これは俺からのささやかな復讐





 結局あの後、連絡の途絶えた田崎は新幹線に飛び乗っていた。
 翌朝のメッセージで俺はそのことを知った。
 事故は、ドライバーが運転中突然の心筋梗塞に襲われて起きた痛ましいものだった。

 あの日から三日経った。

「先生は直接ぶつかったわけじゃないんだけど、吹っ飛ばされたせいで頭打って意識飛んじゃってたみたい」

 面会がOKになったと田崎から連絡が来たので、市内の総合病院に来ていた。
 院内にあるカフェのテラス席で、久々に会った田崎は、以前より髪を短く切っていて、随分と雰囲気が変わっていた。

「よかったよマジで。俺と別れた後に事故って死なれてたら一生引きずるわ……」

 先生は軽度の脳挫傷で小さな出血があったらしく、五日の入院。
 今のところ検査に異常はないそうだ。

「ごめんね……あの時。先生、川嶋と会ったって話してたから、テンパって電話しちゃって」
「いいよ」

 田崎はまだ精神的に堪えているようで、表情は暗かった。
 ホットのミルクティーを両手で持つとゆっくりと口に含んだ。

「ほんとに、先生が無事でよかった……」

 小さく鼻をすすって田崎はカップを置いた。

「正直俺、おまえらが羨ましかった」
「なんでよ」
「今は未成年と先生だけど、少しの間我慢すれば堂々とつき合えるじゃん」

「かもね。──でもさ、十代って今しかないんだよ。今しかないこの時を、私は先生と過ごせない。……だから、私は、いつも一緒に笑い合ってる川嶋と山吹のが羨ましいよ」

 田崎はそっとカップに手を添えた。
 俺もつられてレモンスカッシュをストローで吸った。

「事故が起こる前、先生が少しだけ川嶋のこと話したんだよ」
「なにを?」
「入ったカフェに偶然川嶋がバイトしてたって」
「ああ、そうみたいだな」
「川嶋だけ? あんたたちのことだから、絶対山吹と一緒にバイトしてそうなのに」
「その言い方腹立つなあ……」

 ズズッと吸ったストローが鳴る。

「違う、あの日は俺だけ。それに俺らもう──…」

 この三日間、毎日交わしていたメッセージも、朝の迎えもなかった。

 氷で濡れるグラスを掴んだ。

「どうしたの? なにかあった?」
 黙ってしまった俺に田崎は訊く。

「高校の時──田崎とつき合ってるって嘘をついたとき耀司が言ったんだ。俺の前で田崎の話はするな。俺を優先しろって」
「すっごい束縛ヤローだね」
「それは……」

 二人の間で沈黙が続いた。

「──ねえ、もしかして」

 田崎は気づいたようだった。

「あの時の電話──山吹もいた?!」

 答えず俺はただグラスの中で弾ける炭酸を見ていた。

「嘘──貸して携帯! 私がホントの事言うから、電話するっ」
「バカ、止めろって。どうせ出ないっ」

 俺の携帯をバッグから取ろうとする田崎から逃げる。

「でもこのまんまじゃ駄目だよ。原因作ったのは私だし、山吹に謝んなきゃ」
「だからいいんだよ。田崎は耀司の中で地雷なんだ。その、悪い」

 言い難く短く謝ると、田崎は声を上げた。

「えええ、だから私いつも山吹に睨まれてたの?」
「ほんとごめん。あいつ、俺との距離感にすげえ敏感なんだ。その中で、俺だけが友情じゃなくなっちまってて。誤魔化すために田崎好きだって利用したんだ」
「でも嘘はちゃんと解いて。川嶋は私を好きだった事なんか一ミリもないって言って」
「──言ったよ。でも嘘ついてた俺をもう信じてもらえなかった」
「必死さが足りないのよ。なりふり構わずぶつかった?」
「はは、えぐ……」

 受験の時、必死になってみろと先生は言った。

 合格を掴んだ時俺は何が見えた?

 耀司の喜んだ顔。
 合格を俺以上に喜んでくれた耀司の全開の笑顔──

 そうだ、俺が掴んだのは耀司との未来だ。

「告白しちゃいなよ。玉砕したら私と先生で川嶋拾いに行くからさ。なんなら結婚したら養子に迎えてあげるよ」
「養子ってなにそれウケる……」

 田崎の冗談に少しだけ救われた気がした。

「山吹が好きなら一番に優先しなきゃ。俺を優先しろって言われてたんでしょ?」
「してるよ、ずっと」
「してないよ。川嶋が優先してるのは自分でしょ。山吹に恋してる自分を優先して守ってるじゃん」

 ああ、そうか。
 心の中で何かが崩れた音がした。
 好きな気持ちを隠して、傍にいたい、ただそれだけのためにずっと築いてきたもの。

「──俺、必死で……あいつから離れたくなかったから……」
「気持ちを隠して、嘘で自分作んないと一緒にいらんないなんて、もうそれ友達破綻してるって気づきなよ」

 グサリと致命傷を喰らって、俺は項垂れた。

「きっつ──…」

 だけど田崎はしたたかで、逞しくて、情が深い。
 俺に裏表のない本音をぶつけてくれる。

「ごめん? えらそーに言っちゃった」
「大丈夫。田崎は偉いから。さすが先生の彼女」

 田崎はそう笑うと、そろそろ先生の病室行こっか、と席を立った。

 俺が必死になれる原動力は全て耀司だ。

 ──よし、決めた。

 もう逃げない。
 今度こそ、ちゃんと耀司に向き合う。

 受験の時みたいに、なりふり構わず──本気で、耀司にぶつかる。

 俺は耀司と未来を歩み続けたいんだ。