言の葉の夜

2026-02-19
『これが人生』

桜木町駅の前に生えている木の下に
女の子が1人で座って辺りを見渡す。

誰を探しているのだろうか。

スマホを顔の前に持っていき
前髪を丁寧に整えていく様子。

恐らく、恋をしているのだと察する。
しばらくして、男の子が走って来た。

「ごめんね、待たせちゃったね」
男の子は息を切らしながら言う。

「ううん、今来たところだよ」
女の子は20分前に来ていた。

けれど、相手のことを思った上で
溢れ出た嘘なのだと思うと優しい。

そのまま男女は駅のほうへと向かい
僕の見えない所まで行ってしまった。

今度は、木の下に家族連れが座って
父親が子供と戯れていて可愛らしい。

母親はスマホで何かを探しているようで
キャリーケースを持っている姿からして
何処かから旅行に来た家族なのだと思う。

あ、子供が転んだ。
そして立ち上がる。

相も変わらず、父親と子供は
木の周りをグルグルと回って
キャッキャと子供が声を出し。

幸せという言葉を使うのなら
このタイミングだと僕は思う。

「あっちにあるみたい」と
母親の一声で父親は子供の
手をギュッと掴んで止めた。

子供は母親の手もギュッと掴み
父と母に持ち上げられた子供は
宙を浮くようで楽しそうだった。

そのまま僕の見えない所まで
子供は宙を浮いたままで笑う。

誰もいなくなった木の下に
僕も座ろうと思って向かう。

着く前に、今度は男性が座った。
僕はさっきいた位置へと戻って
男性をまじまじと観察してみる。

駅前を行き交う人があまりにも多く
僕と男性の間を遮られて少し悲しい。

気付くと、男性は泣いていた。
もう、声をあげてしまうほど。

行き交う人も驚いた様子で
その男性を見つめているが。

誰も救いの言葉をかけることなく
他人だと割り切って、通り過ぎる。

僕だけがまじまじと見つめていた。
けれど、声をかけることはできず。

最終的に、警察に声をかけられた男性は
連れられて行くように何処かへと行った。

ようやく僕も木の下に座った。
幾つもの人生が始まる木の下。

「ごめん、待たせちゃったね」
後ろからそんな声が聞こえる。

僕は誰とも待ち合わせなんて
していないというのに誰だよ。

「ん、人違いではないですか」
振り返りながらそう言った僕。

こっちに向かってくるその人は
僕ではなく近くにいた人に向け
その言葉をかけていたみたいで
恥ずかしくて僕はそこを離れた。

赤らんだ頬を誰にも見られたくなく
大観覧車のほうへと歩みを早めるが。

お気に入りの靴で段差に躓いてしまい
盛大に転んだ僕は、どうでも良かった。



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