言の葉の夜

2026-01-29
『ゴミ箱に挿さった薔薇』

買い物した後の帰りのこと
自販機の横に置かれている
ゴミ箱に花が挿されていた。

徒歩で買い物に来た僕は
家への方向から自販機へ
向きを変えて歩を進める。

ゴミ箱が近付くにつれて
その花が薔薇だと気付き。

誰がここに挿したのか、と疑問。

誰かが誰かに渡そうと思ったけれど
渡すタイミングを逃して挿したのか。

誰かが誰かから貰った薔薇を
不必要だと思って挿したのか。

真っ赤なそれは、ゴミ箱に挿されていても
美しさを保ったままでどこか愛おしく思う。

何かを言いたそうにしているそれに
僕は顔を近寄せて耳を澄ましてみた。

「さよなら」

そう聞こえた気がして
昔の失恋が蘇ってきた。

あれはまだ、僕が高校生の頃の話。
人生で何度目かのトキメキを感じ。

大好きな人ができた。

その人は毎朝、教室に置かれている
花瓶の水を率先して替えている人で
僕は登校するたびいつも眺めていた。

その花瓶に何の花が挿さっていたか
思い出そうにも思い出せないのだが
その人の優しそうな表情だけいつも
思い出してまた恋に落ちそうになる。

声をかけたのは僕からだった。

同じクラスで同じ授業を受けているのに
一度も会話をしたことがなかった僕たち。

「いつもありがとうございます」
水道で水を替えているその人の
横に立ってそんなことを言った。

「ん」とだけ言って僕のほうを見て
「手伝ってくれる?」とだけ言われ
その人は持っていた花を渡してくる。

「わかった」と言って花を受け取り
あたかもプロポーズされた人みたい。

1人で可笑しくクスクス笑っていると
「どうした」とその人にバレてしまい。

「なんかプロポーズをされたみたいでさ」
「花を持っている男子って可愛くない?」

冗談交じりに喋ると
ふふっと笑ってくれ
「何それ」と言った。

そのとき、教室のほうから先生が
「授業始まるぞ~」と言ってきて
僕たちはそそくさと教室へ戻った。

それからというもの、毎朝のそれが日課となり
お互いに惹かれ合っているのをひしひしと感じ。

放課後に駄弁るほど仲良くなり
一緒に帰るほどの愛が育まれた。

「またね」

そう言って手を振ってくるその人に対し
「またね」と言って手をパクパクさせる。

見えなくなるまで上げていた手を
そっと下して、家へと歩を進めた。

翌日、いつもの日課があると思い
ワクワクしながら学校へ向かうが
その人は水道で僕を待っていなく。

登校してこなかった。

授業が終わり、先生に訊いてみると
「お前、仲良かったよな」と言われ
先生は僕を職員室へと誘導してくる。

嫌な予感がした。

職員室の、じめっとした雰囲気の中
「昨日な、事故に遭ったらしくて」
「亡くなってしまったそうなんだ」

泣けなかった。

今日、告白をしようと思って
登校中に買った薔薇は鞄の中。

その人の元へ届けられないと知り
学校を出て、自販機の横にあった
ゴミ箱にその薔薇を挿して帰った。

今、目の前に同じような薔薇があって
「さよなら」と聞こえた気がしたのは。

きっと、その人の声だ。

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