明るい風呂場で悠真の官能的な姿を十分堪能してから、悠真を抱きかかえてベッドに寝かせた。
「悠真、大丈夫ですか?」
「は、はい……す、少し横になれば大丈夫です」
昨夜からの伊織の激しい愛を真正面から受け、疲れ果てている中、風呂場でもあんな無体なことをされたのに責めることもせず、笑顔を見せてくれる。伊織は悠真の優しさに随分と甘やかされすぎているようだ。
「悠真、お腹は空いていませんか?」
「そういえば、少し……」
そろそろお昼になろうとしている。いいかげん倉橋さんのいる本宅に行かなくてはまずいだろう。
「昨日、倉橋さんとお話ししたように今日の昼食は私が作りますから、悠真は出来上がるまでこちらで休んでいてください」
「えっ、でも……」
「大丈夫です。倉橋さんには眠っていると話しておきます」
「いえ、そうじゃなくて……」
言いづらそうにしているが、なんだろう?
「あの……伊織さんのいない部屋に一人でいるのは寂しいので……一緒に連れて行ってください」
「ああっ、もうあなたは本当に……」
必死に欲望を抑えようとしているのに、悠真が可愛すぎて愛おしすぎておかしくなりそうだ。
「では、一緒にいきましょうか」
「はい。伊織さん」
急いでキャリーケースから、先日私が悠真のために買った服を取り出した。それに着替えさせベッドに腰掛けさせる。
そして、悠真からプレゼントしてもらった下着を身につけた。
「悠真、どうですか? 似合いますか?」
目の前で穿いて見せると、悠真は真っ赤な顔をして
「あの……すごくお似合い、です」
と言ってくれた。
着替えを済ませ、悠真を柔らかそうなブランケットに包む。
そのまま悠真を抱きかかえて中庭から本宅へ向かった。
リビングにはまだ倉橋さんの姿がない。伊織たちのために部屋でゆっくりと過ごしてくれているのだろう。
「悠真、あちらのソファに座りますか?」
「いえ、伊織さんがお料理をされているところが見たいです」
ゆっくり休ませてあげようと思っていたのだが、そんなふうにキラキラとした目で見つめられたらだめだともいえない。
キッチンのそばにあるひとりがけのソファーに悠真を座らせ、あちらのソファにある柔らかなクッションを悠真の背当てにしてやる。
それにしてもこんな場所にソファーなどあっただろうか。昨夜のことを思い返してみても記憶にない。
もしかしたら悠真を連れてキッチンに来ることを想定した倉橋さんが、きっと動けないであろう悠真のために用意しておいてくれたのかもしれない。本当に倉橋さんの気遣いには本当に頭が下がる。
「伊織さん、今日のメニューはなんですか?」
「そうですね。今日はいろいろと作ってみましょうか。悠真は何が好きですか?」
「私は……あの、オムレツが大好きなんです」
子どもみたいで恥ずかしいんですけど……という悠真を見ながら茫然としてしまった。
「オムレツ……」
「あの、何か変なこと言ってしまいましたか?」
「いいえ。そうじゃないんです。私が一番得意な料理がオムレツなので、驚いてしまっただけです」
「本当ですか?」
「はい。東京の宗一郎さんと皐月さんに引き取られてから本格的に料理を教わったんですが、オムレツだけは祖父に教わったんですよ。祖父の料理の中で祖母が一番好きなのがオムレツだったらしくて。あれだけは本当に美味しかったんです。だから、いつか私に大切な人ができたら食べてもらいたいと思って、一生懸命練習したんです。だから、悠真の好きな料理がオムレツだと聞いて嬉しかったんですよ。やはり私たちは運命の糸で最初から結ばれてたんですね」
そういえば、夢の中でもあの子が美味しそうにオムレツを食べていたのを思い出す。
「伊織さん……私、おじいさま直伝の伊織さんのオムレツ食べたいです!」
「ぜひ。今までで一番心を込めて作りますね」
オムレツは出来立てを食べるのがいい。だから最後に作ろう。
そう決めて、冷蔵庫を開けると驚くほどたくさんの食材が並んでいた。
これを自炊で使い切るとは……本当に倉橋さんは料理が上手なんだろう。
その中からいくつかの食材を取り出し、ミネストローネを作っていく。
オムレツがあるから、メインはパスタにしようか。鶏と茸のクリームパスタができそうだ。あとは生野菜のサラダ。
冷蔵庫の食材でぱぱっとメニューを組み立てて調理を始める。
「おはようございます」
倉橋さんの声が聞こえた。
「社長、おはようございます」
「ふっ。砂川はやっぱりここにいたのか」
やっぱり……そう言ったということは、このソファーは倉橋さんの準備したものだったな。本当に用意周到な方だ。
「倉橋さん、おはようございます。食材遠慮なく使わせていただいています」
「なんでもお使いください。いやー、いい香りだな。実に美味しそうだ。私はあちらにおりますので、何かありましたら遠慮なくお声かけください」
伊織はその後も料理に集中していたが、その動きをずっと悠真がみてくれていて嬉しいやら照れるやらで思わず手元が狂いそうになったのは内緒だ。なんとかオムレツ以外の料理が全て完成した。
「倉橋さん、もうすぐできあがりますので、ぜひこちらに」
そう声をかけると、倉橋さんは待ってましたとばかりに急いでダイニングにやってきた。
そしてすでに並べていた料理を見ながら何やら呟いているようだったが、オムレツを作っていた伊織の耳にまでは届くことはなかった。さっと三人分のオムレツを作り上げ、テーブルへ運ぶ。悠真をダイニングの席に座らせ隣に座った。
「オムレツはケチャップとトマトソース、ホワイトソースの三種類のソースを用意しましたのでお好きなものをつけて召し上がってください」
倉橋さんに説明をした上で、悠真はどれにしますかと尋ねる。
「私はケチャップで……」
さっとケチャップをつけてあげると、悠真はいの一番にそれを美味しそうに頬張り目を丸くして喜んでくれた。
「伊織さん! このオムレツ、すっごく美味しいです」
「それならよかった」
「社長も食べてみてくださいよ」
いつになくテンションの高い悠真に驚きつつも、倉橋さんはまずは何もかけずにオムレツを一口頬張った。
ピクリと眉を動かし、今度はホワイトソースをかけ、もう一度頬張った。
「これは……本当に美味しいな。いや、絶品だよ、このオムレツは」
倉橋さんもテンション高く声を張り上げた。
「これなら、推薦できそうだ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら伊織を見る。その姿に伊織も悠真も驚いて言葉も出せなかった。
「あの、推薦とはどういう意味でしょうか?」
「申し訳ない。きちんとお話ししますね」
倉橋さんは居住まいを正すと真剣な表情を向けた。
「安慶名さん、先日宿泊していただいた石垣島イリゼホテルの料理人として働く気はありませんか」
「えっ? 料理人? 私が? あの浅香さんのホテルで、ですか?」
思いがけない提案に声が裏返る。彼は静かに頷いた。
「先日少しお話ししましたが、今度沖縄本島にイリゼホテルの新しいホテルを開業する予定なんです。それで今、石垣島でメイン料理人をしてくださっている仲井眞シェフにあちらに移っていただくことになっているんですよ」
彼の話によると、仲井眞シェフは元々本島の出身で彼の希望を叶える形で移動が決まっているそうだ。
「それで石垣島イリゼのメイン料理人にいい人がいないかと浅香に相談を受けていたところでして……安慶名さんの料理がすごく美味しかったものですから、もしよろしければ働いていただきたいのですがいかがでしょうか」
イリゼホテルの料理人に……そんな突然降って湧いたような話に頭がうまく働かない。
もし、私がこの話を受ければ私は石垣島で暮らすようになるということか。そうなれば悠真との距離は格段に近くなる。
ただ悠真の近くで暮らせるようになるのは嬉しいが、東京に開業した事務所の問題が残る。
頭の中でいろいろと考えを張り巡らせていると、悠真がさっと間に入ってくれた。
「社長、あまりにも話が突飛すぎて、伊織さんもすぐにはお返事はできないですよ。料理人としての実績のないままにいきなりメイン料理人というのも大変でしょうし、それに、伊織さんは東京でのお仕事もあるはずです。石垣島で働くというのは物理的に難しいのではありませんか?」
「確かにそれはある。だが、本島のイリゼホテルが開業するのは順調に行ってもあと一年半はかかるだろう。それまでの間に安慶名さんには時々石垣島のイリゼホテルに行って仲井眞シェフから料理を学べば、元々これだけの実力の持ち主だ。料理の実績についてはそれで十分だろう。そして、石垣島での勤めを月に半分程度にすれば両立は可能だろうと考えている。私も同じように東京と西表との両立をしているのだから不可能ではないし、メインシェフを安慶名さんにするとしても、他にもシェフはたくさんいるのだから安慶名さんがいない日も問題はない」
確かに倉橋さんのいう通りだ。
弁護士事務所は開業したが、顧問弁護士としての仕事も安定してあるし、特に倉橋さんたちからは破格な報酬をいただいているから他の案件を受けずとも収入の面で特に問題はない。事務所は誰かに譲ったとしても仕事自体がなくなることはないだろう。
今の時点で半々での生活ができるのなら、これほど好都合なことはない。なんと言っても悠真に会いに行けるのだから。
石垣島もここから離れてはいるが、東京からと比べればそれはもう目と鼻の先だ。
「もちろん、浅香と話をする必要があるが、ほとんど一任されているから私が決めた時点でほぼ決定だ。安慶名さん、どうですか?」
「素晴らしいお話で、ぜひ前向きに検討したいと思っています」
「ちょっ、伊織さん、いいんですか? 本当に」
悠真はてっきり喜んでくれるとばかり思っていただけに、心配そうな表情に少し心が痛んだ。
「悠真は私が石垣島で生活することは反対ですか?」
「いえ、そういうわけではないのです。むしろ、伊織さんが石垣島に来てくださるのは私も嬉しいです。ですが……」
「んっ? 何か気になることでも?」
「あの、もしかして私のため、ですか? 私のせいで伊織さんのお仕事の邪魔になるのでしたら、それは……」
悠真は申し訳なさそうな顔をしているがそれは違う。
「いいえ、私のためです」
「えっ? 伊織さんのため?」
「私が悠真と離れて暮らすのが耐えられないんですよ。本当はK.Yリゾートから引き抜いて東京へ連れて帰りたいくらいなんです」
「ちょっ、それは……」
悠真を引き抜くという言葉を出すと、倉橋さんは途端に焦り出した。初めて倉橋さんの焦る顔を見た気がする。
悠真がK.Yリゾートが好きだということもあるが、何よりも倉橋さんが悠真を仕事上のパートナーとして失いたくないんだろう。だからこそ少しでも近くにいられるように尽力してくれているのだ。
「実際にしたりしませんよ。悠真がこちらの仕事を好きなのはよくわかっていますので。ですから、私が悠真のそばにいたいんです」
涙を流しながら伊織に向かって両手を伸ばす悠真をすぐにその腕に抱きかかえた。
「私……伊織さんが石垣に来てくれたら嬉しいです」
「ええ、わかっています。悠真の気持ちが嬉しいですよ」
しばらくの間、悠真と抱き合っていると、
「あーっ、感動的なシーンを邪魔するようで申し訳ないんだが……」
と倉橋さんの声が耳に入ってきた。
悠真はすっかり倉橋さんの存在を忘れていたようで恥ずかしそうにしている。だが、自分から離れようとしないあたり、伊織が思っている以上に愛されているようだ。
「じゃあ、安慶名さんはうちの顧問弁護士と、石垣島イリゼの料理人を引き受けてくださるということでよろしいですか?」
「はい。ぜひよろしくお願いします」
「よかった!」
ようやく倉橋さんの顔に笑顔が見えた。そして、伊織にも悠真にも笑顔が溢れ、楽しい昼食となったのだった。
「悠真、大丈夫ですか?」
「は、はい……す、少し横になれば大丈夫です」
昨夜からの伊織の激しい愛を真正面から受け、疲れ果てている中、風呂場でもあんな無体なことをされたのに責めることもせず、笑顔を見せてくれる。伊織は悠真の優しさに随分と甘やかされすぎているようだ。
「悠真、お腹は空いていませんか?」
「そういえば、少し……」
そろそろお昼になろうとしている。いいかげん倉橋さんのいる本宅に行かなくてはまずいだろう。
「昨日、倉橋さんとお話ししたように今日の昼食は私が作りますから、悠真は出来上がるまでこちらで休んでいてください」
「えっ、でも……」
「大丈夫です。倉橋さんには眠っていると話しておきます」
「いえ、そうじゃなくて……」
言いづらそうにしているが、なんだろう?
「あの……伊織さんのいない部屋に一人でいるのは寂しいので……一緒に連れて行ってください」
「ああっ、もうあなたは本当に……」
必死に欲望を抑えようとしているのに、悠真が可愛すぎて愛おしすぎておかしくなりそうだ。
「では、一緒にいきましょうか」
「はい。伊織さん」
急いでキャリーケースから、先日私が悠真のために買った服を取り出した。それに着替えさせベッドに腰掛けさせる。
そして、悠真からプレゼントしてもらった下着を身につけた。
「悠真、どうですか? 似合いますか?」
目の前で穿いて見せると、悠真は真っ赤な顔をして
「あの……すごくお似合い、です」
と言ってくれた。
着替えを済ませ、悠真を柔らかそうなブランケットに包む。
そのまま悠真を抱きかかえて中庭から本宅へ向かった。
リビングにはまだ倉橋さんの姿がない。伊織たちのために部屋でゆっくりと過ごしてくれているのだろう。
「悠真、あちらのソファに座りますか?」
「いえ、伊織さんがお料理をされているところが見たいです」
ゆっくり休ませてあげようと思っていたのだが、そんなふうにキラキラとした目で見つめられたらだめだともいえない。
キッチンのそばにあるひとりがけのソファーに悠真を座らせ、あちらのソファにある柔らかなクッションを悠真の背当てにしてやる。
それにしてもこんな場所にソファーなどあっただろうか。昨夜のことを思い返してみても記憶にない。
もしかしたら悠真を連れてキッチンに来ることを想定した倉橋さんが、きっと動けないであろう悠真のために用意しておいてくれたのかもしれない。本当に倉橋さんの気遣いには本当に頭が下がる。
「伊織さん、今日のメニューはなんですか?」
「そうですね。今日はいろいろと作ってみましょうか。悠真は何が好きですか?」
「私は……あの、オムレツが大好きなんです」
子どもみたいで恥ずかしいんですけど……という悠真を見ながら茫然としてしまった。
「オムレツ……」
「あの、何か変なこと言ってしまいましたか?」
「いいえ。そうじゃないんです。私が一番得意な料理がオムレツなので、驚いてしまっただけです」
「本当ですか?」
「はい。東京の宗一郎さんと皐月さんに引き取られてから本格的に料理を教わったんですが、オムレツだけは祖父に教わったんですよ。祖父の料理の中で祖母が一番好きなのがオムレツだったらしくて。あれだけは本当に美味しかったんです。だから、いつか私に大切な人ができたら食べてもらいたいと思って、一生懸命練習したんです。だから、悠真の好きな料理がオムレツだと聞いて嬉しかったんですよ。やはり私たちは運命の糸で最初から結ばれてたんですね」
そういえば、夢の中でもあの子が美味しそうにオムレツを食べていたのを思い出す。
「伊織さん……私、おじいさま直伝の伊織さんのオムレツ食べたいです!」
「ぜひ。今までで一番心を込めて作りますね」
オムレツは出来立てを食べるのがいい。だから最後に作ろう。
そう決めて、冷蔵庫を開けると驚くほどたくさんの食材が並んでいた。
これを自炊で使い切るとは……本当に倉橋さんは料理が上手なんだろう。
その中からいくつかの食材を取り出し、ミネストローネを作っていく。
オムレツがあるから、メインはパスタにしようか。鶏と茸のクリームパスタができそうだ。あとは生野菜のサラダ。
冷蔵庫の食材でぱぱっとメニューを組み立てて調理を始める。
「おはようございます」
倉橋さんの声が聞こえた。
「社長、おはようございます」
「ふっ。砂川はやっぱりここにいたのか」
やっぱり……そう言ったということは、このソファーは倉橋さんの準備したものだったな。本当に用意周到な方だ。
「倉橋さん、おはようございます。食材遠慮なく使わせていただいています」
「なんでもお使いください。いやー、いい香りだな。実に美味しそうだ。私はあちらにおりますので、何かありましたら遠慮なくお声かけください」
伊織はその後も料理に集中していたが、その動きをずっと悠真がみてくれていて嬉しいやら照れるやらで思わず手元が狂いそうになったのは内緒だ。なんとかオムレツ以外の料理が全て完成した。
「倉橋さん、もうすぐできあがりますので、ぜひこちらに」
そう声をかけると、倉橋さんは待ってましたとばかりに急いでダイニングにやってきた。
そしてすでに並べていた料理を見ながら何やら呟いているようだったが、オムレツを作っていた伊織の耳にまでは届くことはなかった。さっと三人分のオムレツを作り上げ、テーブルへ運ぶ。悠真をダイニングの席に座らせ隣に座った。
「オムレツはケチャップとトマトソース、ホワイトソースの三種類のソースを用意しましたのでお好きなものをつけて召し上がってください」
倉橋さんに説明をした上で、悠真はどれにしますかと尋ねる。
「私はケチャップで……」
さっとケチャップをつけてあげると、悠真はいの一番にそれを美味しそうに頬張り目を丸くして喜んでくれた。
「伊織さん! このオムレツ、すっごく美味しいです」
「それならよかった」
「社長も食べてみてくださいよ」
いつになくテンションの高い悠真に驚きつつも、倉橋さんはまずは何もかけずにオムレツを一口頬張った。
ピクリと眉を動かし、今度はホワイトソースをかけ、もう一度頬張った。
「これは……本当に美味しいな。いや、絶品だよ、このオムレツは」
倉橋さんもテンション高く声を張り上げた。
「これなら、推薦できそうだ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら伊織を見る。その姿に伊織も悠真も驚いて言葉も出せなかった。
「あの、推薦とはどういう意味でしょうか?」
「申し訳ない。きちんとお話ししますね」
倉橋さんは居住まいを正すと真剣な表情を向けた。
「安慶名さん、先日宿泊していただいた石垣島イリゼホテルの料理人として働く気はありませんか」
「えっ? 料理人? 私が? あの浅香さんのホテルで、ですか?」
思いがけない提案に声が裏返る。彼は静かに頷いた。
「先日少しお話ししましたが、今度沖縄本島にイリゼホテルの新しいホテルを開業する予定なんです。それで今、石垣島でメイン料理人をしてくださっている仲井眞シェフにあちらに移っていただくことになっているんですよ」
彼の話によると、仲井眞シェフは元々本島の出身で彼の希望を叶える形で移動が決まっているそうだ。
「それで石垣島イリゼのメイン料理人にいい人がいないかと浅香に相談を受けていたところでして……安慶名さんの料理がすごく美味しかったものですから、もしよろしければ働いていただきたいのですがいかがでしょうか」
イリゼホテルの料理人に……そんな突然降って湧いたような話に頭がうまく働かない。
もし、私がこの話を受ければ私は石垣島で暮らすようになるということか。そうなれば悠真との距離は格段に近くなる。
ただ悠真の近くで暮らせるようになるのは嬉しいが、東京に開業した事務所の問題が残る。
頭の中でいろいろと考えを張り巡らせていると、悠真がさっと間に入ってくれた。
「社長、あまりにも話が突飛すぎて、伊織さんもすぐにはお返事はできないですよ。料理人としての実績のないままにいきなりメイン料理人というのも大変でしょうし、それに、伊織さんは東京でのお仕事もあるはずです。石垣島で働くというのは物理的に難しいのではありませんか?」
「確かにそれはある。だが、本島のイリゼホテルが開業するのは順調に行ってもあと一年半はかかるだろう。それまでの間に安慶名さんには時々石垣島のイリゼホテルに行って仲井眞シェフから料理を学べば、元々これだけの実力の持ち主だ。料理の実績についてはそれで十分だろう。そして、石垣島での勤めを月に半分程度にすれば両立は可能だろうと考えている。私も同じように東京と西表との両立をしているのだから不可能ではないし、メインシェフを安慶名さんにするとしても、他にもシェフはたくさんいるのだから安慶名さんがいない日も問題はない」
確かに倉橋さんのいう通りだ。
弁護士事務所は開業したが、顧問弁護士としての仕事も安定してあるし、特に倉橋さんたちからは破格な報酬をいただいているから他の案件を受けずとも収入の面で特に問題はない。事務所は誰かに譲ったとしても仕事自体がなくなることはないだろう。
今の時点で半々での生活ができるのなら、これほど好都合なことはない。なんと言っても悠真に会いに行けるのだから。
石垣島もここから離れてはいるが、東京からと比べればそれはもう目と鼻の先だ。
「もちろん、浅香と話をする必要があるが、ほとんど一任されているから私が決めた時点でほぼ決定だ。安慶名さん、どうですか?」
「素晴らしいお話で、ぜひ前向きに検討したいと思っています」
「ちょっ、伊織さん、いいんですか? 本当に」
悠真はてっきり喜んでくれるとばかり思っていただけに、心配そうな表情に少し心が痛んだ。
「悠真は私が石垣島で生活することは反対ですか?」
「いえ、そういうわけではないのです。むしろ、伊織さんが石垣島に来てくださるのは私も嬉しいです。ですが……」
「んっ? 何か気になることでも?」
「あの、もしかして私のため、ですか? 私のせいで伊織さんのお仕事の邪魔になるのでしたら、それは……」
悠真は申し訳なさそうな顔をしているがそれは違う。
「いいえ、私のためです」
「えっ? 伊織さんのため?」
「私が悠真と離れて暮らすのが耐えられないんですよ。本当はK.Yリゾートから引き抜いて東京へ連れて帰りたいくらいなんです」
「ちょっ、それは……」
悠真を引き抜くという言葉を出すと、倉橋さんは途端に焦り出した。初めて倉橋さんの焦る顔を見た気がする。
悠真がK.Yリゾートが好きだということもあるが、何よりも倉橋さんが悠真を仕事上のパートナーとして失いたくないんだろう。だからこそ少しでも近くにいられるように尽力してくれているのだ。
「実際にしたりしませんよ。悠真がこちらの仕事を好きなのはよくわかっていますので。ですから、私が悠真のそばにいたいんです」
涙を流しながら伊織に向かって両手を伸ばす悠真をすぐにその腕に抱きかかえた。
「私……伊織さんが石垣に来てくれたら嬉しいです」
「ええ、わかっています。悠真の気持ちが嬉しいですよ」
しばらくの間、悠真と抱き合っていると、
「あーっ、感動的なシーンを邪魔するようで申し訳ないんだが……」
と倉橋さんの声が耳に入ってきた。
悠真はすっかり倉橋さんの存在を忘れていたようで恥ずかしそうにしている。だが、自分から離れようとしないあたり、伊織が思っている以上に愛されているようだ。
「じゃあ、安慶名さんはうちの顧問弁護士と、石垣島イリゼの料理人を引き受けてくださるということでよろしいですか?」
「はい。ぜひよろしくお願いします」
「よかった!」
ようやく倉橋さんの顔に笑顔が見えた。そして、伊織にも悠真にも笑顔が溢れ、楽しい昼食となったのだった。

