言の葉の夜

2026-01-23
『全部、自分のせい』

何事も深く知りすぎてしまうと
自分が傷付いてしまうのだから。

深くを知ろうとはしないまま
幸せだと思い込むべきだった。

仕事から帰ってきた彼女は
いつもと違う匂いを漂わせ
僕の前を通り過ぎて行った。

「仕事お疲れ様、今日も遅かったね」と
僕はソファに座り込んだ彼女に話しかけ。

彼女はスマホをいじりながら
「うん」と言って靴下を脱ぎ。

ソファから落ちていく靴下を
僕が拾って洗濯機へと入れた。

同棲を始めた頃には感じなかったけれど
最近になって薄々と感じ始めているあれ。

一緒に暮らせて嬉しかったことも
今では相手の存在を鬱陶しく思い
話したいと思えなくなってしまい。

同棲している部屋から、音が減った。

そんなことを思う日々の連続の末
彼女は違う匂いを纏っていたから。

「何かいつもと違う匂いがするね」
「仕事ではない匂いがしてくるよ」

スマホを見ていた彼女の視線が
こちらを睨むように向いてくる。

「別に何もないよ、少し疲れただけ」
そう言って彼女は服の匂いを嗅いだ。

この匂いが何なのか僕は知っている。
彼女の同僚であり、僕の友達の香水。

「これ、俺のお気に入りでさ」と先週ほど
自慢してきたのだから忘れられるわけなく。

結びついてしまう、そことそこが。

何も聞けない自分が少し情けなくって
「風呂入ってくる」とそこから逃げた。

彼女がスマホでタイピングをしている音が
ピコンと聞こえてきて嫌な結末が頭を過る。

洗面台の前で服を全て脱ぎ捨て
風呂場の蛇口をグイッと捻った。

シャワーヘッドから温もりのない水が
勢いよく出てきて浴槽のほうに向ける。

しばらくして水から湯気が立ち
お湯になったそれを体にかけた。

同棲をしたての頃、一緒にお風呂に入って
頭なんかを洗い合ったことが浮かんでくる。

なんだか切なくなって泣くつもりはなく
けれど目から幾つかの雫が溢れ出るから。

勢いよく出てくるそれを顔にかけ
涙かお湯か分からないようにした。

一通り洗い終わった僕は風呂場を出て
洗面台の前で濡れた体を綺麗に拭いて
彼女が待っているリビングへと向かう。

その途中、階段に隠されたように
置かれているものが視界に映った。

花束だった。手紙も添えられていて。

彼女にバレないように手紙を抜き取り
どんなことが書かれているかを読んだ。

「君が何を好きかだなんて分からないから」
「同僚に教えてもらって買った、この花束」

一節にそんなことが書かれていて
「お父さんとの思い出でしょ」と
過去をも愛してくれているようで
風呂場で枯らした雫を流したまま。

リビングにいる彼女のもとへ行った。

手に持っている花束を見た彼女は
「え、バレちゃった?」と言うが
その照れ臭そうな表情が可愛くて。

「ありがとう」と言ってから
強く強く、彼女を抱きしめた。

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