「元気出せ。食わないと冷める」
目の前で零児はポテトを食べている。自分の目の前にもバーガーとドリンク、ポテトのセットがあるが、手に持ってもどうしても口を開けることが出来ない。
「零児、食べるの手伝って」
「泣くなって。俺が泣かせたみたいじゃん」口にポテトを一本突っ込まれる。アイスティーをのみ、吐き気をこらえて飲み込む。
結局ほとんど零児に食べてもらった。
「あのオッサンがBeehiveか」
「すごく上手かったね。大学の音楽の先生だって」
「何かされたのか」
「何も。ただ『バイリンガル?歌習った?』って聞かれて、歌っただけ」
「かわいいって言ったり、膝に乗せるのアウトだろ」
「嫌じゃなかった」
「そういう問題じゃねー」
「零児は女の子から人気だったじゃん」
「嬉しくねぇし。今頃BANSHEEのライブ中か……ライブハウスのイベントは何時からだっけ」
「七時からBANSHEEやBeehiveが審査員をするビートボックスのバトル。九時からはBANSHEEのライブで十時からはクラブになる。ライブハウス行ってみる?入れるかな?」
「18歳からしか入れないってオッサンが言ってただろ。入口でIDチェックがある。スマホ貸して。調べたい」零児が隣に座り、僕はスマホのロックを解除して渡した。
「元町の『モブスター』だよな、見て。地上1階。ライブハウスって地下が多いんだけど、ここは地上だから音漏れする。9時から9時半くらいまで聞いて帰ればいい。お母さん夜勤なんだろ?うちも明日も休みだから親父は遅い」
「ライブ行ったことあるの?」
「母親が音楽が好きで、東京に住んでた時はよく行った」
零児にも母親はいるのだった。零児の事を何も知らない。でも、零児が自分から話してくれた事だけを知っていればそれでいい。
店を出て、ライブハウスの近くへ向かう。海の見える公園で、凶悪なカモメに怯えたり、船を眺めているうちにあたりが薄暗くなった。
ライブハウスの正面には人がたくさんいた。
「1階がライブハウスで2階がバー」客層は男性ばかりで、電子タバコ片手に始まるまで時間を潰している様子は明らかに大人だ。
店の裏手にまわる。道幅は裏通りにしてはそれなりに広く車がすれ違えるくらいはある。
裏口あたりには、ビールの樽や酒のケースが積まれ、ドアが開けっ放しだ。
午後6時半。日は暮れ、建物の中からの光とリハーサルの音が漏れ出ている。建物の影になって見えない隣のビルの裏口に二人でしゃがみ、音を聞いた。
「けっこう聞こえる」
「だろ」
七時を過ぎ、裏のドアは閉まり、それでも中から人々の歓声が聞こえ、司会の声や響くような音も聞こえてきた。
「あ、今のBANSHEE。インワードリップロール」
間違いない。BANSHEEの独特なルーティン。何百回も聞いて、必死に真似した。
「中にいるんだぜ。すげえよな」
「いつか一緒にライブに行こう」
「いつかじゃなくて今年中に行くぞ。14歳でも行けるライブなんかいくらでもある」
隣に座る零児を見た。長い髪をハーフアップにして、今日は顔が丸見えだ。
「零児が友達でよかった。高校になっても友達でいよう」
「響は高校どこに行く?」
「県立金ケ崎。赤ちゃんの時から心臓を診てくれてるお医者さんと同じ高校に行きたいんだ。零児は?」
「響と同じ高校」
「評定平均は」
「4.6。体育と美術と音楽と技術家庭科が5。副教科なめんなよ」
吹き出して笑い、笑いが止まるまで零児に寄りかかって、零児のシャツで笑いすぎて出た涙を拭いた。
一段と大きな歓声が聞こえ、ガヤガヤとライブハウスの外にも人が出てきた音がした。
立ち上がると気分が悪くなり、足元がふらつき、すぐ立て直す。
「ずっと座ってたから」ふり返った零児に言い訳をする。
ライブハウスの店の前まで回った。出てくる顔が笑顔で、表情からライブの熱量を感じる。上の階のバーへ移動していく客も多い。
歓声が上がり、中からやけに見栄えのいい若い男性数人、おそらく今日のビートボックスバトルに出たメンバー、その後から大学で会ったBeehiveこと蜂巣が出てきて、後ろに蛍光グリーンのビーニーが見えた。
BANSHEEだ。思ったよりずっと小柄で、自分と同じくらい。
ダボダボの長袖ジャケットとカーゴパンツのセットアップ。口元にうっすら浮かぶ笑み。
動画で見た時と同じ。
BANSHEEは外の観衆に軽く頭を下げ、そのままバーへつながる階段の方へ行った。
ピリリ!ピリリ!
零児が独特な音マネをやった。Echo/RAGEの動画のコメントで『1:04の何?』とかなり前に書きこまれたが、誰もリプライはしていない。おそらくまだ名前のない技。
BANSHEEが振り返り、一瞬僕たちの方を見た。
目の前で零児はポテトを食べている。自分の目の前にもバーガーとドリンク、ポテトのセットがあるが、手に持ってもどうしても口を開けることが出来ない。
「零児、食べるの手伝って」
「泣くなって。俺が泣かせたみたいじゃん」口にポテトを一本突っ込まれる。アイスティーをのみ、吐き気をこらえて飲み込む。
結局ほとんど零児に食べてもらった。
「あのオッサンがBeehiveか」
「すごく上手かったね。大学の音楽の先生だって」
「何かされたのか」
「何も。ただ『バイリンガル?歌習った?』って聞かれて、歌っただけ」
「かわいいって言ったり、膝に乗せるのアウトだろ」
「嫌じゃなかった」
「そういう問題じゃねー」
「零児は女の子から人気だったじゃん」
「嬉しくねぇし。今頃BANSHEEのライブ中か……ライブハウスのイベントは何時からだっけ」
「七時からBANSHEEやBeehiveが審査員をするビートボックスのバトル。九時からはBANSHEEのライブで十時からはクラブになる。ライブハウス行ってみる?入れるかな?」
「18歳からしか入れないってオッサンが言ってただろ。入口でIDチェックがある。スマホ貸して。調べたい」零児が隣に座り、僕はスマホのロックを解除して渡した。
「元町の『モブスター』だよな、見て。地上1階。ライブハウスって地下が多いんだけど、ここは地上だから音漏れする。9時から9時半くらいまで聞いて帰ればいい。お母さん夜勤なんだろ?うちも明日も休みだから親父は遅い」
「ライブ行ったことあるの?」
「母親が音楽が好きで、東京に住んでた時はよく行った」
零児にも母親はいるのだった。零児の事を何も知らない。でも、零児が自分から話してくれた事だけを知っていればそれでいい。
店を出て、ライブハウスの近くへ向かう。海の見える公園で、凶悪なカモメに怯えたり、船を眺めているうちにあたりが薄暗くなった。
ライブハウスの正面には人がたくさんいた。
「1階がライブハウスで2階がバー」客層は男性ばかりで、電子タバコ片手に始まるまで時間を潰している様子は明らかに大人だ。
店の裏手にまわる。道幅は裏通りにしてはそれなりに広く車がすれ違えるくらいはある。
裏口あたりには、ビールの樽や酒のケースが積まれ、ドアが開けっ放しだ。
午後6時半。日は暮れ、建物の中からの光とリハーサルの音が漏れ出ている。建物の影になって見えない隣のビルの裏口に二人でしゃがみ、音を聞いた。
「けっこう聞こえる」
「だろ」
七時を過ぎ、裏のドアは閉まり、それでも中から人々の歓声が聞こえ、司会の声や響くような音も聞こえてきた。
「あ、今のBANSHEE。インワードリップロール」
間違いない。BANSHEEの独特なルーティン。何百回も聞いて、必死に真似した。
「中にいるんだぜ。すげえよな」
「いつか一緒にライブに行こう」
「いつかじゃなくて今年中に行くぞ。14歳でも行けるライブなんかいくらでもある」
隣に座る零児を見た。長い髪をハーフアップにして、今日は顔が丸見えだ。
「零児が友達でよかった。高校になっても友達でいよう」
「響は高校どこに行く?」
「県立金ケ崎。赤ちゃんの時から心臓を診てくれてるお医者さんと同じ高校に行きたいんだ。零児は?」
「響と同じ高校」
「評定平均は」
「4.6。体育と美術と音楽と技術家庭科が5。副教科なめんなよ」
吹き出して笑い、笑いが止まるまで零児に寄りかかって、零児のシャツで笑いすぎて出た涙を拭いた。
一段と大きな歓声が聞こえ、ガヤガヤとライブハウスの外にも人が出てきた音がした。
立ち上がると気分が悪くなり、足元がふらつき、すぐ立て直す。
「ずっと座ってたから」ふり返った零児に言い訳をする。
ライブハウスの店の前まで回った。出てくる顔が笑顔で、表情からライブの熱量を感じる。上の階のバーへ移動していく客も多い。
歓声が上がり、中からやけに見栄えのいい若い男性数人、おそらく今日のビートボックスバトルに出たメンバー、その後から大学で会ったBeehiveこと蜂巣が出てきて、後ろに蛍光グリーンのビーニーが見えた。
BANSHEEだ。思ったよりずっと小柄で、自分と同じくらい。
ダボダボの長袖ジャケットとカーゴパンツのセットアップ。口元にうっすら浮かぶ笑み。
動画で見た時と同じ。
BANSHEEは外の観衆に軽く頭を下げ、そのままバーへつながる階段の方へ行った。
ピリリ!ピリリ!
零児が独特な音マネをやった。Echo/RAGEの動画のコメントで『1:04の何?』とかなり前に書きこまれたが、誰もリプライはしていない。おそらくまだ名前のない技。
BANSHEEが振り返り、一瞬僕たちの方を見た。



