はじめて、理久と顔を合わせたとき、天使が舞い降りたと本気で思った。
俺の父と、理久の母が再婚して正式に籍を入れたのは、ちょうど俺が小学6年生になったばかりの春だ。理久は3歳年下だから、小学3年生だった。まだまだ小柄で華奢で、純真無垢で、何も知らない子どもだった。
栗色の髪は柔らかそうで艶があって、大きな茶色の瞳は好奇心旺盛に輝いていた。肌は透き通るように白く滑らかで、桜色の頬がふっくらとしていて。母親に連れられて我が家に挨拶に来た日のことを、今でも鮮明に覚えている。
「はじめまして。理久です。よろしくお願いします」
人見知りなのか、小さな声で挨拶しながらぺこりと頭を下げた理久の姿に、俺は瞬時に恋に落ちた。正確には『守ってあげなければ』という使命感と庇護欲に駆られたのかもしれない。とにかくこの可愛くて儚い生き物を絶対に傷つけてはならないと思った。兄として。
俺には兄弟がいなかったから、弟ができる喜びに興奮していたのだと思う。しかも相手があまりにも理想的な美少年だったから尚更だ。
「うん、俺は篠宮玲央。これからよろしくね。理久」
生まれてはじめて出会った弟に、俺は全力で優しく微笑みかけた。理久は少し戸惑ったように視線を彷徨わせた後、小さく頷いてくれた。その仕草さえも愛おしくて、俺は自分の未来が輝いて見えるような錯覚を覚えた。
その日から俺の人生はガラリと変わったと言ってもいい。
学校が終われば真っ先に家に帰り、理久と一緒に遊んだ。勉強も教えたし、宿題も一緒にやった。休みの日は2人で出掛けたり、公園でキャッチボールをしたり。理久は当初、遠慮がちな部分もあったが、次第に俺に懐いてくれるようになった。
理久の母は仕事で殆ど家にいなかった。加えて、厳格で常に教育的指導をするタイプだったから、理久は愛情に飢えていた。
だから、俺は理久をめちゃくちゃ甘やかし、惜しみなく愛情を与えた。
半年も経たずに完全に『玲央にい』呼びが定着し、理久はどこに行くにも俺にくっついてくるようになった。俺が夕食を作るときには隣で一生懸命手伝いを申し出たり、テレビを見るときは俺の膝の間に座り込んでいたり。
お風呂も毎晩一緒に入っていた。理久の服を脱がせたり、体を洗ってあげたりするのは俺の役目だった。シャワーでお湯を頭からかけてあげれば楽しそうに笑い、泡でいっぱいのスポンジで体を擦ればくすぐったそうに身を捩らせた。
バスタブでは必ず俺の膝の上に理久を座らせ、腰に腕を回して抱き寄せながら、その日学校であった出来事を報告させていた。時には俺に寄りかかって、うとうとしてしまうこともあるくらい安心しきっている様子が、可愛くてたまらなかった。
理久は寂しがりだったから、夜は毎日俺の部屋のベッドで一緒に寝ていた。
「一緒に寝るの、温かいね。玲央にい」
「そうだね。理久は本当にぬくぬくだ」
幼い理久の体はふわふわでぽかぽかで、抱きしめているだけで心地よかった。理久はしがみつくように俺の胸に顔を埋めてきて、甘えるように擦り寄ってきた。この上なく幸せな時間だった。
「おはよう、理久」
「おはよ~玲央にい……」
翌朝、起き抜けに寝惚けながら抱きついてくる仕草が可愛くて、毎日理久にキスの雨を降らせていた。
「大好きだよ」「世界で一番大切だよ」と耳元で囁いて、抱きしめ返すのが日課だった。
「玲央にいはすごいよ。勉強も出来て頭が良くて、運動神経抜群で、何でもできるのに、優しくてカッコいい。僕の憧れなんだ」
理久は目をキラキラさせながら、俺を褒め称えてくれた。純粋な尊敬の眼差しを受けて、俺は有頂天になったものだ。
「理久の兄として、恥ずかしくないように頑張るよ」
理久の理想の兄で在るために、俺はさらに勉学やスポーツに励んだ。気が付いたら、全国模試で1位を獲ったり、陸上競技大会で代表に選ばれたりするレベルに達していた。
すべては理久に誇れる兄でありたいという一心からの努力だったのだが、周囲は俺を『天才』と持ち上げるようになってしまった。
外見に関してもそうだ。理久に「かっこいい」と言われ続けるためには見た目にも拘るべきだと思い、ファッションセンスを磨き始めたり美容に気をつけ始めた。
元々背が高く整った容姿だったが、理久のためなら努力は厭わない精神で磨き上げていった結果、中学生になってからはモテまくり、恋人が途切れることはなかった。
だが、理久と遊ぶ時間を減らすわけにはいかないので、どの女の子にも深入りすることもなく一定の距離感で付き合い、最終的には振られるパターンが多かった。恋人よりも、家族である理久を優先するのが当たり前だと思っていた。俺の行動原理はほぼ全て理久を中心に回っていた。
この世で最も大切な存在だと本気で思っていた。
理久のためなら何でもできると思っていたし、実際、理久の要望には全て応えてきたつもりだ。
理久は俺に全面的に依存し、信頼し、心を開いてくれている。それは疑いようのない事実で俺はその環境に満足していた。
ずっとそんな蜜月が続くと、俺は信じていた。


