これは俺からのささやかな復讐



 幼少期、ベソベソ泣く俺に、学校の教師をしている両親がよく言っていた。
 感受性が強く、共感回路がオンになりやすいから、人の心の中を察して自分を閉じ込めるのだと。
 うん、そうだ。
 俺はいつも自分が言った言葉を何度も確かめて、後悔していた。
 俺の言葉で嫌な気持ちになってないか、それとも傷ついてないか。
 だからクラスでも限られた友達としか話さないし、広く付き合うなんてできなかった。
 
 そうして小学校三年生の秋、俺は女子グループに呼び出された。

 放課後、過呼吸を起こして保健室で処置された俺に、耀司が謝った。

「緑ごめん。さっきワタルに聞いたんだ。女子に呼び出されて文句言われたって」

 それは昼休み、耀司が美化委員で花壇に水やりをしている間に起こった。
 一部の女子が朝から俺を見てヒソヒソしていたので、嫌な予感はあった。
 俺を悪者にしているのは明らかだったから。

「謝んないでよ。悪いのは空気読めない俺なんだし」
「緑は一個も悪くねーよ。ごめん、怖かったよな」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないじゃん」

 泣いた跡の残る目を見られたくなくて、俺は俯いた。
 耀司は俺のランドセルを持っていた。
 早退するよう保健の先生に言われたけれど、両親も学校の先生をしているからすぐ迎えにはこれない。
 緊急先として耀司のお母さんが代理になっていたので、放課後まで待って迎えに来たおばさんと耀司と三人で帰った。
「緑ママ帰れるのあと三十分くらいって言ってるから、耀司のベッドで寝ててね」
 おばさんに招かれて、親が帰るまで耀司の部屋で待っていた。

「緑。俺、明日言うから」

 耀司はベッドに座る俺の前にきて、何かを決心したようだった。

「何を?」
「緑に文句言ったやつ集めて謝らせる」
「ヤダよ止めてよ」
「何で? 俺が許さねーから。あいつら緑になんて言った? 息、苦しくなるほど酷でーこと言ったんだろ? クソ、俺が委員会でいねー間に。絶対に許さねー」
「苦しくなったのはそのせいじゃないよ。だからいいんだって」
 呼吸が苦しくなったのは自分のせいだ。
 けれど耀司は俺の前に立ったまま、ギュッと握りこぶしを作って怒りを堪えていた。
「駄目。俺のせいだって聞いたからな。隠したってわかるから」
 チクりに来たワタルに耀司がどこまで聞いたのかはわからなかった。

 原因は俺。

 耀司と友達になりたい子は多いのに、自分が独り占めしたせい。
 目の前で俺のために怒ってくれている耀司を見上げた。

「だったらもっとクラスの女子と仲良くしなよ」
「は?」
「耀司と友達になりたい子はたくさんいるよ」
「やだ」
「耀司は勉強も運動もできてカッコイイしさ、俺だけじゃもったいないよ」

 耀司はムッとすると眉を寄せ、面白くなさそうに俺を見てきた。

「友達になりたいからって平気で人を傷つける奴らと友達になんかなりたくない。前の学校でも、俺が女子としゃべっただけでそいつハブにされたし、隣の席になった子はシカトされてた。だから俺は女子とは仲良くしない。俺は男の友情しか信じないから」

「え……」

 耀司が前の学校であったことを話したのは初めてだった。

「だから俺は緑との友情の方が大事なんだ」
「ご、ごめん。そんなことがあったなんて知らなくて」
 嫌なことを思い出させてしまって慌てる俺に、耀司は安心させるように硬くなった顔を解いた。
「緑が謝ることはないって。でも緑は大丈夫? クラスの女子怖くねえ?」
「確かに……怖かったけど……」
「……もしさ、俺のせいで緑が女子ダメになったんなら……俺、ほんと最悪じゃん」

 耀司は感情を堪えるかのように唇を噛んだ。目元を歪め、泣き出すような一歩手前、悔しそうにやるせない思いを圧し込んでいるように見えて、心が痛くなった。
 耀司のこんな顔見たくないと咄嗟思った。

「大げさだって。怖いのは今だけだよ、大きくなったら平気だよ」

 そう言って固く握られていた手を取って解いてあげた。
 爪の食い込んだ跡が手のひらに残っていて、どれほど俺のために心を痛めていたのか、想像して自分まで辛かった。

「でもこれからはちゃんと俺が守るから」
 俺の手を握り返して、耀司はきっぱりと言った。
「大丈夫だよ、ワタルとかもいるんだし」
「駄目、緑をワタルに取られたくない。緑は俺のなんだから他の奴らと仲良くしないで」
「そんなことできないよっ、ワタルも友達だし……」
「もしかして今日ので俺が嫌いになった? だからそーゆーこと言うの?」

 嫌いなんて思ったこともなくて、俺は慌てた。

「嫌いになんかならないよ、俺耀司が一番好きだもん」

 そう言うと耀司は満足したように表情を和らげた。

「よかった。俺も緑が一番好きだし大事だから、守る。わかったな?」

 そう言って、結局俺のいう事は何一つきいてくれなかった。

 そして翌日、朝の教室で、耀司はクラスの皆に宣言した。

『俺の大切な友達に文句を言う奴とは一生口聞かないから』

 その後の女子の豹変っぷりが本当に怖かった。
 俺を見てヒソヒソしてた子が、笑顔で話しかけてくる。
 何もなかったかのように接する姿が恐ろしかった。

 俺は余計に女子から遠ざかり、中学に上がっても苦手意識を消すことはできなかった。

 それ以来、女子の輪を見ると、胸の奥がざわつく。

 とくに集団化したグループが苦手だ。あの時のトラウマがよみがえるから。

 あの時の、俯いて圧し込んだ顔をしていた耀司が、今でも忘れられない。
 あの顔をもう二度と見たくなかった。

 だから俺は──女の子を好きになったことにしたんだ。