南国特有のスコールが初恋を連れてきてくれました

悠真との甘く幸せな風呂を終え、バスタオルで悠真を包み、抱きかかえて寝室へ連れていった。
「あの、伊織さん……」
「大丈夫です。今日はもう何もしません。ただ少しでも長く悠真と寄り添っていたいだけです」
服を着るのさえもどかしくて、寝室のベッドで悠真と自分のバスタオルを剥ぎ取る。
お互い生まれたままの姿でベッドへ潜り込んだ。
伊織の肩口に悠真の頭を置き、抱きつかせる。トクントクンと心臓の鼓動が悠真の温もりと共に伝わってくる。
「悠真、少し話しますか?」
「……はい。私も……伊織さんと、お話ししたい……です」
そう話す悠真の声は抱き合った温もりですでに少し眠そうなぽやぽやとした声をしているが、それも可愛い。
「子守唄がわりに話していますから眠くなったら気にせず寝て良いですからね」
そう声をかけると、悠真は腕の中で小さく頷いた。
「何を話しましょうかね……そうだ、私の思い出話でも聞いてもらいましょうか。以前も話しましたが、私の家族は長いこと祖父だけでした。まだ小学生になったばかりの頃は夜遅くまで一人で留守番させるのは危ないということで祖父が仕事に行っている間は近くの家に預けられることもあったんですよ。でも、私が行くことでおやつが減るとその家の子から疎まれることもあって、子ども心に預けられるのが嫌で嫌で……行きたくないと言って祖父を困らせたこともありました。今思えば面倒な子どもだったかもしれませんね。でもあの頃の私には切実な悩みで……祖父に必死に頼み込んで火は絶対に使わないからと約束して一人留守番できることになったんですよ。でも、誰もいない部屋で待ち続けるのは寂しくて……こっそり涙を流したこともありました。祖父には必死に隠してましたけど……でも気づかれていたかもしれませんね」
もうだいぶ眠そうにしている悠真が伊織を抱きしめてくれる。
きっと夢現の中で、寂しい子どもだった伊織を慰めてくれているのだろう。
悠真の温かな手が幼い伊織の心をじわじわと温めてくれる。
悠真の身体をより一層密着させる。柔らかな髪を撫でながら思い出話を続けた。
「十歳の誕生日を迎えたと同時にようやく火を使うのを許してもらえて、そこから必死に練習して料理が作れるようになりました。祖父を待つのにご飯を作っていれば、時間が経つのが早く感じて……待つのが寂しかった当時の私にとっては一石二鳥だったんでしょう。その時に必死にオムレツを練習したおかげで自分のものにできましたし、そのおかげで石垣のイリゼホテルに引き抜いてもらえることになりましたし、あの時オムレツを練習しておいてよかったですよ。悠真にも美味しいと言ってもらえましたしね……悠真、もう寝てしまいましたね」
腕の中でスウスウと可愛い寝息を立てている悠真の髪にそっとキスを贈る。
「いつか祖父と家族の眠るお墓に一緒に来てくださいね。家族に愛する悠真を紹介したいので……。一生を添い遂げる相手ができたことをきっと喜んでくれますよ」
耳元で囁くと、悠真は夢で聞こえていたのか、ふふっと可愛らしい笑みを見せてくれた。
悠真の可愛らしい笑顔に心を鷲掴みにされる。こんなにも可愛らしく愛おしい人が恋人になってくれるなんて……今まで誠実に生きてきて本当によかった。それはきっと夢に出てきたあの子のおかげだ。
あの子が伊織に好きだという感情を与えてくれたおかげで、他の人に気持ちが揺らぐことがなかったのだから。
悠真を腕に抱いたまま、幸せな朝を迎える。
この瞬間は本当に幸せな一日の始まりだが、悠真と離れる時間が来たと思うと途端に寂しさが込み上げる。
悠真を仕事に行かせたくない!
倉橋さんや他の社員たちのことを考えればそんなこと絶対に思ってはいけないことだ。
それに有能な社員である悠真が仕事に行かなければ支障をきたすかもしれない。
それはわかっているのだが、このまま悠真を抱いていたい。
「う、うーん」
葛藤に悶えているうちに悠真の身体を強く抱きしめすぎてしまったようだ。
痛みを感じて起こしてしまったのかもしれない。慌てて腕の力を緩めたのだが、悠真の目がゆっくりと開いていくのが見えた。
「悠真、おはようございます。すみません、起こしてしまいましたね」
「いおり……さぁん……おは、よ……ございま、す」
まだ少し寝ぼけているのかにっこりと笑いながら見上げるその顔が可愛くて我慢ができない。そのまま唇を重ね合わせた。
「んんっ、ん……っ?」
キスをしている間にどうやらしっかりと目を覚ましたらしい悠真が可愛らしい声をあげる。
ちゅっと唇を離すと、少し恥ずかしそうに声をあげる。
「あの、おはようございます……ちょっと、その……寝ぼけてて……すみません」
「可愛い悠真が見られて私は嬉しいですよ」
正直に告げた時の照れた悠真がすごく可愛かった。
「悠真、今日は仕事ですよね? そろそろ起きたほうがいいですか?」
悠真を見つめながら尋ねると、悠真は少し考えた様子を見せた。
「あの、私……今日はお休みをもらおうかと……」
「えっ? いいんですか?」
思いがけない言葉に喜びの声が漏れる。
「少しでも長く伊織さんと一緒にいたくて……。そんなことを考えてしまう私ですけど、嫌いにならないですか?」
「いえ、私もずっと今日は休んでほしいと思ってましたから」
「えっ……本当ですか?」
「悠真と少しでも長くいたくて……悠真を仕事に行かせたくないって思ってました」
正直に自分の思いを告げると、悠真は嬉しそうに笑ってくれた。
「よかった。じゃあ、私、社長に連絡してきます」
「あ、ちょっと待っててください。私が悠真のスマホを持ってきますから」
悠真を裸でうろうろさせては理性が持ちそうにない。そばにかけておいたバスタオルを取り腰に巻く。
リビングに置いているという悠真のスマホをとって戻ってきた。
「ありがとうございます。あれっ? 社長からメッセージが入ってます。お肉のお礼を入れておいたのでその返事かもしれませんね」
メッセージを表示させた悠真は倉橋さんからのメッセージを読んで驚きの表情を見せた。
「どうしたんですか? 何かありましたか?」
悠真は何も答えずに静かにスマホを手渡した。
見ると、倉橋さんからのメッセージには<今日から三日間、夏季休暇とする>と簡潔な言葉が書かれていた。
これも伊織と悠真のために配慮してくれたのだろう。本当に倉橋さんには頭を向けて寝られない。
倉橋さんの心遣いに感謝して、夏季休暇を楽しむことにした。
「きゅるっ」と可愛い音が鳴って悠真は必死にお腹を押さえて恥ずかしがる。
「軽く朝食でも作りましょうか」
キャリーケースから伊織のTシャツを取り出して悠真に着せた。Tシャツだけを着ている悠真が愛おしくてたまらない。
石垣でもスーツを濡らしていた悠真に伊織の服を着せた。だが、その時よりもずっと愛おしさを増し破壊力が大きく感じるのは、より深い仲になったからだろう。
昔、宗一郎さんがよく自分のシャツを皐月さんに着せては嬉しそうに顔を綻ばせていた。その時は正直何がそんなにも嬉しいのかよくわかっていなかった。後にそれが『彼シャツ』というものだということは知ったが、それがそんなにも心を打つものだという理解までは結局できずにいた。
その思い出は記憶の彼方へと飛んでいってしまっていたが、さっき裸の悠真を見て無意識のうちに自分の服を着せていたのはその記憶が甦ったからだろうか。
悠真には大きすぎるTシャツは悠真が手をあげるたびに半袖の隙間からチラチラと肌を覗かせる。
大きく開いた襟ぐりからは伊織が鎖骨あたりにつけた花弁がいくつも目に飛び込んでくる。
そして何よりも、下着を穿かずとも隠してくれる裾が太ももの真っ白な肌をチラリとみせ、大いにそそられる。
宗一郎さんが皐月さんに服を着せていた理由はこれだったのだ。
今度宗一郎さんに会ったときにはこの話をしてみるか。きっと楽しい話になりそうだ。
悠真の魅惑的な姿で興奮するのを抑えるために、伊織も急いで下着と短パンを穿いた。
上半身に何も着ずにいたのは、どうやら悠真が伊織の鍛えた身体が好きらしいと気づいたからだ。
悠真が恍惚とした瞳で伊織の裸に目を向けるのは、見ているだけで興奮する。
「あの、私もお手伝いしてもいいですか? 伊織さんと一緒に作りたいです」
悠真のそんな可愛い申し出を断る理由はない。悠真を抱きかかえて寝室を出た。
「あ、あの私、歩けますよ」
「わかっています。ただ私が悠真と離れたくないだけですから」
はっきり告げると悠真は観念したように静かになった。
「そうだ、先に洗面を使いますか?」
「あ、あの、私は先にお手洗いに行かせてください」
せっかくの二人時間なのだから少しでも離れていたくはない。だが、一緒に入るのは嫌われるかもしれない。
個室の中に悠真を座らせて扉を閉めた。扉の前で待つのも失礼かと一足先に洗面所で身だしなみを整えた。
入れ替わるように洗面を使う悠真を残し、キッチンに向かった。
冷蔵庫も冷凍庫も勝手に開けても悠真なら気にはしないと思うが、せっかく一緒に作るのだから待っておこうか。
しばらく経って、伊織のTシャツ一枚だけを着て戻ってくる様子は映像として残しておきたいほどに可愛らしい。
悠真の可愛いその姿を目に焼き付けるようにじっと見つめる。
「伊織さん……? どうかしましたか?」
可愛らしく小首を傾げて尋ねてくる。
そんな仕草にもやられそうだが、お腹を空かせている悠真をこれ以上無理を強いるわけにもいかない。
必死に強靭な精神力を呼び起こした。
「いいえ、なんでもありません。さぁ、朝食作りを始めましょうか」
「冷蔵庫も冷凍庫もなんでも使っていただいて構いませんよ。何にしますか?」
そう話しながら、悠真は冷蔵庫の一番下の野菜室を開け、中を覗き込んでいる。
「くっ――!」
Tシャツの裾が上がり、悠真の可愛い尻がほんの少し見えている。
「頂き物のマンゴーがありましたよ」
そのままの体勢で笑顔で振り返った悠真の襟ぐりからあんなものやこんなものまで見えてしまっている。
だめだ。このままでは料理に集中できない。
急いでキッチンの隅にかけられていたエプロンを取りに行った。
「油が跳ねると危ないですから」
何とか理由をつけて悠真にエプロンをつけさせることに成功した。
一息吐きながら、悠真にマンゴーを剥いてもらっている間に冷凍庫に入れてあったバゲットを取り出した。
「悠真、フレンチトーストは好きですか?」
「大好きです。ハチミツとこのマンゴーも一緒に乗せて食べましょう。あっ、そういえば冷凍庫にバニラアイスもあったはず!」
嬉しそうに冷凍庫を見て、「あっ、ありましたよ。アイス!」と笑顔で振り返った。
どうしてこんなに可愛いんだろう。悠真の新しい一面を見るたびにどんどん愛おしさが増している気がする。
「悠真はこのアイスが好きですか?」
「これ、この前ここにくるときに声をかけてくれた平良のおばあちゃんについ先日……そうそう石垣に行く前の日にもらったんです。一人で食べきるには少し大きなサイズなのでどうしようかなと思ってたんですが、伊織さんと一緒ならちょうどいい大きさですね。平良のおばあちゃん……実は不思議な力を持っているらしいですよ」
「不思議な、力……ですか?」
「沖縄には昔から不思議な力を持った女性が生まれると聞いたことないですか?」
確かに沖縄本島にもそういう力を持った女性の話を聞いたことはある
「平良のおばあちゃんは先を読む力があるんだとか仰ってましたよ。もしかしたら、本当に私を見て伊織さんの姿が見えていたのかもしれませんね」
その力が嘘であっても、本当であっても自分たちのことを歓迎してくれる人だということに変わりはない。
「悠真の隣にいていい人物だと認められているんだとしたら嬉しい限りですね」
笑顔で見つめあっていると、また「くぅ、きゅるっ」と可愛い音が聞こえてくる。
「悠真のお腹に早くご飯をあげないと可哀想ですね」
「ううっ……恥ずかしいです」
「悠真のそういうところを見られるのが私だけだと思うと私は嬉しくてたまりませんよ」
喜ぶ悠真の隣でバゲットを卵液につけこむ。バターを溶かしたフライパンで焼いていくと甘い香りがキッチンに広がった。
「伊織さん、コーヒーを落としておきますね」
フレンチトーストを作る隣でコーヒーを用意してくれる悠真。
この時間が永遠に続けばいいのに……
ついわがままな思いを抱きながら、この瞬間を楽しむことにした。
焼き上がったフレンチトーストにマンゴーとバニラアイスを乗せ、悠真はさらに蜂蜜をかけていた。
悠真が淹れてくれたコーヒーを味わいながら、甘いフレンチトーストを頬張る悠真に目を向ける。
「伊織さん、このフレンチトースト美味しいです! 今まで食べた中で一番ですよ」
「喜んでもらえて嬉しいです。マンゴーとアイスがあって良かったですね」
今日の朝食は幸せそうにフレンチトーストを頬張る悠真を愛でる最高の時間となった。