。

散歩した先で見つけたコンビニに
2人で入って奢ってくれた紅茶を
僕は今、グビグビと飲んでいるが。

「またね」という言葉に期待はしていなかった。

愛する人には大切な人がいて
ただ僕は話し相手でしかなく。

話を聞いてくれたお礼にと
奢ってもらっただけの紅茶。

僕がその人に向ける好意は
日に日に増していくけれど
その人が僕に向ける好意は
紅茶みたく段々減っていく。

飲まなければいいだけじゃないか、と
自分にツッコミを入れたくなるけれど。

もう入っていないそれを傾け
最後の1滴まで飲もうとした。

スマホが光った。

「でも、凄いと思いました、私」
「またねで済ませられないです」

さっき会話を終わらせた人から
続けられるように連絡が届いた。

「またね、で済ませなければ」
「僕は生きていけそうにない」

悲しくって、けれどこの人は関係なくて
どこか他人事のように文字を紡いで送信。

「私はあなたのこと好きですよ」

嗚呼、愛おしい。
そして、ずるい。

「僕も同じこと思ってたとこ」
そう返信をして、光を消した。

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