これは俺からのささやかな復讐



エピローグ

「緑、起きろ」

 翌朝、いつも通り耀司が起こしに来た。

 俺が朝起きないのは耀司が来てくれるから。起こしてもらいたくて寝たふりをしているんだって、耀司は気づいてるのかな。

 いつからか触れる手にドキドキしていた。
 もっと触ってもらいたくて必死に隠していた。
 この手が俺だけのものになればいいのにと叶わない夢を見ていた。

 なのに──もう、この手も、起こす声も、目を開けた時、視界に広がる耀司の悪戯っぽい笑みも──全部俺のものになったなんて。
 世界が変わってしまった。
 気持ちを伝えたら終わると思っていた世界が、キラキラと眩しく色めいている。

 頬をつんつんされて、わざともぞもぞする。

「あと五分……」
「毎日それ言うじゃん」

 呆れた声。でも嫌そうじゃない。

「しょうがねーな」

 耀司がベッドに腰を下ろす気配がした。
 そして、額に柔らかいものが触れた。

 ──キス。

 目を開けると、至近距離に耀司の顔があった。

「おはよ」
「……おは、よ」

 顔が熱い。朝から心臓がうるさい。

「起きた?」
「起きた……」
「よし」

 耀司は満足そうに笑うと、俺の髪をくしゃっと撫でた。

「今日から毎朝これで起こしてやろうかな」
「は?! 毎朝?!」
「嫌?」

 嫌なわけがない。嫌なわけがないけど、心臓が持たない。

「べ、べつに……嫌じゃ、ねーけど……」
「じゃあ決まり」

 耀司はにっと笑った。

 ──この笑顔を、俺だけが独り占めできるなんて。
 世界で一番幸せな朝じゃんか。

 朝からの甘い耀司にドキドキしていたら、肌掛けを思いっきり剥がされ、俺にまたがってきた。

「ちょ、ななななに」

 焦って固まる俺を気にもしないで、耀司はまるで作業のように寝間着代わりのTシャツをめくり、ハーフパンツをずらしてくる。

「おいっ」
「ピアスどんな?」

 俺の抵抗も空しく、晒された腹にはシルバーのヘソピアスが現れる。
 先日、先生のマンションからの帰りに、復讐だからと言ってヘソピを開けることになった。
 喜んで受けると言った以上ノーとは言えず、俺は覚悟を決めた。

「襲われるのかと思った」
「バーカそんな時間ねーよ」

 俺の冗談に、余裕たっぷりに返す耀司が彼氏すぎてときめいてしまう。

 ──俺たちは幼馴染じゃなく恋人になったんだ。

「どう、痛い?」

 俺の呼吸で上下する腹をじっと見る。

「いや、もう全然」

 俺も耀司の服を捲った。
 ヘソには同じシルバーのファーストピアスが光る。

 ボディピアスの店に連れて行かれた時俺は、一緒になって選ぶ耀司に疑問を持った。

「もしかしてお揃で開ける?」
「もち」

 当然のように答えた。

「俺だけかと思った」
「ンなわけ。二人だけの秘密を持ちてーの。緑は俺のもの、俺は緑のものだってね」

 死んでしまうような殺し文句。キュンとして見つめると、

「だからお互いのヘソにぶっ刺す」

 物騒な言葉に、俺は何も言えなくなった。

 ショップスタッフにアドバイスを貰って全てを揃え、耀司の望み通り、お互いのヘソにニードルを刺し合った。

「緑の嘘でできた隙間の代わりにさ。俺が緑の身体に俺の印を残すんだ。これで本当にお揃いだろ」

 そう言われた俺の心は喜んでいて。
 けれどわざと怯えた声を出す。

「……怖いよ、耀司くん……」
「一生許さないって言っただろ?」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべて俺にキスをした。

 耀司が俺に開けて、俺が耀司に開ける。
 じゃんけんで、どっちが先にやるか決めて。
 何度も何度も消毒して。

 開けられる時は盛大にビビり散らかして、耀司の皮膚にニードルを刺す時は、恐怖で手がブルブルだった。
 終わると互いに寄り掛かって安堵した。
 けれど、耀司も痛みと恐怖心を俺に委ねているんだと思うと、なんとも言えない高揚感があった。

 ずっと好きだった耀司の肌に穴を開けてピアスを通す──ただそれだけなのに。
 特別な何かを共有してる感覚に、胸が高鳴った。

 触れそうで触れない、ピアスの通る皮膚にそっと触れる。
 ヘソの上側に、縦に通るシルバーのピアス。
 安定するまで六ヶ月かかるから、最初はシンプルなものにしようと二人で選んだ。

「耀司は? 痛い?」
「俺も大丈夫。でも服とか引っかけると地獄な」

 耀司の無駄な肉のない腹部。
 耳にピアスも開けてないのに、ここだけ開いてるなんて何だかエロい。

「俺も寝る時寝返りすんの怖かったわ」

 俺のヘソにも耀司の手が触れる。

「緑、ここ、俺以外に見せんなよ。ヘソピしてるって誰にも知られちゃダメだかんな」

 耀司のささやかな復讐。

「うん守る。でも耀司だって俺以外に見せんなよ?」
「当たり前だろ。これは俺たちの秘密なんだから」

 耀司の特別という優越感をまた一つ貰ってしまって、それだけで生きられる。

 夏を迎えた日差しが眩しかった。

 大学の最寄り駅を降りると、構内は木々に囲まれ蝉の大合唱が始まていた。
 嘘をついた、あの冬の日から半年──

 黒のTシャツにダボパン姿で隣を歩く耀司をチラリと見る。

「あっつ」

 耀司がダルそうに呟いた。

「今日三十五度いくらしーぜ」
「溶けるな」
「溶ける」

 揃って登校する俺達を見つけてワタルが「よっ」と手を上げた。

「仲直りしたん? 喧嘩の期間は一週間と、俺の心の手帳にメモっとくわ」
「思ったより長かったよな。どっちが折れたん?」

 ワタルと登校していたコースケがニヤニヤして訊いてくる。

「「内緒」」

 耀司と重なってしまって二人は「夫婦復活やん」と爆笑した。

 手が無意識に腹部を確認してしまう。
 耀司と同じピアスがここについている。
 誰も知らない、二人だけの秘密感が俺の自尊心を満たす。

「痛い?」

 耀司がそんな俺に気づいたのか小さな声で訊く。
 そういう耀司も無意識なのか自分の腹部に手がいっている。

「……や、なんか、おまえとお揃いしてんのかと思うとドキドキして……」

 暑さのせいと言い訳できないレベルで顔が火照る。

「ヤメロ、俺まで移る」

 ひとりでドギマギする俺につられるように耀司まで手で顔を扇ぐ。

 二人でコソコソしていたら、ワタルとコースケが不思議そうに見合っていた。

「なんだよおまえら、おんなじよーな恰好して、腹に手ぇ当てて。一緒にピーピーになってんのか?」

 ピアスが服に当たらないよう、俺も耀司もゆったりしたTシャツを着て、ダボパンを腰までずらしている。
 俺も、耀司も、あんまりにもヘソピを意識しすぎててぷっと噴き出してしまう。
 こんなのいつかバレちまうじゃんか。

「おいおい、なに笑ってんだよ」

 ワタルとコースケが怪訝そうに眉を寄せた。

「「秘密」」

 同時に口にして、耀司と顔を合わせて笑った。

 夏の日差しが眩しくて、耀司の笑顔が眩しくて。

 もう嘘なんて必要ない
 これからは、全部本当の気持ちで耀司の隣にいる。
 それが、俺たちの新しいスタートだった。

 ──これは、耀司からのささやかな復讐。

 一生かけて、俺は喜んでこの復讐を受け続ける。

 ずっと、ずっと、耀司の隣で。

 END